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ジェフィスの要請

 ジェフィスがそう宣言するやいなや、外野から浮き立った声が上がった。


「わぁ! すごいです、お姉様!」


「ジェフィス様もすごいですね。そんなに速く動けるなんて。それに勝ったテリアはもっとすごいけど」


 アルカとリディアがこちらに走ってきた。


 一方、ジェフィスは飛ばされてしまった剣を拾って苦笑いした。


「やはり聞いていた通りすごいですね。それに比べて僕はまともに相手にもならなかったようで……この場に姉君がいたら、僕はすごく怒られたと思います」


 私は優しく笑いながら首を横に振った。


「いいえ、十分でしたわ。普通、私たちの年齢でジェフィスほど強い人もあまりいませんからね」


 実際、彼は強かった。


 彼の能力である『加速』は本来の速度に一定倍率を適用して速度を一時的に増幅する能力だ。本来の速度が遅いと限界がある。そして速度を直接操作するのではなく、加速度(・・・)を操作するので思ったより扱いにくい。


 彼は加速を自由自在に扱った。自分の速度をコントロールできずミスする部分もなかった。つまり、能力の運用にそれほど慣れているという意味だ。


 私の診断では……多分今のリディアならジェフィスといい勝負になるだろう。そのリディアはジェフィスの速さに感心しているけれど、本気で戦えば多分リディアがギリギリ勝つと思う。


 一方、ジェフィスは表情を整え、私に近づいた。


「それにしてもテリア、一つお願いがあります」


「はい、何ですの?」


「あの……この森のことなんですけれども。外に出られますよね?」


「急にどうしたんですの?」


 へぁ、まさか呪われた森に興味あるの?


 実際、呪われた森の姿を見せた時、ジェフィスは少し窮屈そうな顔をしていた。だから森に出て魔物と戦うのは好きじゃないのかもしれないと思ったけど、もしかしたら意外とそうじゃないかもしれない。


 彼の次の発言は推測を裏付けていた。


「魔物が多いようですね。恐らく危険ですが、それだけ修練に役立つと思いまして」


「実際に出てみると見えるよりずっと多いです。しかもキリがないですわよ。下手をすると大変なことになるかもしれませんよ」


「だが行ったことのある人もいるんじゃないですか? 少なくとも貴方は出たことがあると思います」


「あら、どうしてそんなに断定するんですの?」


「木が折れたり、地面が掘られたような跡がかすかにありましたね。あとは……ただの勘です」


 この人使えそう!


 まぁ、森自体はどうせ後で出す予定だったから大丈夫。むしろ、自分で意欲を持ってくれれば私は嬉しい。


「鋭いですね。そうですわよ、修練として出て一生懸命戦う時がありますの。実はここにいる人たちはみんな経験がありますわ」


「やはりそうですね。僕もお願いしてもいいですか?」


「それは大丈夫ですけど、またの機会をお待ちください。今日はいろいろ疲れたでしょうから。あの森、見た目より大変なんですの」


 そう言うと、ジェフィスは納得したように頷いた。


 意地を張らないからいいね。ジェリアはこんなに素直に退いてくれない場合が多いんだけど。後でジェリアに弟を見習ってねって言ってみようか。


 そんなことを考えながら一人で首を振っていると、ジェフィスはまだ言いたいことがある様子でためらっていた。あれ? 他に用事があるのかしら?


 少し待ってみたけど、自分で話す気配がなかったので先に言うことにした。


「どうしたんですの?」


「む? あ、その……」


「……?」


 何だろう。特に気が食わない感じじゃないけど。照れくさそうだというか……迷うニュアンスではあったけれど、何のためなのかはよくわからない。


 それでも私が首をかしげて待っていると、彼は目を一度ぎゅっと閉じてからまた開けて口を開いた。


「貴方は……騎士団の大師匠に教えられたんですよね?」


「……? はい、そうですけど……」


 質問の意図がわからない。私が大師匠と関連があるというのは公然の事実なんだけど。


 率直に言って大師匠の教えを受けたと言ったことはない。しかし、知っている人は知っている。そもそも紫光技を再確立し、天空流を創始した人が騎士団の大師匠だから。それに貴族たちはほとんど私が大師匠ととても近いということもよく知っているし。


 そんな事見当実をあえて再確認するのは……まさか。


 見当がつくのと同時に、ジェフィスは再び口を開いた。


「失礼でなければ、天空流の技術や特徴などを教えていただけますか? 謝礼は必ずします」


 やっぱり。迷った理由も大体わかった。


 フィリスノヴァは狂竜剣流にすごい誇りを持っている上に、他の武芸を身につけることを非常に否定的に思う傾向がある。そんなフィリスノヴァの一員として、他の技術を教えてほしいという話を簡単にすることはできないだろう。本人がどう思うかというよりも、他の技術を受け入れたことを家が悪く思うこともある。


 その上、ジェリアが第一後継者の座を占めたけれど、フィリスノヴァ内部の権力を完全に掌握したわけではない。そんな中、ジェリアの派閥に属したジェフィスが家の価値観から抜け出すことをしたということが知られたら? ジェリアにも不利だろう。


 まぁ、いざジェリアはそんなことなんて全然気にしないはずだけどね。


「教えることはできます。お礼は必要ありません。しかし、なぜあえて……?」


「昔から騎士団の大師匠に憧れていました。それに、あの……こちらの家はいろいろと、何と言うか……古い面がありますからね」


「フフッ。ここではわざわざ遠まわしに表現しなくてもいいわよ。ジェリアは堂々と悪口まで言うんですの」


「アハハ……」


 とにかく、ジェフィスが自らこんな提案をしてくれれば、私は嬉しい。特に天空流が狂竜剣流より優れているわけではないけれど、私が技術を教える立場なら彼の修練を直接監督することができる。うまくいけば、彼をゲームよりも強くなれるようにコントロールできるだろう。


 その上、『加速』の特性には狂竜剣流よりは天空流がよりよく似合う。天空流に転向するほどではなくても、天空流の特性を一部取り入れる程度なら何とかなるだろう。


 一応ジェフィスを強くしてくれることを目標にした以上、これを良い機会にできそうだ。


「いいですわ。教えます。すぐ今日からは難しいですけど。でも、天空流を本格的に学ぶのはちょっと難しいと思いますけれど、大丈夫ですの?」


「一から十まで教えてほしいということではありません。そうすると貴方も面倒になるでしょうし、僕も混乱するでしょうから。技術や趣旨を一部身につけて、今の僕の戦い方に取り入れるのが目標なんです」


 その程度ならちょうどいいわね。


 そんな感じでジェフィスと話をしていると、なぜか頬を膨らませながら眺めていたアルカが突然私に飛びついてきて、私の腕に腕を組んだ。


「ジェフィス様! お姉様を奪おうとしてるんですか!?」


「はい!? いいえ、そんなつもりはありません。それよりそれはどういう意味……」


「お姉様にはあげません!!」


「アルカ、変なこと言わないで」


 本当に、この子はたまにこうなるわね。一体何を考えたらこんな結論が出るのかわからない。


 心でそのような不満を呟きながらアルカを引き離そうとしたけれど、彼女はむしろ私の腕にもっと強くくっついて私を睨んだ。


「お姉様! 私のお願いは聞いてくれないのに、ひどいじゃないですか!」


「え? お願い? 何のお願い?」


「私も執行部に入りたいと言ったじゃないですか!」


 そういえばそうだった。いつからかアルカは自分も執行部に入りたいと駄々をこね始めたよね。しかし、私はアルカの執行部への入部に反対し続けている。


 実は執行部本来の業務自体は構わない。いや、むしろ経歴的にも経験的にも将来に役立つことだから、反対どころか奨励しても足りないことだ。


 だけど……私が執行部に属したのは経歴や経験のためではなく、後で『バルセイ』の災いが起きた時、それに対処するためだ。執行部が持つ役割と特権が行動を取りやすいから。


 問題はアルカが執行部に入ってくる場合、十中八九私についてくると駄々をこねることが明らかだということだ。


 もちろん〝主人公〟であるアルカの力はとても役に立つ。ゲームストーリーが始まる時点……これから三年後にはきっとゲームよりもはるかに強くなっているだろう。


 しかし、私はなるべくアルカだけは連れて行きたくない。その旅程はとても大変で危険だし……何よりも、愛する妹が危険に陥ることだけはいやなんだ。


 そう思いながら攻略対象者たちを積極的に巻き込もうとするのは偽善だ。私もその程度は自覚している。でもこれだけは私の偽善で利己主義だとしても仕方がない。それを埋め合わせるためにも、私自身が〝主人公〟の空白を埋めるために必死に努力している。


 しかし、そのような事情を打ち明けることもできず、適当な言い訳も見つけられなかった。そのせいでアルカにとっては私がむやみに反対ばかりしているように見えちゃう。それでも私の言うことはほとんど無条件に従うので失望しながらも問い詰めなかったけれど、ジェフィスに技術を教えてくれると言うから改めてかっとなったようだ。


「アルカ、それとこれは場合が違うの。ジェフィスには単純に技術と要領を教えるだけだけれど、執行部活動は危険が多いからね」


 諭すように言ったけれど、アルカは依然として頬を膨らませたまま引き下がらなかった。

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