見慣れない神域
目を覚ました。
見知らない場所だった。見たことのない様式……というにはちょっと曖昧かもしれない。バルメリア王国にはない様式だけれど、前世の神崎ミヤコが知識として知っているギリシャ神殿に似ていた。もちろん本物のギリシャ神殿じゃないだろうけど。
それより私はどうしてこんなところにいるのだろう?
どうやら広い神殿の真ん中に倒れていたようだ。場所がこんなものなのに、かなり高級な布団を敷いて私を寝かせてくれたらしいけれど……普通に部屋を一つくれればよかったのじゃなかったかしら?
【起きた? ごめんね。ここは人が住むことを想定した場所じゃないんだもの。人を寝かせる部屋なんてないんだよ】
突然声が聞こえてきた。そして直後、何もなかった神殿に人の姿が現れた。
神殿で唯一台が高いところ。そこに置かれている玉座に一人が座っていた。
……いや、人というのは語弊があるだろうか。
外見は人間だったけれど、私の目にはとても人間には見えなかった。強大な魔力と不可思議なほど巨大な存在感がまるで雄大な山脈を目の当たりにしたようで、奇妙な敬虔さすら感じられた。
かといって特にそれを讃える気にはならなかった。
「アルカの姿と声で私に話しかけるなんて、随分と趣味が悪いわね。ここはどこなの?」
【趣味が悪い? 急にそんなことを何度も言われちゃうね。私は生まれたままの姿で生きているだけなのに】
「ふーん。そう」
私の答えが意外だったのだろうか。
奴――『隠された島の主人』は眉間にしわを少し寄せた。
【あまり驚いていないみたいね?】
「驚いたわ。でも予想の範疇内だったから、大したことじゃないけれどね」
『隠された島の主人』がアルカと関連があるかもしれないという考えは既にしていた。
もちろん百パーセントというほどではなく、考えていた可能性はその他にもいくつかあった。むしろアルカと関連する部分は私が考えた候補の中では確率が低い方だった。
あの姿が偽装や目眩ましでないのなら……確認しなければならないことがある。
もちろんいきなり本命から切り出すつもりはないけど。
「それで、ここはどこなの? 私をどうしてここに連れてきたのかしら?」
【我が神殿。『隠された島の主人』の権能が集結した神域そのものよ】
私がなぜ奴の神域にいるのかはわからない。
意識を失う前の記憶は……しっかりしている。テシリタを止めようと亀裂に飛び込み、テシリタの魔力を相殺しようとして意識を失ったところまですべてはっきりと覚えている。
ならば結局戻れなかった私を『隠された島の主人』が回収したか、あるいは――。
「……他の人たちは? まさか危害を加えたりしてないでしょね?」
奴が私の大切な人たちを力で抑え込んで無理やり私を拉致したか。この二つ以外には思い浮かぶ可能性がない。
奴は私の考えを察したかのように鼻で笑った。
【反抗するから少し押さえつけただけよ。別に健康や命に支障はないから安心してね】
「たかがそんな言葉を聞いただけで安心できないってことはあんたにもわかると思うわ。まぁ、今はそれより問いただすべき他のことがあるでしょ」
ゆっくりと歩いて近づきながら、奴の外見を注意深く観察した。
目鼻立ちはアルカのそれだ。でも衣服と装備はアルカが使ったことのないものだった。……正確には私の現実のアルカが、というべきだろう。
あれは『バルセイ』のアルカがストーリー終盤に使っていた装備だ。つまりゲームの主人公としてほぼ最大レベルに達した時の姿ということだ。
しかし表情や雰囲気は私の妹とも、『バルセイ』のアルカとも違っていた。私の知っているアルカはあんなに厭世的で悲観的な印象ではなかったから。
それにあんな風に玉座に傲慢に座って足を組んだまま顎を支える姿勢をとったりもしない。
「なかなか偉い方の感じがするわね。まぁ神の座に上ったならそうかもしれないけれど」
【あまりにあからさまに皮肉るんじゃない?】
奴はそう言うと玉座から立ち上がった。そして玉座の前の短い階段など完璧に無視し、立ったままふわりと飛んで私の前に降り立った。
私より小さな背丈はアルカと似ていた。少し違うのはおそらく靴の違いだろう。可愛らしい顔と金色のウェーブヘアは本来なら美しかっただろうけど、今はそれよりも疲れているように見えるという印象が強かった。
それに何よりも、私を見る表情がアルカとはあまりにも違っていた。
【気になることがたくさんありそうな顔ね】
奴は軽く笑いながら言った。好意よりは挑発に近い笑みだったけれど……その眼差しに何か既視感を覚えた。
いや、まだ何も結論を出してはいけない。目の前にいる奴は厳然たる神。認知を超えた領域に到達した超越者なのだから。外見や印象くらいいくらでも操作できる。
自分自身を諭すようにそう心の中で唱えたけれど、理性を無視して胸の奥深くから湧き上がるある感情があった。
それを必死に押し殺しながら、顔だけは平静を装って疑問を口にした。
「それで? その疑問に答える用意はあるの?」
【さぁね。私がそうすべき理由があるのかな?】
「その気がないなら、私をここまで連れてきて何をするつもりなの? 剥製にして眺めでもするつもり?」
私をここまで連れてくるのに何の労力もかからなかったはずがない。
テシリタを止めようと世界の外に飛び出して気絶したのをそのまま引っ張ってきたとしても、世界への門の役割を果たしていた亀裂のすぐ目の前だった。神が自由に近づける場所ではない。
ましてや奴は皆を制圧してきたと言った。ということは当然物理的な意味のはずだから、邪毒神として簡単にできる仕事ではない。
奴は小さく鼻で笑うと私に背を向けた。
【まぁ、正直剥製にしたい気持ちはあるけどね。でもそんなやり方じゃ私の望むものは達成できない】
「望むものって何なの?」
【テリア・マイティ・オステノヴァの幸せ】
首だけ回して私を見つめる眼差しは鋭かった。
私に向けられたものではない。しかし私と関係のある何かに向けられた怒りが、長年の年月をかけて熟成され鋭く研ぎ澄まされた怨念が感じられた。
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