降臨
「降臨だと? 五大神が降臨するというのか?」
いつの間にか近くに寄ってきていたジェリアお姉さんが言った。
……いや、状態を見ると寄ってきたんじゃなく、今の私のように『私』が魔力で回収したようね。見えない手に掴まれて宙に浮いている。
『私』が答える前に代行者さんが先に口を開いた。
「我らが神がおっしゃられた。正義を執行するためには自ら剣を振るうことも厭わないと!」
【無知って本当に哀れだね。愚者たちの適当な言い訳に惑わされて、存在しない正義なんかに心酔するなんて】
『私』の手振りに込められた膨大な魔力が代行者さんを吹き飛ばした。
彼は今度は再び突っ込んでこなかった。際限なく高まっていた魔力が一箇所に集約されただけ。
神聖な力が彼の体から抜け出し大地に集まった。その力が巨大な領域を作り出し、その中心にさらに大きな力が渦巻いた。
神聖な力が作り出した領域がまるで巨大な祭壇のように見えた。その中心に力が集中するのはまるで何かの儀式を執り行っているようだった。
しかし『私』は平然としていた。
心配になって口を開こうとしたけど、その前にジェリアお姉さんが『私』の力を振り払って飛び出していった。
「待て! 落ち着くのだ、代行者よ!」
「……フィリスノヴァ公爵令嬢でございますか。お退きください。我々の討伐対象は邪毒神のみです」
「あの者は世界に害を与えようときたのではない。ボクらにはあの者の助けが必要なのだ」
「無意味です。邪毒神は人類を惑わし災いをもたらす者。我らが神が災いを防ごうとされているのです!」
ジェリアお姉さんは舌打ちしながら剣を抜いた。
まさか五大神を直接阻止するつもり!?
「ジェリアお姉さん、危険……!」
【大丈夫よ。五大神のバカたちを止める役割は別にいるからね】
『私』は素っ気なく言うと背を向けてしまった。今すぐ別の場所に行ってしまうかのように。
「ちょっと待って! ジェリアお姉さんを見捨てるっていうの!?」
【すぐにこっちに送られてくるから気にしないで】
私たちがそうしている間にも代行者さんの儀式はどんどん完成に向かって突き進んだ。
疑似祭壇の力が極に達し、神聖な光彩が万物を覆い尽くす勢いで膨れ上がった直後――その姿が現れた。
巨大な力や重圧は感じられなかった。いや、むしろ『私』の力を突き破って侵入してきた圧迫感と力の気配さえ消えて平穏になった。感じられる魔力だけを見れば力が消えたという錯覚さえ覚えるほどだった。
しかしそれは力が消滅したからではなかった。この世界の適合した神であるため、その巨大な力さえ自然体として存在するからだった。
「あれが……五大神?」
呆然と、思わず呟いてしまった。
この世界の適合した神だから、別に怪物のような容姿だとは思わなかった。でも現れた神の姿は思っていた以上に……平凡だった。
特異なのは服装が本でしか見たことのない数百年前の衣服だということくらい。それ以外はとても綺麗だけどどこか印象の荒々しい女性だった。
濃い藍色の髪の毛はなぜかライオンのたてがみのように乱雑に見え、同じ色の瞳は野獣のように光っていた。女性にしては屈強な体つきは外見からでも分かるほど筋肉質で、手には竜の形象が彫られた巨大な重剣が握られていた。
……いや、ちょっと待って。よく見るとすごく見覚えのある顔なんだけど?
目鼻立ちは大分違ったけど、藍色の髪の毛と瞳だけはジェリアお姉さんそっくり。しかもその顔の造作はこの国では有名だ。そりゃあの人の肖像画、田舎の村でも見られるもの。
しかもあの顔を見て一番驚くはずの人は他にいた。
「……は?」
ジェリアお姉さんは後ろ姿だけでも伝わるほど呆れていた。
一方降臨した五大神――『炎』は面白そうに口元を歪めた。
【ほう。反応を見るにオレをよく知ってるみてぇだな。それよりお前は今のフィリスノヴァの後継者か?】
「……あなたは」
【ん? ああ、戸惑うのも無理ねぇな。人間どもは五大神の真実なんざ知らねぇからよ】
『炎』はそう言いながら豪快に高笑いしたけれど、教えてくれる気配はなかった。
「我らが偉大なる『火』よ。それが本当に貴方様の本当の姿なのでしょうか?」
代行者さんも『炎』の顔を見るのは初めてだろう。かなり戸惑っているようだった。
全ての疑問への答えは『私』の口から流れ出た。
【五大神はこの世界の管理のために選定された太古の神格。でも本来五大神は自我なんてない力の塊に過ぎなかった。ただ法則に従って流れるままに世界を調律するだけ。だけど五百年前、この世界の真なる神がそんな五大神に自我を与えた】
『私』は不快感が露骨に表れた目で『炎』を睨みつけていた。
【この世界で最も偉大な五人の人間の魂を選定して、それらを五大神と融合させたの。そうしてその五人の人間は世界を司る神格となって君臨することになったんだよ】
怨念、怒り、憎しみ。
『私』から垣間見えるのはそんな感情ばかりだった。
しかし今それをぶつけようとしているわけじゃなさそうだった。
【することは本当に腹立たしいけど、今あなたを相手にするのは私の役割じゃないよ】
【ほう。このオレを相手に逃げるってのか? 今までそうしてきたようにな?】
『炎』は獣のように歯を剥き出しにして笑いながら剣を構えた。今にも飛びかかろうと身構える野獣のイメージが重なって見えた。
野蛮なまでの闘気が体を震わせたけれど、『私』はただ鼻で笑うだけだった。
代わりに答えたのは世界の穴だった。
まだ開いていた穴から突然大きな剣が飛び出してきた。それがそのまま『炎』に向かって突っ込んでいき、『炎』は自分の剣でそれを弾いた。
ジェリアお姉さんは突然飛んできた剣を見ながら、剣を握る手に力を込めた。
「……やはりそうだったのか」
飛んできた剣はジェリアお姉さんの固有武装である『冬天覇剣』。少なくとも外見はそうだった。
しかし感じられる力の大きさも質も次元が違っていたし、何より――存在の格がはるかに違っていた。
弾き飛ばされて地面に突き刺さったもう一つの『冬天覇剣』から魔力が流れ出すと、人の形を作り出した。
私も、ジェリアお姉さんもすでに予想していた姿を。
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