訪れ
「本当にイライラするけど、これ自体も手掛かりになるから私はいいの」
私に必要だったのは証拠。
物的に残るものでなくても、思考を推論の領域から確信のレベルにまで引き上げるほど決定的な何かが足りなかった。
その点で、さっきの記憶強奪は私にとって何よりも必要だった確信の材料となった。
少なくとも私の記憶の違和感は人為的なものであり、邪毒神が関与した可能性が高くなった。これ自体が罠である可能性もあるだろうけど、現時点ではそのように私を錯覚させて邪毒神が得ていくようなものは見当たらない。
邪毒神がわざわざどうしてそんなことをするのかは疑問だけど、現象には実存と結果が優先される。実際に存在する何かがあるなら、動機なんて裏面に隠れているものをまだ発見できていないに過ぎない。
「本当に有益だったね、今日は。色んな意味で」
イライラを上回る喜びに微笑んだ。
これからどうすべきかも、視察に来る前よりは少し明確になったようだしね。
***
「殿下をお迎えできて光栄でございます」
「面倒な礼儀は省略してもよろしいですよ。公式な儀礼として参上したわけでもありませんし、そういう面倒なものは省きたいのです」
礼儀正しく接する相手とそれを滑らかにかわす王子。
こいつと親友として過ごす間に飽きるほど見てきた光景だが、相変わらず見ていると失笑が出てくるな。
「ジェリア? 何か言いたいことがおありかな?」
「聞く必要があるのか? こんな状況でボクが言いたいことなど、もう何百回も実際に言ってるはずだろ」
ケインのやつはボクの言葉を聞くと「それはそうね」と笑った。
ボクとケインが訪れたのは五大神教の神殿。その中でも『光』の宗派の総本山といえる場所だ。そしてボクたちを迎えたのは『光』の宗派でもかなりの地位にあるエリエラ・メイス。ボクたちと顔見知りではあるが、それほど親しい間柄ではない。
実際ケインのやつは公式な儀礼ではないと言ったが、それは口先だけの言葉に過ぎない。そもそもこれは王子と公爵令嬢として護衛まで同行した正式な訪問なのだから。ボクも今日だけは似合わないし不便この上ない貴族令嬢のドレス姿なほどだ。
ま、ケインのやつがあんな風に言うのも、やつの悪趣味な試験の一環だがな。あの言葉を聞いて本当に緊張を解いて失礼をしでもすれば、すぐにケインの心の中で減点が飛んでいく。緊張を解いたまま適切に対応する一流なら逆に加点を得るだろうがな。
エリエラさんは苦笑いを浮かべた。
「たとえ殿下が礼儀をお断りになられても、私がそうできない立場でございます。どうかご了承くださいませ」
「そういうことでしたら構いません。こちらこそ無理な要求をして申し訳ございません」
形式的なやり取りの後、エリエラさんはボクたちを神殿の奥へと案内した。王族など重要な来賓が訪れた際のための応接室だった。まさに王族と公爵家が訪問した状況なので適切な活用だな。
神殿の人が出してくれる紅茶を目で眺めながら、ケインのやつがボクに念話を送ってきた。
〔改めて聞くが、本当にやるつもりかね?〕
〔無論だ。そうするつもりがなかったら君を連れてきてないぞ〕
同じく念話で応じると、ケインのやつが苦笑いを浮かべる心の気配が伝わってきた。
〔王子をこのようなことに使うのはこの世界でも君だけだろうな〕
〔許せ。ボクは巧みに言葉遊びをして人を弄び情報を引き出すようなことは不得手でな。友達とはこういうものだろう。それより内密な念話でするつもりだろうが、ボクらが念話をしているということくらいは既にバレているはずだ〕
相手は『光』の宗派内でも神の意志を代弁する者。いくら隠蔽通信とはいえ、このように近くで念話がやり取りされているのに気づかないはずがない。
予想通りエリエラさんは微笑みながら口を開いた。
「ご心配なさらずに。私は念話の発動を察知できても、内容まで盗み聞きする術は持ち合わせておりません」
「それにしては完璧に理解なさったかのようにお話しになるのですね」
「あら、念話を聞き取ったわけではございません。ただ貴方方の表情がそう語っているだけでございます。神に仕える身として、信者の方々の胸の内を察して助けることは私の習慣のようなものでございますから」
ケインの白々しい言葉にもエリエラさんは動じずに応じた。
もちろんその程度はケインのやつも当然知っている。ボクもやつが知らないだろうと思って指摘したわけではない。
いや、端的に言えば――念話について指摘した瞬間から、すでにエリエラさんはケインの罠にはまったのだ。
「素晴らしいですね。それも『光』がお与えになった恩寵でしょうか?」
ケインがそう言った瞬間、エリエラさんの顔色がかすかに暗くなった。
エリエラさんは言うか言うまいか迷うように一瞬唇を動かしたが、すぐに諦めたように一瞬目を閉じて開いた。
「……殿下は世間で噂されていることにはあまりご関心がおありではないのでしょうか?」
ケインはにっこりと微笑んだ。顔色が暗くなったエリエラさんを安心させようとするようにも、彼女の心配を嘲笑うようにも見えた。
実際に人の心配事を嘲笑うやつではないが、わざとそのように自分を演出して相手を挑発する場合もあるからな。今がどちらなのか長年の友人であるボクにもよくわからない。
「世間の噂などほとんどは根拠のないデマに過ぎませんよ。むしろ人々の口の端に上る話こそ、誰かが意図を持って操作しやすい類いです。参考にはなりますが、それを真実と受け止めるかは別問題ですね」
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