束の間の議論
「現在の戦力では無理です」
ジェリアお姉さんの部下の騎士がきっぱりと言った。
でもジェリアお姉さんはその騎士を振り返り自信に満ちた笑みを見せた。
「昔の奴らならそうだったかもしれぬ。だが今は場合が違うぞ。安息領の奴らが暴れまわれた根源は邪毒を活用したあらゆる術式と魔道具だった。だが今の奴らにはそれが存在せぬ。もちろん安息八賢人はそんなものがなくてもかなりの実力者だが、奴らさえも安息領の最大の特徴から外れた奴らではないぞ」
ジェリアお姉さんの体から発せられているのは無謀な向こう見ずさではなかった。
どこか根拠がありそうな確信が自信がはっきりと宿っていた。
「もちろん弱くなったとはいえ奴らの力は依然として強い。この戦力のまま正面から対決すれば勝算はないだろうな。だが奴らを混乱させることは十分可能だ。むしろ森で支度を整えている隙を突かれれば安息八賢人以外は対応できないはずだ」
ジェリアお姉さんの言葉には安息八賢人以外の者たちはたいしたことがないという前提が含まれていた。
まぁ間違いじゃないね。それは実際に歴史が証明してくれたんだから。
安息領の最高幹部である安息八賢人が恐ろしい者たちである最大の理由は、彼らがいるからこそ安息領が崩壊しないと言われるほど突出した力を持っているからだった。
安息領内にも階層があり高位幹部たちの中にはそれなりの力を備えた者も多い。しかし彼らでさえ騎士団では中程度の騎士にも及ばない。もし八賢人がいなければ邪毒神が追放されていなくても既に安息領なんて全滅して終わっていただろう。
ましてや今は安息領の最も強力な手段である邪毒の術式と魔道具がすべて消えた状態。他のもので代用するとしても完璧に代替できるほどの力と技術を確保していたらこの国とオステノヴァの監視網を逃れられるはずがない。
「安息八賢人の中にも格の差がある。騎士団で運用している過去再現のシミュレーターで全盛期の奴らの力を体験したことがあったぞ。その経験と歴史の記録を参照したら、ボク一人でも三人程度なら対処できるのだ」
過去再現のシミュレーターというのは入力された情報を基に魔力で具現化された幻影と戦える魔道具のことを言う。
そもそも我が家で作ったもので入力されたデータを具現化する信頼性は保証されているけど……データ自体に誤りがあれば実際とは差がある。だから我が家では盲目的に信じすぎないようにというガイドを常に添付している。
それを信じるというのは不安だ。でもジェリアお姉さんから垣間見える確信はなぜかそれだけを基にしたものではないようだった。
「ジェリアお姉さん。本当に断言できますか?」
「ああ。『水源世界』のタールマメインと『冬天』のベルトラムは二人が一緒に襲ってきても問題ない。奴らは仮に安息領の切り札が生きていたとしても、今のボクなら一人で十分相手できるぞ。切り札が消えた今はボクの相手になれぬ奴らだ。そこにボロス程度を加えても持ちこたえられるだろうよ」
ジェリアお姉さんは自分の額に生えている小さな角を触りながら言った。
あの角。ジェリアお姉さんが巨大な力を得た象徴。それを触るのが意識的な行動なのかどうかはわからないけど、あれ自体が今の力に自信があることを表していた。
……でもどうしてあんな風になったっけ?
私がアカデミーでジェリアお姉さんと会ってから色々なことがあった。その途中でジェリアお姉さんがあんな姿になり、元々強かった力が途方もなく強くなったけど……どうしてそうなったのか、その辺りの記憶があいまいだった。
特に頭に角が生えるなんて。大きさは小さいけどあんな個性的な姿になったのに経緯が思い出せないのは少し変だった。
どうやらこれも記憶の違和感と関係があるようだけど……今はのんびりとそれを聞ける状況じゃないから後で確認してみよう。
「もしかすると奴らが他の手段を見つけ出した可能性もあるので、力を失ったという点だけに注目するわけにはいきません。実際に六年間姿を消していた奴らが突然集結したというのも怪しいですから」
部下の騎士さんが冷静に反論した。
「もちろん奴らが全盛期だとしても、ジェリア卿の力ならタールマメインとベルトラム程度は十分抑え込めるでしょう。他の奴らが相手だとしても一人、場合によっては二人は十分対応可能でしょう。ですが六人全員を相手にするのは別の話です」
「ここに集まった騎士たちと魔道兵団はボク一人にだけ依存する者なのか?」
ジェリアお姉さんは相変わらず自信満々だったけれど、今回の自信は自分自身の力についてではなかった。
「ここにいる騎士たちは優れた肉弾戦の達人たちだ。そして魔道兵団はボクたちに匹敵する直接戦闘能力だけでなくあらゆる多彩な戦術とバックアップが可能な人材だ。そこにボクとアルカの力を合わせれば、今あそこにいる安息領の奴らを急襲するのがそれほど無謀な選択だとは思わぬ。そしてどうせボクたちの力で奴らを殲滅しなければならぬわけでもない」
「奇襲で奴らを乱す間に増援が到着するのを狙うということですか?」
「そうだ。もちろんこのまま奴らを警戒しながら対峙するだけで増援と一緒に一気に押し寄せてもいいだろう。しかし今奴らを急襲して支度を整えさせず、その後に増援と一緒に殲滅するのも悪くない。それに安息領の奴らは集まっているときは常に何かを設置し手配して面倒を引き起こす奴らだから、このまま放っておけばまた何をするかわからないな」
まぁ、安息領を放っておけば良くないことを起こすから必ず可能な限り早く制圧しろというのが騎士団の方針でもある。ジェリアお姉さんもその観点から攻撃を提案しているのだろう。
部下の騎士さんもジェリアお姉さんの言葉を最後まで聞いて頷いた。
「わかりました。魔道兵団側が同意すればすぐに進めましょう。具体的な隊列や戦術は突撃する途中で構成してもいいでしょう」
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