奪われたもの
私の言葉を受け入れてくれたのだろう。ロベルは視線を前に戻しながら「ふむ」と口を開いた。
「どうでしょうね。僕が異性として誰かを好きになったことは特にないように存じます。幼少の頃は一応好感を抱いていた女性もおりましたが、初恋と呼べるほどの深さではなかったように思います」
ロベルの表情と態度は平静だった。心からそう思っているのが分かる様子だった。
むやみに腹が立った。
理由は分からない。別に彼の落ち着いた態度が嫌いなわけではない。それでも他の人でもない彼がそう言うのが私を怒らせた。
その瞬間何か思い当たるものがあり、まだ全身を巡りながら残っていた『浄潔世界』の魔力を完全に止めた。魔力が沈静化し、変換された形質を消して再び本来の純粋な魔力に戻した。
ロベルに些細な質問を幾つか投げかけながら、落ち着いた心で彼の言葉を聞いた。
そう、落ち着いた心で。
理由もなく私を怒らせた話題を続けてみたけど、さっきのような息苦しさと怒りは全く感じなかった。
……そういうことか。
「ロベル、ちょっと」
もう一度『浄潔世界』を発動し、全身に循環させると同時にロベルに手を差し出した。
「ロベル。少し私の手を握ってみてくれる?」
「……? 突然どうされましたでしょうか?」
「いいから早く」
ロベルは突然の提案に訳が分からないといった様子だったけど、それ以外の感情は見せずに私の手を軽く握った。私が手の甲を差し出す姿勢だったので自然と紳士が手を握るような形になった。
手と手が触れた瞬間、彼の体に『浄潔世界』の魔力を流し込んだ。
「お嬢様?」
「なに? 特に問題はないでしょう?」
「確かにそうでございますが、なぜ『浄潔世界』を? 僕は邪毒に汚染されたことはございません。そもそも現在は邪毒に侵食される心配もないはずです」
「それは後で説明するよ。それより幼い頃少しでも好きな程度もなかったの? 同年代でもお姉さんでも」
「ございません。僕は見習い執事を早くから始めましたので、そもそも年齢の近い女性を合う機会があまりございませんでした。メイドの中に美しく優しい人が多くいましたが、僕の目にはもう入らなくなってしまっておりましたので――」
ロベルは言いかけて止まった。動いていた口さえ閉じずに目だけ大きく開いたまま固まっていたけど、少しして自分の手を見下ろした。
「これは……?」
「どうしたの? 何か思い出した?」
ロベルは混乱しているようだった。
私自身もさっき感じた息苦しさと苛立ちを再びほんの少し感じたけれど、それはすぐに消えた。原因についてある程度察することができたので安堵と気分の良さが勝ったのだ。
一方ロベルはしばらく考え込んでから再び口を開いた。
「お嬢様。もしかして僕の幼少期について何かご存知でいらっしゃいますか?」
「幼少期といっても、その時既に私たちは顔見知りだったでしょ? あなたの言う通り見習い執事を早くから始めたんだから。私が知っているのはあなたがあそこで働いていた時だけだけど、その時間自体が長かったから」
「……」
私は黙るロベルを見つめながら静かに待った。
唐突に彼の初恋について聞いたのは私の意思ではない。私はそんな会話の話題など考えてもいなかったのだから。
しかし『浄潔世界』の力が肉体に作用しているとき、突然私の無意識が勝手に言葉を発した。
そしてロベルの答えを聞いたときに感じた苛立ち。しかしそれは『浄潔世界』の力を切るとすっかり消えてしまった。ところが『浄潔世界』を再び活性化させると何でもないふりをして戻ってきた。
おそらくこれも奪われた記憶と関係があるのだろう。『浄潔世界』なしで違和感を感じるほど強い要素ではないようだけど。
前回呪われた森では私の『浄潔世界』が勝手に力を出していたとき近くにいたトリアとロベルも影響を受けていた。ならば今ロベルに『浄潔世界』の魔力を注入すれば彼も何か気づくのじゃないかと思って試してみたんだけど……どうやら正解だったようだ。
「何か違和感を感じる?」
「少しではございますが。はっきりと何か思い出したわけではございませんが、僕自身……変な感覚がいたします。文字通り変だという感じもございますし、何と申しますか……何かが遮られてしまったように、とても息苦しい気分になるのです」
「よりによってその話題が初恋なのね」
そう冗談を言うとロベルの顔が真っ赤に染まった。
それは面白かったけれど、同時に少し残念でもあった。
元々ロベルはこういう話題でそんな反応を見せなかった。……少なくとも私の記憶では。
彼は普段女性に大きな関心を示さず、こういう話にも大きな反応がなかったのだから。実際さっき初恋について最初に聞いたときも彼は平然としていた。ただ私が急にそんな質問をするのを不思議に思っただけだ。
それなのに今はこんな反応というのは……彼にも初恋があったが消えてしまったのかもしれない。
……もしかしたらそれが私のお姉様だったかもしれないあの人かもしれない。
少なくとも私が無意識的にそんな質問をしたということは、私が知っている関係である可能性が高いだろう。過去が改竄されたとしてもロベルがこれまでと全く違う人生を送っていたとは思えないし。
……もしかしたら私のお姉様である誰かとロベルが恋人になったりするのなら少し照れくさいかもしれない。
もちろん身分だとかいろいろな問題はあるけど、そのあたりはどうにかする方法がないわけじゃないから。そういう融通の面では元々我が家が四大公爵家の中では一番良い方だし。
そんなことを考えていると、もう一つ確認したいことが思い浮かんだ。
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