劣勢
テシリタの魔力が周辺一帯の空間を押し潰した。
〈七歩獄門蹂躙〉は歩みを重ねるごとに魔力を増幅させるが、それは厳密に言えば副次的な効果に過ぎない。その真骨頂は七歩を完成させた時に〝獄門〟という特殊な結界を展開し、周辺一帯の時空間を支配して絶対的な優位に立つことだ。歩みを重ねるごとに魔力が増幅されるのは、ただ〝獄門〟の展開過程で付随する付加効果に過ぎない。
テシリタとは戦った経験が多いだけに〈七歩獄門蹂躙〉がどんな力かもよく知っている。もちろん弱点も。
「そういえば貴様を相手に獄門を二度も開いたのに決着をつけられなかったな。今日こそ貴様の心臓を砕いてやろう」
「私こそ獄門を破壊された時のあんたの表情が見たいわよ」
――神法〈魔法創造〉・〈雷神の命令〉
――天空流奥義〈二つの月〉
テシリタが展開したのは無数の雷槍の軍勢。
それに対抗して私は二振りの剣に膨大な魔力を凝縮した刃で雷槍の雨を受け流した。
雷槍一つ一つの威力も黒い太陽より少し弱いだけで圧倒的だったけれど、何よりも数が多かった。それら全てを打ち払い受け流すのは私にとっても非常に難しいことだった。
しかし難しいということが不可能だという言葉と同義語ではないわ。
――ベティスティア式天空流〈月光蔓延小像満月光彩〉
限界を超えた超高速の剣術で全ての槍を払いのけながら突進した。
本来〈月光蔓延〉は斬撃を魔力で吐き出して領域を満たす技。それを魔力を放出せずに剣に凝縮したまま振るって小さな満月を描き出す形にした。それだけ圧縮された魔力がより強力な威力となってテシリタの砲火を受け止める力となった。
乱舞の刃がテシリタに到達する直前だった。
「もう見せた小細工ではないか!」
テシリタが逆に距離を詰めてきて拳を突き出した。
強力な魔力が宿った拳が私の刃を弾き飛ばした。体をひねって拳の直撃を避けたけれど、その瞬間テシリタの腕を中心に小さいが精巧な魔法陣が大量に展開された。
それをすでに予測していた私は魔法陣が発動する前に剣で全て切った。テシリタの腕ごと。
「錆びついたと言っていたが相変わらずの実力だな」
その瞬間テシリタの血と切り落とされた腕が巨大な魔法陣を描いた。
虚像ではない。自分の腕が切り落とされることを想定し、血と肉をまるごと強力な魔法陣に変える術式をあらかじめ仕掛けておいたのだ。
――神法〈魔法創造〉・〈共倒れの祭壇〉
巨大な結界が周辺空間を包み込んだ。
空間ごと内部を押し潰して万物を破壊する技。シンプルだが強力で、平凡な手段では防御も回避も不可能なテシリタ特有の攻撃だった。
本来ならばよほどの空間系能力の干渉すら弾き返すけれど、旦那様の力はそれを貫くほど強かった。
――ルスタン式『転移』専用技〈軍団降臨〉
旦那様の転移門が私を結界から引き抜き、魔導兵団の無数の砲撃と共にテシリタの背後を狙った。
「ふん!」
テシリタは魔法で一瞬のうちに腕を再生し、別の魔法で両腕を黒く染めた。腕が私の剣を直接受け止め、魔法が魔導兵団の砲撃を払い除けた。
「やはりルスタンの奴の転移は厄介だな」
相手する立場ではそうでしょうね。旦那様の力も規格外である上に活用度が非常に高いから。
けれどイライラしていたテシリタは次の瞬間突然ニヤリと笑った。
――神法〈魔法創造〉・〈強制転移〉
テシリタに向かって斬撃を放とうとした瞬間、突然目の前が光ってサリオンが現れた。
サリオンは突然転移させられたにもかかわらず少しも動揺せず『獄炎』を纏った拳で私の剣を受け止めた。彼の腕にテシリタの強化魔法が加わった。
「転移は貴様らだけのものではないぞ」
「私も知ってるわよ」
力でサリオンを吹き飛ばした。彼はすぐに距離を詰めようとしたけれど、上の転移門から飛び出したトリアが〈傀儡の渦〉で彼の魔力を抑制しながら押さえ込んだ。同時にシド君の暗殺術とリディアさんの砲撃がテシリタを襲った。
その瞬間テシリタはサリオンの背中を蹴り上げた。恐ろしい力がサリオンを遥か遠くへ吹き飛ばした。
図らずも私たちの包囲網にテシリタ一人が閉じ込められた形になったけれど――テシリタはむしろ笑っていた。
「獄門を完成させるのは四十年ぶりだぞ。楽しませてくれよ」
足元に巨大な魔力が集まった。
テシリタの魔力が支配していた空間全体の床に魔力が凝集し、瞬く間に色が付けられると巨大な門となった。まさに森一つくらいは飲み込んでもお釣りが来るほど巨大な門が。
その門が開く瞬間――地獄が降臨した。
「くっ!?」
「げっ……!」
領域内にいた全員が血を吐きながら倒れた。
テシリタが何かをしたわけではない。ただあまりにも圧倒的な魔力量と空間を支配する力が物理的に全てを圧迫した結果、耐えられなくなっただけ。私たちだけでなく遠くで戦っていた騎士団と安息領の兵士たちも倒れ、サリオンさえも耐えきれずに膝をついた。
それでもまともなのは不快そうに眉をひそめたピエリと――平然と立っている私だけ。
もちろん外見だけ平然を装っただけで、獄門の影響を受けないわけではなかった。むしろ全力で虚勢を張っているだけ。
それでも私は何でもないふりをして口を開いた。
「獄門の弱点その一。味方も敵も区別しないこと」
「だが味方など意味をなさないほどの巨大な力を誇るのだ」
テシリタは大したことないといった様子で私の言葉を受け流しながら手を伸ばした。巨大な魔法陣が描かれ黒い太陽が発射された。
さっきとは違う。本当の太陽を引っ張ってきたかのような絶対的な力が直撃する前から全てを焼き尽くし、威力自体も上がった上に私にはもはや助けてくれる人がいなかった。旦那様の転移門さえも完成した獄門の領域には侵入できないのだから。
テシリタが知っている通りなら私に対抗手段はない。実際にも普通の状況ではそうだろう。
だからこそこの隙を狙っていた。
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