昇天
「この世界に未練などありません。あえて言えば、そのような立場になればオレの手でこの世界を壊すのが難しくなるということくらいでしょう。そんなオレに師匠の心配は何の意味もありません」
「それはキミがワタシの眷属になるということの本当の意味と副作用を知らないからだよ。世界を背くということは簡単なことではないんだ。特に世界の外のものを徹底的に排除しようとするこの世界の人間にはなおさらね」
「そうだとしても構わないのです。このうんざりするほど憎らしい世界から抜け出せるのなら、むしろ望むところだと言えるのです」
かつて師匠に向けたことのない強い感情を込めて見つめると、師匠は目を瞬かせてから溜息をついた。
恐らくあの溜息はオレが師匠の言わんとすることを正しく理解できていないという意味だろうが、師匠こそオレの心理を全く理解していないようだ。
構わない。どんな心境の変化かは分からないが、師匠はこれまで避けてきたオレの眷属化を結局許してくれることに決めて、今この場の術式を教えてくれたのだから。誰が正しいかは結果が教えてくれるだろう。今は他のことに気を遣っても良い。
「そう思っていらっしゃったのに、なぜ今になって突然オレを眷属にすると決めたのですか?」
「……できれば避けたかったけど、今の状況でワタシの望む通りに事態を動かすにはこれほど確実な方法はないから」
敵の視線を引きつけ時間を稼ぐために、ピエリとラースグランデという大きな戦力を消耗した。オレが師匠の眷属として昇天することがそれだけの価値があるということだろう。
師匠の意図とそれがもたらす結果を考えると、喜びの気持ちが笑みとなってあふれ出して抑えきれなかった。
「師匠がオレをどう思われようと、オレの最大の喜びはオレが師匠の最高の道具になる時です。師匠のお考えがそうであるなら、どうかオレを限界まで利用してください」
「キミのその考え方は本当に嫌いだよ。キミが大切な弟子だからこそなおさらね。……だけど、それを利用しようとしているワタシにそんなことを言う資格はないんだね」
「師匠が何とおっしゃっても、この気持ちだけは決して折れません」
「ワタシもわかっている。だからこそ困る。まったく、どうしてこんな子になったのかな」
師匠は嫌気が差したような様子を溜息に乗せて流し去った後、心を落ち着かせたかのように真剣な表情に変わった。
ついに本題が始まるというわけか。
師匠の意図を読み取り、オレも表情を引き締めた。
「それで、これからキミがどうなるのかと何をすべきかを教えるね。まずは――」
師匠の説明を脳裏に刻みつけながらも、オレの考えはただ一つだった。
今度こそ師匠の大望を果たしてみせる。
***
「テリア。回復に専念しないと私が何と言うか予想できなかったと言うつもりかしら?」
オステノヴァ邸の司令室。
急いでここに戻ってきた私に、母上の心配に満ちた怒りが注がれていた。
母上の鋭い眼差しが怖くて曖昧に視線を逸らしたけれど、そうしたからといって母上の視線が私を貫かないわけではなかった。
ちなみに先ほど父上が母上を止めようとしたけれど、「ちょっと黙っていてください」という問答無用の一言とともに怒り百パーセントの視線を浴びて沈没したところだ。
しかし私にも言い分はある。
「残りは自力でもあとしばらくすれば完治できるレベルです。それより一刻も早く目の前の事態に対処しなければなりません」
「まだピエリとの戦いの余波も消えていない状態でまた戦いに出るというの?」
「母上の『看破』なら分かるでしょう。実際に戦場に行く前に十分に完治できるレベルしか残っていません。そして今、安息領が企んでいることについて、私ほどよく知っていて防ぐ方法を知っている人が他にありますの?」
「情報は共有できるものよ。けれど、戦いの傷は軽々しく共有できるものじゃないわ。あなたも騎士を志す子だからよくわかるはずだけれど?」
「私も休めるならそうしたいんです。ですが今回は私でなければダメですの」
母上は腕を組んだまましばらく無言で私を睨みつけていたけれど、結局先に溜息とともに視線を外してくれた。
でも全く気に入らないという様子が顔に如実に表れていた。
「いいわ。ただし私を納得させるだけの説明がなければ、拳であなたを抑え込んででも現場に行くのだけは止めるわよ」
「機会を与えてくださってありがとうございます」
時間が決して多くはなかったため、私は許可を得るとすぐに重要な部分から説明した。
今安息領が準備しているものを核心から言えば、『バルセイ』のDLCの一つのラスボスだ。
邪毒神としての筆頭の眷属となり、邪毒獣を超える災いとして暴れ回るテシリタ。前世の概念で例えるなら邪毒の天使と表現できるだろう。
テシリタの昇天に必要な魔法陣を一度は破壊したけれど、その魔法陣はテシリタが自らの力だけで昇天するときに必要なもの。足りない力を補うために自然の力を利用するのだ。筆頭が助けるなら場所に拘束されることはないだろう。
昇天は一度始まると中断させることはできない。干渉しようとするすべての魔力を逆に吸収してしまい、吸収されないような手段や術式で攻撃しても壊すことはできない。実際に今オステノヴァの戦略兵器がそっちを攻撃し続けているけれど、膨大な魔力が繰り広げた防御壁の一つ目さえ破れていない。
そのため昇天が終わった後に対処する方法しかないけど……問題はそのラスボス戦の特徴だった。
「まず一つ。昇天したテシリタを戦いで勝つことはできません。絶対に」
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