気味の悪い予感
【――、―――】
耳鳴りのようでもあり声のようでもある何かがかすかに耳元に響いた。
普段なら悠々と気にしただろうけど、今はそんな余裕はなかった。体ではなく心の方に。
「アルカ? どうしたの?」
「確認したいことがあります」
ついてくるリディアお姉さんに配慮する余裕もなかった。
足早に向かった先は図書館。アカデミーでも最も圧倒的に巨大な建物だった。
生徒として当然よく来た場所だ。それだけ馴染みがあるけれど……今日に限って変な気分がした。
『これ、本を見つけることはできるの?』
そんなことがあったような気がした。
しかし図書館に入ってメインホールを見るとすぐに首を振って否定した。
私が経験したことじゃない。私はただそんなことがあったと聞かされただけ。私が入学する前にあったことだって、初めて見たときは図書館の大きさに驚いたって、これほどの本を全部読めるのかわからないという点が楽しかったって……そんな話が温かく優しい笑顔と共にあった。
なのにそれが誰だったのか思い出せない。
聞いたという事実も、聞いた内容も記憶に残っていた。鮮明とは決して言えない曖昧な記憶だったけれど、少なくともそんなことがあったということだけは心が確信していた。
それにもかかわらず相手が誰だったのかだけ抉り取ったように消えていた。
思い出せ。忘れてはいけない。心がそう訴えていたけれど、いくら意志が強くても無理なものは無理だ。しかも私自身からしてその衝動を理解できなかった。
「リディアお姉さん。邪毒神に関する本はどっちでした?」
「それなら――」
リディアお姉さんの案内を受けながら、混乱した頭の片隅では様々な考えをした。
今日の邪毒神講義を聞いてすぐに思った。講義内容について、言及された邪毒神について調べなければならないって。そして図書館に向かいながらさっきのあの記憶を思い出した。
どんな相関関係があるのかはわからない。考え続けてもおそらく理解できないだろう。それでも論理なんて全くない本能的な確信だけがあり、その確信に逆らいたくない私がいた。
欲しい情報はすぐに見つけられた。
「わぁ、こんなに本があるなんて。いろいろと印象的だったんだね」
リディアお姉さんが感嘆したように言った。
私が探しに来たのは今日の邪毒神講義で言及された邪毒神の情報だった。この世界から邪毒神たちを完全に排除し、人々を脅かすすべての不幸を消し去ったと伝えられる神。
その伝承も印象的だけど、邪毒神を容認しないはずだった五大神教さえもその功績を認めたってことが人々の関心を引き起こしたんだろう。肯定的であれ否定的であれ、タイトルを見ただけでもあの神と関連がありそうな本が膨大にあった。
……多すぎて何から見ればいいのか見当がつかないほどってことが問題といえば問題かもしれない。
「こうなれば、むしろ間違った情報を選り分けるのが大変になりそうですね」
「まぁ、どうせ邪毒神のことは全部我ら人間の視点からの研究ばかりでしょ? その邪毒神が人間と接触して自分のことを教えてくれたって話も聞いたことないし。間違いを見分けるどころか、何が正しくて何が間違ってるのかの基準すら分からないよ」
む。聞いてみればリディアお姉さんの言葉が正しい。
「そうですね。荒唐無稽すぎるものだけ選り分ける程度にしておきます」
「リディアも手伝うよ。今日は暇だし」
リディアお姉さんは楽しそうだった。
……私が感じている不可思議な衝動と違和感はリディアお姉さんにはないのかな。
実はリディアお姉さんだけじゃなかった。ジェリアお姉さんも、ケイン王子殿下も、シドお兄さんも……ロベルさえも同じだった。みんながただ目の前の平和と温かさに満足げに笑っているだけだった。
それを見ていると異常なほど腹が立った。昨日まで私自身も同じだった……と記憶しているのに。
だからとても表に出せず一人で感情を飲み込むだけだった。
「私はあっちから見ていきます」
適当な位置を決めて蔵書を一冊取った。
『すべての不幸を食らう者、『救われざる救世主』は誰なのか』
本ッ当に直観的なタイトル。私が調べようとしている邪毒神の名前でもあった。『救われざる救世主』。正直今日の授業で初めて聞いた名前だった。
図書館にこれほど多くの本があるほどなのに、この名前を聞いた記憶がないなんて。その事実もとても変だった。でもそれだけなら何とも断定できない。私は邪毒神の研究を専攻にはしていなかったんだから。
本をパラパラとめくりながら素早く目を通した。
『この邪毒神の名前が初めて明らかになってからそれほど経っていない。正確な時期は学者たちの間で意見が分かれているが、最長でも二十年を超える主張がないことは明らかだ』
『世界に不幸や良くないことはない。すべての者が幸せで、豊かさがあらゆる場所に満ちている。しかし歴史の記録には戦争と悲劇が確かに存在する。ただそれらが今につながっていないだけだ』
『一部の研究者たちが仮説を提示した。悲劇が存在しないのではない。『救われざる救世主』の力が悲劇を削除しただけだと』
『ならば何故記録には悲劇が存在するのか? これについて最近面白い主張が提起された。邪毒神の力が過去の悲劇を消したが、現在と直接的な影響のないことはあえて消さなかったというのだ』
『葛藤は多様だ。世代を超えて現代まで伝わる憎しみがあり得るし、すでに過去の中で終わって風化した歴史があり得る。このうち邪毒神は前者の場合だけを消し去り、後者は残しておいたというのだ。かなり面白く、今の現象を見ると説得力があると思った』
……うわ。思ったより詳しいね。
完璧とは言えないまでも、意外とこの本一冊だけでもかなり多くのことがわかりそうだ。
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