微妙な前兆
……実際にその手がかりをどのように活用すべきか私自身もわからないけれどね。
とにかく会話はそこまで。父上はすぐに私を設備のある部屋へ連れて行った。
オステノヴァの娘として、邸宅のどこに何があるかはすべて知っている。幼い頃は立ち入り禁止だった場所も今では出入りできるし、実際に少しは触れてみたこともあった。
今行く部屋もそんな場所の一つ。禁止されていた場所じゃないけど、単に複雑で実用的な場所だったため、幼い頃は近づきにくかった場所だった。
「さあ、そこの真ん中に立ってね」
その部屋は広く、仮設の壁で二つに分かれていた。そのうち父上が指し示した場所は広くて空っぽな方の真ん中だった。
もちろん空っぽというのは外見だけ。壁と床と天井の中にはあらゆるものを監視し検出し発見するセンサーの魔道具がびっしりと敷き詰められている。そしてそれを仮設の壁の向こうの制御室で活用して部屋の中のものを検査するのだ。
検査室の真ん中に立ったまましばらく待った。かすかに魔力の波動が私の体をなぞるのを感じた。本来ならほとんど感じ取れないほど微弱なものだったけれど、『万魔掌握』の能力者である私は誰よりも世界の魔力に敏感だから。
待ち時間は長くなかった。
「よし、終わったよ。結果は……まぁ、肯定的とも否定的とも言えるかな」
父上は入ってこいと言うように仮設の壁のドアを開けて言った。
制御室には検査結果を表示する魔道具があった。立体映像の形で様々な角度から様々な情報を確認できるものだった。
正直知識が足りない私には魔道具が出力する情報を半分も解釈できなかった。けれど父上はただ一度目を通しただけですべてを把握したようだった。
ただ父上の表情は微妙な苦笑いだった。最善ではないけど最悪でもない、どう表現すればいいかよくわからない表情。それを見るとすくなくともひどく悪い状況ではなさそうだ。
「どういう意味でしょうか?」
「とりあえず予想通りというか。具体的に分かるほどの反応はないけど、非常に微かに時空が歪んだ痕跡があるんだ。邪毒と類似した反応だね。あまりにも微かで不確実だけど、邪毒神と関係がある確率が高いんじゃないかな」
父上はそう言いながら魔道具を操作した。表示される情報が変わり、一部が拡大されてより詳細な数値と記述が出力された。
……といっても、私にはよくわからない部分ばかりだけど。
「とても微弱ではあるけど、今になって邪毒に似た反応が現れたというのはやっぱり気になるね」
「どうしてなのでしょうか?」
「邪毒はもう消えちゃったからね」
それなら私も知っている。
『救われざる救世主』のことがどこまで真実なのかはわからない。でもともかく邪毒神がこの世界から完全に追放されたってことは事実として存在する。
邪毒神の干渉が消えて現れた結果。あるいは逆に邪毒神の干渉が消えた証拠。どちらにせよ、邪毒神が消えるのと共に邪毒もまたこの世界から消えた。
「新たな邪毒の流入はもちろん、この世界に残っていた邪毒さえも消え去っちゃったんだ。古い邪毒の侵食地だった呪われた森の邪毒すらも綺麗さっぱり消えてしまったんだよ。それもすべての邪毒がまるでこの世界から切り取られたかのように突然にね」
父上の説明によると、邪毒はこの世界から突然消えたという。邪毒神の干渉が消えて徐々に消滅していったのではなく、まるで誰かが消しゴムで消し去ったかのように突然消えたという。
「邪毒が消えたのは突然だったけど、その後邪毒の兆候すら正しく観測されたことがないんだ。まぁ、僕がこの世界のすべてを細かく観測しているわけじゃないから、僕の目を逃れた事例もあるかもしれないけどね。でも、あえて僕の調査網でなくても、どの研究陣も調査団も邪毒を再発見できなかったんだ」
邪毒が消えたのがそれほど突然だったということは知らなかったけど、その後邪毒の欠片さえ発見されず完全に消えたことは私も知っていた。
だから父上の反応があんな風なのだろう。正直私の感想も父上と大差ないはずだ。
父上は相変わらず苦笑いを維持したまま魔道具を何度か操作した。表示される情報が次々と変わった。
私に見せるためではなく父上が情報を再確認するための行動だったけど、再び見ても父上の表情は変わらなかった。
「とりあえずこれが邪毒に関連したものだと本当に間違いないなら、決して良いことだとは言えないよ。邪毒はこの世界の害悪だからね。今のところこれが少しの心配事で済むか、本格的な問題に発展するかをできる限り早く判別するのが重要だと思うよ」
「父上はどちらだと思われますか?」
「ふむ。今のところ百パーセントとは言えないけどね。とりあえず大事には至らないんじゃないかな。君の父としての願いを除いて見ても、邪毒かどうかさえまだ微妙なこの程度なら大きなものに発展する確率は低いと思うんだ。前例を見ても、今の分析から見てもね」
その言葉を聞いて胸をなでおろした。
私自身に関わる事でもあったけど、ただそれだけが理由ではなかった。むしろ私自身のことはどうなっても構わないという気持ちの方が強かった。
邪毒が消えたということは浄化の力がもはや必要なくなったということ。つまり浄化の力を持つ人にもはや頼る必要がなくなったということだ。
浄化の力はとても貴重だ。上位能力なら言うまでもなく、たとえ基礎レベルに過ぎなくても浄化はそれ自体がユニークだ。邪毒を防ぎ得るのは浄化能力だけなのだから。
だから安心した。もはやこの世界がお姉様に頼る必要がなくなったということだから。
そう考えていた私は、ふと違和感を覚えた。
……お姉様?
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