異変と判断
再び目の前まで迫ってきたサリオンが拳を繰り出した。
魔力のみを動かして作り出した刃で迎撃。正面からの防御などは不可能で、刃一つや二つ程度では効き目もない。そのため百の刃で渾身の力を尽くして軌道を避けることにのみ集中した。
それすらも余波が体を叩いたけど、魔力の壁でダメージを軽減する間に体を回復させた。
そして地面に突き刺していた手を抜きながら、雪原の大地の中から汲み上げた魔力を剣に変えて振るった。
極地より冷たい氷の魔力剣。しかしサリオンはすでに次の攻撃を放っているほど速く、彼の拳に宿った魔力は太陽のように熱かった。及びもつかない灼熱の拳が剣を粉砕した。
――天空流奥義〈満月描き〉
巨大な奥義を放ちながらサリオンを観察した。
これで彼の前進を止められるとは思っていなかった。集約された力でも全て防ぎきれない彼の力を、大きく広げた魔力程度で阻止できるはずがないのだから。
けれど気になる点があった。今すぐ確認しなければならないと思うほどに。
予想通りサリオンは〈満月描き〉を何でもないように突破した。まるで何もないかのように素手の突撃だけで斬撃の球体を突き破り、瞬間移動かと見紛うほどの速度で接近してきては拳を再び振り上げた。
もう一度、今まで散らばっていた魔力を全て集めて一振りの巨大な剣の形に作り上げた。魔力量だけなら、さっきまでのサリオンであれば彼の拳をむしろ切り裂けるほどだった。
しかしサリオンの拳が再び魔力剣を粉砕し、私は直撃だけを避けてかろうじて逃げた。
容赦なく押し寄せてくる彼に対応の術式や剣術を続けて展開しながら、鋭い目で睨みつけた。
力で劣っている。それは前からわかっていたことで、またある程度は予想していたことだった。ただ予想外だったのは、その格差が想定していたもの以上だったという部分。
でも重要なのは力で劣ったってことじゃなく、突然増幅された彼の力そのものだった。
彼が力を放出する瞬間に感じられたもの。そしてその強力な出力そのもの。それは彼が体内で凝縮し精製した力であるためでもあったけれど、瞬間的に力を増幅させたものがあった。
それは――。
「あんた……どうやって邪毒を?」
すでに消えていたもの。
安息領を衰退させた最も根本的な大前提が崩れたことを、私の感覚がはっきりと捉えたのだ。
『万魔掌握』で複製したに過ぎないとしても、私は『浄潔世界』の保有者。そんな私だからこそわかった。彼の力にごくわずかで曖昧だけど、この世界のものではない力が混ざっているのを。
厳密に言えば普通の邪毒とは違う感じがしたけれど、そこまで具体的な部分は解釈できなかった。
サリオンは猛攻を浴びせ続けながらも、私の言葉に答えるように微笑んだ。
「それが分かったかのぉ? 目利きと感覚も非常に優れておるのぉ。お主が我らの同胞だったらよかったのを」
「失くしたものを取り戻したって喜んで這い出てきたんですか? 子供みたいですね。どうやって邪毒を再び発生させたんですか?」
さらに強くなったサリオンの力に耐えるのは骨が折れた。正直に言えば会話を続ける余裕もなかったけれど、今でなければ情報を得られないという予感と執念だけで無理やり唇を動かした。
誠実な答えは特に期待していなかったけれども。
「さあのぉ。それを突き止めるのこそお主がすべきことであろう。儂が教える理由はないじゃろう」
「秘法がバレるのが怖いんですか?」
「ふふ、挑発が可愛らしいのぉ。もっと勉強してくるがよい」
まぁ、当然こうなると予想していた。
安息領全体が昔の力を取り戻したのなら危険だろう。でもまだそんな気配はない。相変わらず戦場全体を観測しているし、邪毒の気配があるのはサリオンだけだ。
しかもそのサリオンからも感じられる力そのものは微弱だった。過去の安息領は邪毒を極限まで活用する時、周囲を汚染するほど邪毒を撒き散らしたというけど、今のサリオンから感じられるのは私でさえ集中してやっとわかるかどうかというほど薄かった。
しかも単純な邪毒ならあれほどの量と濃度ではあれほどドラマチックな変化をもたらすことはできない。むしろ気分や体調が悪くなるだけだろう。そういう点でもサリオンは異常だった。
けれど少なくとも今すぐはサリオン以外の安息領が強化される気配はなかった。
いや、むしろ、なんというか……あっちもサリオンのように強化手段を持っているなら使わないのがおかしい状況よ。
残りの安息八賢人のうち三人をジェリアお姉さんが一人で相手をしていた。お姉さんが話していた通りタールマメインとベルトラムに、あと一人は……どうやらラースグランデのようだ。そして残りの二人は騎士団と魔導兵団の兵力が軍勢の力で抑えていた。
……私の見間違いでなければ、タールマメインとベルトラムはすでに叩きのめされてリタイアしてから久しかった。
ジェリアお姉さんの方はほぼラースグランデとの一対一。そして物質的に絶対的な力を発揮する空間能力をただ力で叩き潰しながら押し切っていた。単純な物理的な氷ではなくジェリアお姉さんの法則発現である〈暴君の座〉の力のようだね。
残りの安息八賢人たちもラースグランデを支援する余裕はなかった。それでも軍勢を相手に対等に持ちこたえてはいたけれど、ラースグランデが倒れる瞬間あっちの形勢は決まるだろう。
ラースグランデがよく持ちこたえているとはいえ、あんな状況なのに強化手段を使わないのはおかしい。使えないのである可能性が高い。
「それならば――」
やるべきことは一つ。
戦況を監視する術式の機能を縮小する。邪毒をはじめとする異界の力のみを探知して知らせる程度に縮小し、全ての魔力と精神を目の前のサリオンにひたすら集中するために。
私に必要な手がかりはまさにサリオンにあり、そのサリオンはこの場の最大の難敵だ。ならば彼に集中することこそが最も適切な選択だって馬鹿でも分かる。
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