昇天前の記憶
もはや細かいことなど記憶にさえ残らないほど古い記憶。
ボクがまだ人間として存在し、ジェリアという名で呼ばれていた頃のことだった。
「私は戻ります」
最も大切な戦友。実の妹のように可愛がっていたアルカがそう言ったとき、最初は意味を正確に理解できなかった。
多くのものが壊れ、多くの命が消えた廃墟だった。ボクたちは数多くの人々を救ったが、バルメリア王国という国は消えた。救えなかった人の数も、救い出した人数の半分は確実に超えるほど多かった。
最初はそんな現実と自分の限界に絶望し、ここを離れるという意味だと思っていた。そうだとしても理解するつもりだった。ボクたちは限界以上に努力したが、結局手にした結果はこのようなものだったのだから。
故郷に帰るのか。そう尋ねたとき、アルカが首を振りながら言った言葉が今でもはっきりと記憶に残っている。
「最初に戻ります。この全てが始まる前、私が全てを初めからやり直せるあの時に」
多くのことが摩耗し、薄れた記憶の中でも、あの日あの時の会話だけがはっきりと残っている理由は何だろう。ボク自身もよくわからない。
アルカの決意が眩しかったからかもしれないし、彼女のあまりにも高く不可能な目標に呆れたからかもしれない。
どちらにせよ、それを言われてようやくボクはアルカの言うことを正しく理解した。
無理だ。そう言ったが、アルカは悲しげに微笑みながら首を振った。
「わかってます。これは子供のわがままに過ぎませんね。でも唯一この全てをひっくり返せる可能性でもあるんですよ」
アルカは時を司る邪毒神と契約した。
時を司るといっても、すべてを総括する至高の神ではない。せいぜい過去を覗き見たり、自分自身の時間を過去に少し戻すくらい。無理をすれば幼少期や赤ん坊の頃くらいまでは戻れるというが、その場合は記憶も力もすべて消えてしまう。文字通り人生を最初からやり直すだけ。何も成功すると保証できないのだ。
もちろんそれはアルカ自身が誰よりもよく知っていた。
「戻るのは私だけ。この世界はそのまま残り未来へと続きます。あの神の言葉なんて信用できませんけど、これだけは権能を直接借りて使ってみた私だからこそ嘘じゃないって感じられますよ。そして記憶も力も持っていけない以上、一度や二度では到底望む目標に辿り着けないでしょうね」
長い苦痛になるぞ。そう言ったが、アルカの意志は固かった。
記憶と力が維持されないのは過去に留まっている間だけ。再び時が過ぎて権能を使用した時点と同じ時間帯に到達すれば、消えていたすべてのものが再び戻ってくる。以前そう聞いた。
つまり過去に戻って一度人生をやり直した記憶がそのまま積み重なるということ。一度ならともかく、そんなことを繰り返せば精神が持つはずがない。
アルカは悲しそうに微笑んだ。
「わかっています。この道の先に救いなどないでしょう。辿り着くこともできず挫折してしまう可能性の方が大きいと思いますよ」
それでも諦められない、と。
アルカの目が言葉では言い尽くせない心を露骨に伝えてきた。
止められない。
アルカの決意はすでに固く、ボクが何を言おうと覆せないだろう。これまでも彼女は自分が正しいと信じたことを常に揺るぎなく貫いてきた。
今ボクにできるのは、精一杯の心を込めて彼女を見送ることだけ。
「ありがとうございます。いつか、私の歩みが終着点に辿り着く時が来たら……また会いましょうね」
その言葉を最後に彼女は去った。
数多くの人を失ったが、それ以上の人々を救った少女。邪毒に落ちて怪物になりかけていたボクを救ってくれた親友。フィリスノヴァ家という殻の中でいつも一人だったボクにとって、アルカは唯一心を委ねられる相手だった。
そんな彼女が一人永劫の歳月を切り開きながら苦しむのを黙って見ているわけにはいかなかった。
目の前で消え去ってしまったアルカの姿を心で追いながらそう決意したボクだったが、目標などなかった。神の権能にて過去に行ってしまった彼女を追いかける方法など知らなかったのだから。
ただ残された者としてアルカが救った世界を守り、復興することを使命として精進した。ただ前に進んだ。愚直に前進していれば、いつか人間の限界を超えられるだろうと信じながら。
……まさか本当に超越してしまうとは思っていなかったがな。
【改めて腹が立つぞ】
思考に浸っている最中にも、目の前の相手に剣を振るうことは忘れなかった。
他の考えに気を取られて目の前の状況に集中できないなどというのは人間の限界にすぎぬ。今のボクにとっては精神を百に分けて、それぞれの考えと仕事を処理することくらいは休息同様だ。
もちろんそれは相手も同じ。
【何が言いてぇんだ?】
ボクを狙う重剣を力で払い、逆に攻撃を狙った。しかし同じ方法で弾き飛ばされた。
竜の形象が彫られた重剣。始祖武装『暴竜剣』――ではない。
始祖武装とは五人の勇者の末裔たちが始祖の武具を魔力にて具現化して使用するもの。原本の能力と出力をそのまま扱えるとはいえ、あくまで魔力で形象化された仮の姿にすぎない。しかもそれは始祖たちが人間として死亡した時の力と形象で固定されている。
ならば始祖武装たちの原本、本物の武具はどうなったのか――その答えがまさに目の前の『暴竜剣』だった。
五人の勇者たちは五大神となった。そして彼らの武具もまた主人とともに進化した。外見は以前と同じかもしれないが、その中身はすでに完全に格の違う神器となったのだ。それゆえ威力は次元が違う。
もちろんそれはボクの『冬天覇剣』もまた同じだ。
【我が最も大切な友の涙を無視していた癖に、その涙を自ら拭おうとするハンカチさえ引き裂きたくてたまらぬ貴様らを見ると腹が立つのだ】
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