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胸の内

「本当にそれだけなの?」


「どんな答えを期待しているのですか?」


 直接疑問をぶつけてみると、ピエリは逆に疑問を投げかけてきた。


 何を期待するのか、か。実際、私にもよく分からない。ピエリは既に自分の中で結論を出し、彼の決意と感情が揺らぐ時期はとうに過ぎ去っていた。


『バルセイ』での彼は亡くなった家族や過去に共に戦って死んでいった戦友たちを持ち出しても揺るがなかった。今の彼も同じだということは容易に分かった。


 そもそも彼が寝返ろうと心に決めたのは三十年以上も前の話だ。今更家族だの戦友だのと言って揺らぐほど脆弱なものであったなら、そもそも安息八賢人の座にまで上り詰めて民の命を脅かすようなことはできなかっただろう。


 おまけにピエリが良心の呵責のようなものを感じてきたわけでもない。彼は安息領として罪のない人々が数え切れないほど死んでいく暴挙さえ平然と犯してきたのだから。


 それをよく分かっていながら……私は何を期待していたのだろうか。


 いや、期待というようなものではないだろう。そんな予感がした。ただ彼の姿から何かを見て……何かを考えたということだけは確かだった。


 ただそれが何なのかが分からなかった。


「あんたは……何を成し遂げたかったの?」


 だから私の口から漏れ出た質問も理性ではなく衝動の結果だった。


 ピエリは不思議そうな目で私を見た。


「もうご存知ではないですか?」


「名分というよりも実質的な結果を言っているのよ。体制を崩して人々を苦しめても多くの人が苦しむだけだわ。そして今の体制がなくなって別の形が入ったとしても、人間はそう簡単には変わらないの。ただ都合のいい言い訳をまた見つけ出してその後ろに隠れるだけよ」


「……まだ二十歳にもならないあなたがどうしてそんなふうに断言できるのかという質問はしませんよ。何か棘がある言葉のようですから」


 ピエリはそう言うと目を閉じた。


 相変わらず超然として特に感情が感じられない様子だった。しかし私の言葉を意外にも真剣に考えてくれているということだけは感じられた。


 ……そういえばピエリにとってアカデミーの教師時代は安息領として陰謀を企てるための時間に過ぎなかったはずなのに、教師としての彼は表面的には誠実だった。こっそり生徒を安息領に引き込んだ場合も多かったけれど、普通に卒業した生徒たちの中にもピエリを恩師として尊敬する人がとても多かった。


 それが単に大英雄だった過去の名声のためだけではないということは分かっていた。私さえ認めざるを得ないほど、アカデミーの教師として立派に活躍していたのだから。


 それが偽装のための高度な演技だったのか、それとももともとの性格がそうだったのかは私にも分からないけれども。


「……正直、私も望むようにうまくいくとは期待していませんでした」


 やがてピエリは淡々と話し始めた。


「しかしそのまま傍観することと、わずかでも変化する可能性を信じて試みること。二つのうち選べと言われれば私は必ず後者を選びます。まして、その変化に私自身が直接関与できる余地があるのならなおさらです」


 結局はそういうことなのだろう。


 バルメリア王国にも確かに長年膿んでしまった問題点はあり、それによってピエリは被害を受けた。だからこそその怒りと悔しさを晴らしたいという思いまで加わって、直接バルメリアを変えようという思いを抱いたのだろう。


 ……ああ、そうか。


 彼の答えを聞いて彼の考えを感じてから、私が感じている感情の正体に気付いた。


「羨ましいわ」


「……?」


 突然私の口から溢れ出た言葉を、ピエリは理解できなかったようにしかめっ面をした。


「嘲笑っているのですか? どのような動機があれ、私がしようとしていることが明らかなテロであることくらいは分かっています。その事実に後ろめたさを感じたり後悔するつもりはありませんが、そのような皮肉は聞いて心地よくはありませんね」


「……そういうことじゃないわ」


 ピエリに言っても分からないだろう。私の記憶と『バルセイ』について知っている人たちも、今の私の気持ちを正しく理解してくれることはできないだろう。


 ……もしかしたらイシリンだけは理解してくれるかもしれないけど。


「そろそろ連れて行くわ」


 術式を調整してピエリの頭まで覆った。このまま意識を抑えて連れて行けばいいだろう。


 そうしながらも頭の中では思考が渦巻いていた。


 ピエリは世界に絶望し怒りを感じながらも、単純にそれを壊すのではなく、より良い形に変えようとした。たとえその手段が過激で許されない悪行であり、最終目標さえも混乱と被害をもたらすものであったことを考慮すれば意図が良かったとは言い難い。


 しかし明確な目標と望むものがあり、それを達成するために動いたこと自体を私は羨ましく思っていた。


 ……『バルセイ』の私にはそんなものがなかったのだから。


 自分でもよく分からない理由で排斥され、世界に絶望した末にすべてを壊そうとした私。正直客観的な立場から見ても、『バルセイ』の私が抱いた憎しみが不当だったとは思わない。そのくらいのことをされたのだから。


 けれど『バルセイ』の私はただすべてを壊そうとしただけで、それ以外に望むものや目標など何もなかった。


 悪女に与えられるには無駄に聡明だった謀略も、自分の状況と周囲の環境を理解した後も特に変わらなかった。善悪の区別も、憎しみを向ける対象の選別も関心がなかった。ただ目に見えるすべてのものをすべて壊して殺して台無しにすることだけが目的だったに過ぎない。


 自分に降りかかった不条理と理不尽を、ただ世界全体に無闇やたらと押し付けるだけの子供。それが『バルセイ』の私だった。


 その幼稚な復讐心が多くの人々に絶望と悲しみをもたらし、その罪さえろくに償わないままあっさり死んでしまった『私』。その姿がピエリと対比されて、同じ悪党でもその情けなさがあまりにも違って耐えられなかった。


 ……それに、私は。

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