立ち上がる神
【またそっち見てるの?】
テリアたちがテシリタと戦う様子を見守っていた最中、ふと『太陽』が話しかけてきた。
【質問が間違ってますよ。そもそも私は一瞬たりとも目を離したことがないんですから】
【そうだよね。そっち見てないことなんてなかったもんね】
『太陽』は肩をすくめてため息をついた。
昇天して神位に就いてから既に遥か昔のことになったけれど、相変わらず私たちの中でも人間らしい言動を見せる『太陽』が内心羨ましかった。
昔からかなり激情的で感情に左右されやすい者ではあったけれど、それだけに神として歳月が経てば感情が早く摩耗してしまうだろうと思っていた。しかし私の軽率な予想とは裏腹に『太陽』は今でも私たちの中で最も激情的だった。
まぁ、人間だった頃に比べれば摩耗して鈍くなったのは事実だけどね。
【他の神々はどこにいるんですか?】
【本当に知らなくて聞いてるわけでもないのに。その物言い直した方がいいと思うよ】
他の神々は私が頼んだ仕事をしている。
本来なら『太陽』もそうだったはずだけど、今彼女はこうして私の隣で話しかけてきている。つまり先ほどの質問は実際「他のみんなは頼んだ仕事を片付けているのに、あなたはここで何をしているんだ」という意味だ。
……私が考えても実に捻くれた話し方だという自覚はある。長い歳月の間に私も随分と変わったのだろう。
分かっていても直す気は特にないけどね。
『太陽』はまたため息をついた。
【頼まれたことはもう終わったよ。そもそも一番簡単な作業だったしね】
【じゃあ私と一緒にあちらの状況を観察しましょう。あちらの状況次第で、あなたがしてくれたことが意味を持つかどうか決まるんですから】
私は世界に拒絶される邪毒神の立場だけれど、私自身の特殊性のおかげで世界内の出来事を単に観測する程度なら何のペナルティもない。そしてその視界を他の神にも共有してやれる。それにてテリアたちの戦いを見守っていたのだ。
『太陽』は首を振った。
【いいや、結構よ。見るとまた腹が立って何か一つは壊さなきゃ気が済まなくなっちゃうから】
【……】
【あなたが……〝あの件〟の成功に全てを賭ける気持ちはわかるよ。だからこそあなたを手伝ってるんだ。でもそれはあなただからこそ手伝ってあげるだけ。今でもあいつの顔を直接見たら憎しみを抑えられる自信がないからね】
まことに業が深いね。
仕方ない。そんなことは初めから分かっていたのだから。むしろこれほどまでに憎しみを抱き続けていながら、ただ私を思う心一つだけでここまでついてきてくれた皆に感謝すべきだろう。
計画の邪魔にならない限りは、ね。
【心配しないで。邪魔をするつもりは微塵もないんだから】
私の胸の内を察したかのように『太陽』が先手を打った。
【正直はね。憎んでることとは別に、そうなった状況に対して同情する気持ちくらいはあるよ。そしてあなたにとってはどんなことよりも重要な目標だってことも理解してる。だから今もあなたの傍にいる。単にあなたのためだって気持ちだけなら、今まで助け続けることもできなかったでしょね】
【分かってます。他の神々も皆同じ気持ちでしょうね】
他の神々は皆心の中に憎しみを抱いている。
私の目的に初めから好意的だった『君主』でさえ憎しみを隠せなかった時があった。『太陽』や『心臓』に至っては最初は激しく反対して私と反目しかけたほどだった。
むしろそうだった『太陽』が今あのように言ってくれることさえ昔は想像もできなかったことだ。
しかし当の『太陽』が不思議そうに私を見た。
【今回がこれ以上ないほどの世界だって言わなかった? それにしては段々と表情が悪くなってるよね。今もそうだけど】
【……失望してるからです。これ以上望めないほど状況が良い世界だからこそ、なおさらなんです】
欲しいものと期待するものは常にあり、常に裏切られた。
そんな私だからこそ今度こそこれまでとは違うという気持ちで臨んでいたけれど……進展のない有様を見続けていれば、遠い昔に忘れたと思っていた〝人間らしい〟怒りがじわじわと湧き上がってきた。
……こんな幼稚な感情こそが私自身の精神を守る最良の手段なのだがね。
しかし私自身がどうなろうと知ったことではない。むしろ私の命と魂を捧げてでも望むものを成し遂げられるのなら躊躇なく行っただろう。
私自身を投げ出す程度では成し遂げられないからこそ私の長い徒労が始まったのだから。
【とにかく、もう終わりに近づきました。少し早いですが、皆に準備をお願いしたいと思います】
【え? まだ終わるまでには少し時間があったんじゃなかった?】
【それは世界が私の望み通りに進んだ場合の話。もはや私の基準をはるかに下回ってるんです。これ以上任せておいても意味がありませんよ】
【あなたの基準が高すぎるだけだと思うけどね。それで? 仕事を前倒しにするつもりみたいだけど、どうするつもり? 我々はまだあの世界に直接介入できないでしょ】
私は椅子から立ち上がった。
どうせ皆を率いて大々的な侵攻をするわけでもなく、今必要なものくらいは既に全て準備しておいた。あちらの状況が少し変数ではあるけど、予想を外れる兆しなど少しもなかった。外れたところで私の力で踏みつぶせない程度の変数など現れるはずもない。
【大丈夫です。行くのは私一人で十分ですから】
本来はできる限り直接出るのだけは避けたかった。
しかしいくら干渉し助力しても、私の望むほどの成果は出なかった。私の知るどの世界線よりも状況が良かったけれど……たかがその程度で済む話だったなら、そもそも私が天の星よりも多く繰り返してきた挑戦の中で一度くらいは成功していただろう。
あろうことか私が直接干渉できるのが無能で愚かなアルカ・マイティ・オステノヴァだけだというのが最大の障害だった。せめてテリアに直接力を与えられたなら、いや他の奴らにもアルカにしたのと同じくらい干渉できたならよかったのに。
まぁ、できないものを望んでも虚しいだけだ。既に方向を定めたのだから、残るのはその道を歩むだけ。
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