ケイン
「ちょうど強い騎士になるための修練の話をしていましたわ。殿下も興味がありますの」
「修練ですか? 興味はありますが、残念ながら私は騎士科ではありませんので」
ケイン王子は制服を見せるように指でそっと引っ張った。騎士科と違って上着が短く、白地に金色の刺繍があった。行政科の制服だ。ゲームでも彼は同じく行政科だった。
まぁ、だからといって彼が弱いわけではないけど。
「学科はそうですけど、殿下も弱いわけではないでしょう?」
バルメリア王家は単に政治と政務だけを担当する王朝ではない。自ら国民を守るべきだという信念のもと、鍛錬を怠らない武闘派だ。始祖バルメリアも五人の勇者のタンカーポジションであり、ゲームでケイン王子も戦闘力が高いキャラだった。
しかし、キャイン王子は優しく笑いながら首を横に振った。
「否定はしませんが、私は政務に関する勉強に集中しに来たので。見学したり、たまに参加するくらいはできそうですが、定期的な参加はどうしても難しそうです」
「あら、残念ですわ。それでもたまにでも可能でしたら参加してください」
「ふふ、バルメリア王家の技術を見たいのですか?」
あれ、どうして分かったの?
「バレてしまいましたわね。どうして分かったんですの?」
「ジェリアから聞いた人物像がちょうどそんな感じでしたからね」
ジェリア、いったい私について何と言ったの?
まぁ、それは後のことにして。まずは目の前でずっと王子様スマイルを放つ王子様から相手にしよう。
「ごめんなさい、無礼な考えをしてしまいました」
「大丈夫です。国と民を守る騎士が強くなるために努力するのは当然のことですから。しかし……」
ケイン王子は意味深そうに言葉を濁し、突然私の顎にそっと指を当てた。まるで私の顔を持ち上げるような構図だった。しかも顔が妙に近い。お互いの息づかいが混ざるほど。
隣でアルカとリディアが顔を赤らめているのがちらっと見えた。
「戦いで傷つくにはもったいない美色ですね。とても聡明な方だと聞きましたが、騎士以外の方法でも十分才能を生かせるのではないでしょうか?」
柔らかなささやきに微笑みをひとさじ。女を魅了する色気さえ感じられる。そういえば、ケイン王子はゲームのすべての男性キャラの中で最も濃密な色気を誇る人だった。
でもなんでこのタイミングでいきなりこうなるの? ゲームでは終始冷たい態度で一貫していたのに。本格的に主人公に好感を感じてから魅力を発散しただけだ。
だからといって私に一目惚れしたはずはないし。ロベルならともかくね。
そんな考えをするために何の反応もなくじっとしていたら、ケイン王子の表情が微妙に揺れた。でも、その表情が本格的に変化するより、突然現れた人が私を抱いて後ろに引くのがもっと早かった。
少し驚いて振り向くと、赤いくせ毛が私の視界を遮った。ロベルだった。
「申し訳ございません、ケイン第二王子殿下。それ以上の接近はご遠慮ください」
「……ああ、いいえ。今は私が無礼だったようですね。こちらこそ詫びます」
ケイン王子はそう言って、私やロベルだけでなくアルカとリディアの方も見て詫びた。その二人を見ると、どういうわけかさっきとは違って少し敵対的な様子が見えた。ロベルもさっき私を引っ張る時妙に緊張したような感じがした。
いや、そんな気配を見せるのは三人だけではなかった。
「おい、ケイン。何してるんだ?」
そう言うジェリアの声は妙に低かった。彼女はいつの間にかティーカップを置き、少し前へ身を出してケイン王子を睨んでいた。今にも席を蹴って起き上がるような態勢だった。
「テリアもボクの友人だぞ。君は今ボクの友人が今までやってきた努力を否定する戯言を言ったのだ。まさかボクの面前でそんなことを言ってもボクがそのまま見過ごすと思ったか?」
「もちろん見過ごしてくれないだろう。そのくらいは知ってるよ」
「……後で別に説明を聞くぞ」
「ほら、ジェリア。そんなに怒らないで」
「君はあんなことを言われても腹も立たないのか?」
そんなことを言っても……私は特に何ともないんだけど。そもそもケイン王子は全く本気ではなかっただろうし。
基本的にちょっと無礼な表現で相手を探ってみるのはゲームでもよく出た場面だし。そんな部分も前世の私が嫌いだった部分ではあるけど、私に犯した無礼程度は正直あまり気にならない。
それでも私のために怒ってくれたことだけは嬉しい。
私の表情を見て大体の考えを察したのか、ジェリアはため息をついた。
「とにかくこんなところではバカだな。とにかくケイン、後でボクが別に会いに行くから覚悟しろ」
「分かった、分かった。じゃあ、レディーの皆さん。私の無礼はもう一度お詫び申し上げます。雰囲気がちょっと微妙になったようなので、私はこの辺で失礼します。今度またお話をしてみましょう」
「またお目にかかりましょう、殿下」
「丁寧な対応ありがとうございます、テリア公女」
ケイン王子はその言葉を最後にジェフィスを連れて席を離れた。
彼の姿が消えるやいなや、アルカは頬を膨らませてイライラした。
「何ですか! 急にお姉様に手を当てて、しかも顔までむやみに! キスでもしようとするんですか!? それに変な言葉まで!」
「そう、変な人だよ。テリアから何かを探ろうとしているようだった」
リディアはケイン王子に他の下心がいることを察したようだね。
「そんなこと言わないで。本気で言ったことではないはずだから」
「そんなことを冗談で言ったのも無礼なことです」
ロベルまでケイン王子が消えた方向を見ながら呟いた。
そういえば、彼はケイン王子が離れる前から敵対的な目をしていた。使用人が堂々すぎるのではないかと思って、少し心配になるけれど……それとは別に感謝はしておかないと。
「ありがとう、ロベル」
「いいえ、僕のやるべきことでしたから」
今更ながら、私が優しい人たちに囲まれているということが実感できる。なんて祝福された人生なんだろう。
……しかし、結局ケイン王子は何をしたかったのだろう。それだけはどう考えても分からない。
***
「殿下、今回はひどかったです」
ジェフィスは厳しい口調で私を責めた。
考えてみたらこいつに怒られるのもずいぶん久しぶりだね。王子の私にも遠慮なくこんなことを言う奴だから友達になったんだが。
「テリア公女はなかなか人望がいいね。あんなに怒ってくれる友達もいるし」
「言うことがないたびに話を変える癖は相変わらずですね」
「はは、そういう君は相変わらず壺にはまるんだね。だから君が気に入ったんだよ」
初めて会った時を思い出す。こんなにまっすぐな奴も一人くらいは傍に置くに値するということを切実に感じた。
「それで、なぜそんなことを言ったのですか?」
「何だよ、君も気になるのか? 姉弟が同じだね」
「今そんなことを言っている場合じゃないんですよ」
冷たいね。まぁ、今回は私が無礼に振る舞ったのは事実だ。
「テリア公女、なかなか面白い人みたい」
「面白い……ですか? よくわからないのですが。いい方だということは分かりますが」
「君はあの女性がただ優しくて良い人のように見えたか?」
「……?」
私も別に悪い人だとは思わない。でも単にいい人だと信じるつもりはない。
私の口で言うのはアレだが、私がそのように行動するとほとんどの女性は顔を赤らめる。実際にそれを利用して情報を掘り出したこともかなり多く、先ほどもテリア公女の隣にいた小さなお嬢さんたちは最初は同じ反応だった。
今までそれが通じなかった人はジェリアだけだったが、ジェリアは外見は綺麗でも心は女なのか疑わしい奴だしね。
「君も知ってるだろ? 私がそうすると、レディーたちはほとんど熱狂した。今回は私がちょっと言い間違えたけど、それなしに行動だけ見た時にね」
「それはそうですね。僕はそういう風にレディーたちの心を利用しながら見向きもしないのはゴミだと思うんですけれども」
「辛辣な奴だね。とにかく……」
またさっきの姿を考えてみる。
テリア公女は平然としていた。いや、平気というか、最初から目の前にいる私なんか眼中にもないという感じだった。すべての女性が私に魅了されるべきだという考えなどないが、彼女ほど私を差し置いて他のことを考える女性は初めて見た。
……ジェリアは女じゃなくて、ただジェリアという新しい生き物だからともかく。
「テリア公女は違った。何を考えていたのかわからないけど、私なんか気にしなく自分の考えに没頭している感じだった。とても気に入ったよ。王子など虚しいだけの肩書きよりも自分の考えがもっと重要だということじゃない?」
「それがそんな意味になるのですか?」
「間違っているかもしれないけど、私はそう思う。実は騎士をやめなさいという風に言ったのもわざと挑発をかけて反応を見ようとしたんだけど、テリア公女はビクともしなかった。そんな人が民のために尽力したら、どれだけすごい人になるか楽しみじゃない?」
「それだけではないでしょう?」
「……プッ、ハハハハハハハ!! やはり君は私のことをよく知っているね! だから君が気に入ったんだ」
「それはありがたく。……でも、一線を守ってください。殿下の突出行動を収拾するために、殿下の秘書であるハウラさんも毎回死にそうですからね」
「肝に銘じておくよ」
期待するのは事実だ。しかし……それ以上に、そんな人が悪い下心を抱くと怖いものだ。心をのぞき込むのができない以上、人柄をまず明確に判断する必要がある。
そもそもその時間が必要だったので、わざわざ編入を早めたわけだし。
「……本当にいい加減にしてください」
「ああ、善処しておこう」
ジェフィスがうんざりしているという顔で首を振るのも慣れている。
ふふふ、これからが楽しみだね。