二人
ケイン・ダイナスト・バルメリア。
この国の第二王子。年齢はジェリアと同い年、つまり私より三年上だ。文武両道に眉目秀麗、兄を押しのけて王位に最も近い継承者。あえてゲームの知識を思い浮かべなくても、才能あふれる次期国王である彼の話は、この世界では非常に有名だ。
そんな彼が編入するという知らせは、多くの生徒たちを沸かせた。
「みんな楽しそうですね」
「まぁ、少なくとも表面的には生徒という同等の立場で次期国王様に会える機会だからね。特にこのアカデミーの生徒なら、偉い方々と関連することも多いじゃない」
私の言葉にロベルは「それはそうですね」と頷いた。
今、私たちは校内をパトロールしている。
三年前にはジェリアに頼んで入学式監督班に入ったけど、その後は普通に外部パトロール班に入った。そもそも三年前はリディアを探すために入学式に参加しただけで、訓話があまり面白くないから。
ケイン王子が編入することを知っていたら、監督班に入るのもよかったかもしれない。彼の編入は当初から今日突然公開された事実であるため、知っている人がほとんどいなかったし、生徒たちもそのためにさらに興奮したことでもある。
……まぁ、事前に編入生名簿を見ることができる立場の私は事前に分かる機会があったけど、名簿を確認しなかった。ゲームでは今年まで大したことがなかったので、名簿を確認することも考えていなかった。
「おはようございます、テリア様!」
「おはようございます。今年も元気にスタートしましょう」
そんな風に面識のある生徒たちと挨拶を交わした。入学して四年間、親しくなった子たちもかなり多い。
……ゲームではこんなに個人的に親しくなった人はいなかったけどね。
ゲームの私が他人に向けられた好意には本気はなく、すべてがただ計算された見せかけに過ぎなかった。その見せかけに騙されて一方通行の本気を送った人は何人かいたけれど。
当然だけど、その見せかけは人脈を広げるため……など可愛い理由では全然なかった。
最初からアカデミーを掌握するつもりだった私は、修練騎士団に入らず独自の勢力を構築した。名分は修練騎士団の隙間を埋めるということだったけれど、実際はむしろ修練騎士団を妨害したり、あるいは勢力を伸ばすために偽りで他人を助けるだけだ。
私の裏工作のせいでゲームの修練騎士団は人材が不足したし、甚だしくは私が妨害したことさえあった。今日の夢で見たその事件が最もの例だ。
で、アルカはどこに行ったの? 急に用事があるからって行ってしまったのはともかく、なんでまだ帰ってこない……。
「お姉様!」
「テリア!」
……噂をすれば影ってことね。
振り返ってみると、アルカがリディアとジェリアと一緒に私の方に近づいていた。そして私が振り向くやいなや明るく笑って私の胸に飛び込んだ。
この子ってば、もう十三歳なのにまだ私にすることは子供みたい。まぁ大人から見れば十三歳は十分子供なんだけどね。
一方、リディアは正面こなかったけど、私の腕をぎゅっと抱きしめて目を輝かせた。
「テリア、テリア! 元気だったの?」
「ふふ。何をそんなに浮かれてるのよリディア? 毎日会うじゃない」
「テリアと会うのはいつも嬉しいからねっ!」
リディアはニッコリ笑って私の腕を抱いた腕に力を込めた。
変わったことが全くないアルカとは逆に、リディアは三年前と比べると全く別人になった。目を隠すほど長かった前髪はほどよい長さに切り、暗いこの上なかった表情も以前とは比べ物にならないほど明るくなった。
そしてこの三年間仲良くなったおかげで、リディアはうちの姉妹やジェリアなどにため口を利くようになった。それほど親しくなったようで、正直気持ちがとても良い。
「もう、リディアお姉さん。私は会っても嬉しくないですか?」
「会えて嬉しいよ。でも、貴方はさっきまで一緒にいたじゃない」
「もう!」
アルカは頬を膨らませ、リディアは舌をす。このような光景にもいつの間にか慣れてきた。
一方、ジェリアは絡み合った私たちを見て苦笑いした。
「なぜ君たちはいつも飽きずにくっつくんだ」
「貴方も来てみる?」
「いいや。そんなのはボクの趣味じゃないぞ」
ジェリアはうんざりするような表情で手を振った。まぁあいつには私も期待してなかった。
それより今年の入学式監督班のジェリアが戻ったということは……。
「入学式は終わったの?」
「だからボクがここにいるのだな」
「ふふっ、それはそうね」
ジェリアが途中から抜け出す人ではないから。……ただ単に見物に行っただけのアルカとリディアだけだったら、訓話に耐えられず抜け出したと疑ったかもしれない。そりゃこの子たち、前科があるんだもの。
「それで、入学式はどうだったの?」
「いつもと同じだったぞ」
「すごかったです! 背もすごく高くて! かっこよくて! すごく輝く御方でした!」
「ちらっと見ただけなのにすごい魔力が感じられたの! 強そう!」
リディア、女子力がすごく低い話をしてるんだけど。アルカはアルカで外見だけ見ているけど、まぁまだ若いから大丈夫だろう。
淡々としたジェリアと違って、アルカとリディアは興奮した状態だった。それより貴方たち、入学式に対する感想を尋ねたのになんで答えが王子一人に対する感想なの?
あえて聞かなくても、あれがケイン王子のことだとは分かった。それよりこの子たち、前世で言えばアイドルに直接会ったファンのような感じだけど……貴方たちもここでは十分アイドルなのよ、この美少女たちが。
「落ち着けよ。せいぜい王子だぞ」
「ジェリアお姉さんはどうしてそんなに冷静なんですか!?」
「うむ? ボクはあいつと友人だからな」
その言葉にアルカとリディアはまるで空を飛び回るナマケモノでも見たような表情をした。
「何だ、その顔。君たち一体ボクを何だと思ったんだ?」
「えっと……うーん……」
「……まぁいい。見るまでもないな」
ジェリアはため息をついた。
まぁ、忘れっぽいけどこいつも厳然たる公爵家の令嬢だから。王子という存在に純粋に憧れる立場ではない。
いや、というか、そもそも今ここにいるみんなは使用人であるロベルを除いて全員公爵令嬢なのに。むしろ、何かのアイドルを見るように盛り上がっているアルカとリディアがおかしい。
もちろん婚約者でもないのに王子と友達になるジェリアも別に普通ではないけどね。
一人でそんなことを考えている間、リディアがふと思い出したように口を開いた。
「そういえばジェリア。貴方の弟、貴方によく似ているよね。背が高いのも似てるし」
「姉弟だから当然だ。背はまぁ、大人になったらボクより高くなるはずだな」
弟……え、ジェリアの?
ちょっと待って、ジェリアは弟が一人しかいないけど? 確かに……。
「ジェフィス?」
「ふむ? なんだ、あいつと会ったことあるのか?」
「えっ、あ、いや、話を聞いたことがあって」
おかしくなりそうね本当に。ケイン王子だけでも頭が複雑になるのに、ジェフィスまで編入したって?
ジェフィスは攻略対象者ではないけれど、いろいろと重要な人だ。そして彼もケイン王子と共に来年入学するはずだった人だ。
……いや、でもジェフィスはもともとケイン王子に最も近い友人だった。ケイン王子が繰り上げられた理由は分からないけれど、ジェフィスもケイン王子と一緒の確率が高い。
そんな考えをしていると、ジェリアの後ろから例の二人が歩いてくるのが見えた。
「よお、ジェリア。久しぶりだね」
「お久しぶりです、姉君」
背がすらりとした青年と、それよりは小さいけど年の割には高い方の少年。ケイン王子とジェフィスだ。
ケイン王子は金髪の華やかなイケメンだった。少し長い髪を一つにまとめ、肩にかけたヘアスタイルと知的な容姿はインテリ系の王子様という感じを感じさせた。けれども、頭よさそうに見える首の上とは異なり、首の下は肉体派の極限を主張するように丈夫だった。
まぁ、そもそもバルメリア王家はフィリスノヴァ公爵家と同じくかなりの肉体派だ。むしろインテリな感じが混ざっているジェリアとケイン王子が異端児だ。だから友達になったんだろうけど。
逆にジェフィスはフィリスノヴァにしてはシャープな印象だった。やせているというほどではないけど、節度のある身だしなみと端正な容姿は十分紳士らしい。ジェリアと同じ藍色の髪を端正に整え、藍色の瞳はジェリアよりはるかに落ち着いていた。
たまに微妙に端正ではない姿を見せるジェリアよりずっとマシだね、本当に。
二人とも女の子が好きそうなイケメンだけど、こうやって見ると雰囲気が全然違うわね。
「久しぶりだ。来るなら前もって話しておけばよかったがな」
「ごめん、急に決まったんだからね」
ケイン王子とジェリアは微笑みながら拳を突き合わせた。
……あのね、それ王子と公女がするような挨拶じゃないんじゃない?
傍で見守っていたジェフィスが苦笑いをしたのを見ると、彼も私と同じことを考えたようだった。
「それにしても、そちらのレディーたちを紹介してくれる?」
「知ってるだろ。まったく面倒くさい奴だな君」
「君が自由すぎるんだよ。こういうのは形式も重要なんだ。しかもお互いに面識はないし」
ジェリアはため息をついたけど、私もケイン王子に同感だ。たまには形式的なものも必要なものだ。
「こちらはオステノヴァのテリアだぞ。ここの金髪の子は妹のアルカ、あちらの銀髪の子はアルケンノヴァのリディアだ。みんな、こっちはケイン王子だぞ。隣で面倒くさそうな奴はボクの弟のジェフィスだ」
本当に貴族のお嬢様らしくない紹介に苦笑いが出てしまった。またジェフィスと表情が重なった。
「お会いできて光栄です、ケイン第二王子殿下。テリア・マイティ・オステノヴァと申します。殿下の輝かしい名声はよく耳にしました」
続いてアルカとリディアも自己紹介をし、ジェフィスとも挨拶を交わした。大体、対話を主導したのは二人の男と親しいジェリアであり、私たち姉妹やリディアは傍で時々割り込んだり相槌を打つ程度だった。
そんな途中、ケイン王子が私を見て妙な笑みを浮かべた。
「お会いできるのを待ちわびておりました、テリア公女」