心と決意
たとえ今より平和だったとしても、あるいは私の身分が違っていたとしても、私がおきゃんだったという事実は変わらないだろう。むしろ平和な時代であれば、もっと突飛なことをたくさんしていたかもしれない。
私自身がそう思うくらいだから、近くで私をずっと見守ってきたロベルから見ればなおさらだったでしょうね。
私がそんなことを考えている間、ロベルが咳払いをしてから慎重に口を開いた。
「すでにご存知とあれば誤魔化すわけにはまいりませんね。以前は僕がお嬢様を……ゴホン、異性として慕っていたのは事実でございます」
「以前って? 今はそうじゃないってことかしら?」
「……その点に関しましては、ノーコメントとさせていただきます。肯定にせよ否定にせよ困りますので」
まぁそうだろうね。正直、ロベルもこんな状況で『もう好きではありません』という言葉を聞いて私が何の感情も感じないと思うほどのバカじゃないから。かといって否定してしまえば今も好きだという告白になってしまうし、いろいろと立場を考えているロベルとしては軽々しくそうは言えないだろう。
実際の感情がどうであるかとは関係なくね。
「正直な本音が聞きたいわ」
「その理由を明確にしていただければ、僕も申し上げることにいたします」
「ッ。なかなかやるのね」
ロベルが私のことをどう思っているのかを気にする理由。単なる好奇心ではなく感情的な何かがあるのなら、私の方も簡単には言えないだろう。
というのがおそらくロベルの考えなんだろう……さすが私の専属執事だ。私のことをよく分かっているね。
「ふむ、……少し早計だという自覚はあるけれど、すべてが終わった後はどうなるのかしらって考えてみたの」
「安息領との戦いが終わった後のことですか?」
「ええ。もう終わりが近づいているのを感じているから」
父上とアルカの方は無事に戻ってくると信じているけど、だからといって筆頭を逮捕したり殺したりできるとは思わない。
でもとにかくあの謎だらけの筆頭が直接前面に出てくるようにさせたし、奴の足を縛り付けている間に他の八賢人を攻撃できる機会が生まれた。特にラスボス化したピエリを今回完全に解決できれば大きな進展だ。
……DLCのラスボスであるテシリタの方も心配だけど、そっちは力で抑え込むのは難しくても事態を解決する方法自体は明確だ。当面は目の前のピエリが最大の山だろう。
もちろん今回の戦いですべての八賢人を制圧することはできないだろうけど、安息領もここまで来てしまった以上昔のように核心が隠れたまま暗躍することはできない。安息八賢人たちもこれだけ対外的な活動を繰り広げた以上は騎士団が追跡できる材料が多くなってしまったし、最近暴れた分安息領も多くのものを消耗したからね。
安息領が消えたとしても紛争はいくらでも起きるだろうけど、少なくともこの世界を長い間蝕んできた膿の一つを取り除くことだけでも大きな意義があるよ。
「もちろん安息領との戦いが終わったとしても、そのとき私が生きているという保証はないわね」
「お嬢様は生きていらっしゃいます。そうでない状況になったとしても、何とかしてお嬢様を生かしてみせます。僕が、トリア姉貴が、他の人々が何をしてでも」
ロベルが拳で胸を叩きながら言った。
非常に頼もしく心強い言葉だけど、私にとっては決して嬉しい言葉ではなかった。
「申し訳ないけれど、それじゃあなたたちを連れて行けないわ」
「はい? どうしてですか?」
「その心がけをただ肯定してしまえば、あなたたちは自分を犠牲にしてでも私を守ろうとするでしょ。最後まで私のそばに立ちたいのなら、どんなことがあっても生き残るという覚悟くらいはしないとね」
ロベルは私の言葉を聞くと微妙な表情になった。
「その言葉、そのままお返しいたします。御自身を投げ出して他人ばかりを救おうと努めてこられたのはお嬢様でしょう。お嬢様こそ十分に報われるべきです」
「……否定はできないわね。でも最近はだいぶ直したでしょ。それに無駄な犠牲なんかで私だけが守られるのは全然報われることじゃないんだもの」
私とロベルは強い眼差しで互いを睨み合ったけれど、すぐに同時に表情を緩めて笑った。
「どうせ私たちの思い通りに世の中が回るわけじゃないけれどね」
「それはそうですね。正直、お嬢様の安危を放っておいて僕だけ生き残るつもりはございませんが、とりあえず努力はしてみます」
「まぁ私も努力はしてみるわ」
残されたのは決して簡単な戦いじゃないけれど、私たちも簡単に負ける人間ではない。
私たち自身を全力で相手にぶつけるだけ。
[聞こえるかしら? そろそろ準備が整ったわ]
母上からの通信だった。
「思ったより遅かったですわね」
[それだけあちらを苦しめたってことよ。おそらく少しは戦いが楽になったはずよ]
「ありがとうございます」
私はリディアと、ロベルはイシリンと。
もう一度互いにペアを組んで、私たちはそれぞれの転移魔導具の前に立った。
[出発するわ。一、二、三]
母上の合図の直後、目の前が真っ白に染まり、体が浮く感覚が続いた。
そして光が薄れていき、最初に見えた光景は……めちゃくちゃだった。
ここが元々何だったのかは見当もつかなかった。地面は流星群が降り注いだかのようにクレーターだらけで、地表全体が溶けてしまったりガラス化していた。その中に何かが壊れた破片が混ざっていて、まだ残っている熱気とスパークが肌をちくちくと刺激した。
その中で怒りの濃く漂う魔力を発しているピエリが見えた。
「……やってくれましたね」
この破壊の光景の中でも相変わらず健在な彼はまさに化け物だったけれど、傷がないわけでもなかった。見た目にはただ皮膚が少し焼けた程度に過ぎなかったけれど魔力が大きく消耗されたのが分かった。
それでもなお彼の威圧感は凄まじく、感じ取れる力はラスボスと呼ぶに相応しいものだった。
「これは牽制のレベルじゃないよね」
リディアがぼんやりと呟いた。
私は頷くことで同意を示し、すぐに剣を抜きながら前に足を踏み出した。
剣を前に立てた瞬間、瞬間移動のように近づいてきたピエリの剣が激突してきた。
轟音とともに魔力が大爆発した。
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