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新しい動き

「これまで安息領は既存のものを活用する傾向が強かったのです。時空亀裂が代表的でした。奴らが自力で事件を起こす際によく使用したレースキメラもあらかじめ作成して戦力化したものです。術式単独の効果で大きな事を起こした前例は、少なくともボクが生まれてからは一度もなかったと認識しているのです」


「鋭い指摘ですわね。その通りです」


 安息領は確かに巨大な力を持っているが、その力だけを前面に押し出すやり方はほとんど使わない。


 最近かなりの規模の人海戦術を打ち出したため意外に思えるかもしれないが、奴らの根本は密かに動くのが得意な似非宗教だ。そのため奴らが最近つぎ込んだ人員と資源は奴らにとっても大きな打撃になるだろうと予想されている。そんな状況で闇雲に巨大な力を使う奴らだとは思えない。


 ならば。


「これまでの方式を維持しながらもあれほど巨大な力を使わなければならない何か。……という考えが浮かびますわね」


 今浮かんだ推測を口にすると、周りの全員が重い雰囲気で頷いた。


 もし安息領があの巨大な力を純粋な術式として活用するのではなく、今までのように何かを媒介にしながらもあれほどの力が必要なのだとしたら……その規模と被害は今までとは比較にならないレベルになるだろう。


 ひょっとしたら今奴らが静かなのさえ何か関係があるかもしれない。


 ……という部分まで考えた瞬間だった。


 魔導具の警告音が鳴り響き、パッと顔を上げて地図を鋭く睨みつけた。


 大量の魔力と邪毒が動いているという警告だった。しかもただ怪しい動きを見せているという程度ではなく、明らかにある一点に集まっていた。


「どうやらあちらが先に動いたみたいだね」


 いつの間にか私の傍に寄ってきた旦那様がそう言った。


 わずかだけれど確かな不快感が表れた表情を見ると、大体どんな状況かわかるね。旦那様の監視と観測さえ避けて突然流れが変わったのだ。


「テリアが言いたいことがあるようだわ」


 そのときイシリンが口を開いて、私と旦那様は同時に彼女の言葉に耳を傾けた。


 もちろん会話に集中する一方で手を動かすのは忘れなかったけれど……イシリンはまさにその手を指さした。


「軽率な軌道爆撃や攻撃術式は控えたほうがいいそう。無駄に魔力を吸収されるだけだってことね」


「そっか。じゃあ魔力強奪を考慮した手段を選別するのがいいかな」


 旦那様は何の問題も無いように攻撃を変換した。


 多様な手段を備えているだけに相手の多様な防御への対応策も充実しているオステノヴァにとって、その程度の警告は手段を選ぶための指針程度に過ぎないのだから。


 イシリンは納得したように頷いた。


()()が始まる前に見つけて無力化できていればよかったけれど、もう始まった以上は術式の完成を阻止するのは難しいそうよ。だから完成後に撃退するのがいいと言っているわ」


「その術式の機能と目的は?」


「それは――」


 イシリンが伝えてくれる言葉を聞きながら驚く一方で、頭の片隅では頷いている自分がいた。


 心配なのは私が果たして次の事にどれほど役立てるだろうか、ということかしら。


 耳で話を聞きながら手で慎重に拳を握ったり開いたりを繰り返してみた。体は完全に回復したけれど、まだ体内の魔力を操作する感覚がぎこちなかった。


 この状態なら実際に発揮できる力は全力の三割程度だろうかしら。強化が累積された身体能力と剣術まで含めれば総合的には六割程度になるだろうけど、果たしてこれでどれほど役に立つだろうか。


 けれど娘と友人たちにだけ任せるのは母親としてすべきではないこと。それに純粋に自尊心の問題もあった。実戦から遠ざかって少し経つとはいえ、名だたる歴代最強の太陽騎士団長と呼ばれた私なのだから。


 まずはテリアが完全に回復するまで私もできる限り力を取り戻すことに集中しないと。




 ***




 オレは師匠から頂いた宝玉を片手に握りしめたまま、もう片方の手で魔法陣を触り続けた。


 ピエリ・ラダスと同時に受け取ったもの。当時受け取ったものを通じてピエリ・ラダスは前例のない力を手に入れたが、オレにはこの品を使うことさえ自制してほしいという要請だけだった。


 ピエリ・ラダスが強くなったこと自体には特に感慨はない。あいつがオレより強くなったとしても、師匠の良い道具になりさえすればオレとしてはむしろ喜ぶべきことだから。


 ただオレの方があの御方の期待を満たせないという事実だけが悲しかった。何かを与えておきながら使うなと言い渡すのが、オレにはオレの能力を正当に認めていないからだと感じられたから。


 実は今でも少しはそんな気持ちが残っているが……前回の戦いでの師匠の言葉が気になっていた。オレを……弟子だと認めてくださったそれが。


「そうよ、よくやってるね。そのまま術式を展開し続ければいい」


 見守っていた師匠が言った。


 ついにその品の使用を許可してくださり、詳しい使用法まで教えてくださった。しかし今でもなお何か納得いかない様子を見せていた。


 おそらく状況上やむを得ず許可なさったのだろう。それだけでも師匠の道具としての役割を忠実に果たせるようになったのだから、オレの立場では感謝すべきことかもしれぬが……。


「また一人で勝手に誤解しているような顔をしているね」


 師匠の声がオレを物思いから引き戻した。


 師匠はため息をつきながらオレを諭すように見つめたが、今回は先ほどとは少し違う意味だった。


「テシリタ。できればキミがこれを使う機会がないことをワタシは願っていた。でも、それはキミの能力が足りないからじゃないんだよ」


「……では、なぜなのか伺ってもよろしいのですか」


 本来なら師匠の言葉にこんな風に口答えしようとは思わなかっただろうが、今だけは聞かずにはいられなかった。


 師匠はため息をつきながらしばし沈黙したが、その時間は長くはなかった。

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