意志と意志
「相変わらず部下を酷使するのですね」
「おや、心外な評価だな。そもそもこのような事態がなければこんなこともしなかったのだがな」
歪んだ空間の向こうから国王の声だけが聞こえてきた。
八賢人の気配も、騎士たちの気配も感じられない。そもそも国王の声がなければ、この歪んだ空間の中に一人取り残されたような気分になっただろう。
今ここに攻撃が仕掛けられる気配はない。しかし他の場所もそうなのかはわからない。少なくともこちらからは何も感知できないのだから。
しかし攻撃せずに言葉を交わしているということは、戦闘よりも対話に目的があるとみるのが正しいだろう。
「それで、これは何が目的ですか? 騎士団の本隊が来るまでの時間稼ぎですか?」
言いながらも、それは違うと自ら結論を出した。
いや、時間稼ぎも含まれているだろう。しかし単にそれが目的なら国王が直接ここに来る必要はない。安全な場所から王城全体の結界をコントロールすることも可能なのだから。
それにもかかわらず国王が直接出向いてこのような環境を作った理由。それは――。
「率直に言おう。ピエリ・ラダス、再び民のためにその力を使ってみる気はないか?」
「……厳密に言えば、今の私は犯罪者ですが?」
「司法取引でも何でも構わぬ。形なら何でも都合よくつけられる。必要なら汝の裏切り行為が実は敵を欺く諜報活動だったという名目を作ることもできるぞ。重要なのは汝の力がこの国と民のために役立つということだ」
少しでも揺らぎ、引き返す余地がある者には躊躇なく言葉を掛ける。国王は昔からそういう君主だった。
私は長い間騎士であった。そしてその頃の私は心から国と民のために尽くした。そんな私だったからこそ、このような提案にも揺らぐだろうと思ったのかもしれない。
私を甘く見すぎたな。
「役立つ力があっても役立つ意志はありません。今更そんな懐柔をするつもりだったのなら、そもそもあの件を放置するべきではなかったのです」
アルキン市防衛戦の惨事を引き起こし、私の家族を死なせたのはフィリスノヴァ公爵と月光騎士団だ。しかしその事実に対する嘆願を黙殺し、フィリスノヴァの過ちを隠蔽したのは王家だった。
正確に言えば、今の国王はその当時は王ではなく王子だった。その件の主体は当代の王だった。でもしばらくして王が退位し、今の国王が即位した後も変化はなかった。王子時代の正義感を信じていた私は彼が王位に就いた後も声を上げてみたが無駄だった。
国王も私が言わんとすることを理解したようだった。
「あの件については弁解の余地がない。どのような事情や考えがあったにせよ、汝の家族を死なせた罪を誰も責任を取らなかったのは王家の罪だ。余もそれを知りながらくだらないもののために目を背けていた」
「……今更責める気はありません。そんなことをしても意味がないですし」
ふと国王が即位した直後のことが思い出された。
当時、彼は私と密かに独対する場を設け、そこで私に頭を下げた。私の嘆願を支持できなくて申し訳ないと。
王である彼が、たとえ秘密の独対であっても一介の平民出身の私に頭を下げた。その事実の重さを知っていたからこそ、そして彼がそうせざるを得なかった事情も理解していたからこそ。国王個人を責める気はなかった。
しかし、だからといって憎しみが消えるわけではない。
「陛下のお立場はわかっています。この国の政治構造上仕方がなかったということも。だからこそ私はその政治構造を破壊しようとしているのです」
「汝の考えも理解できないわけではない。だが今の汝のやり方は多くの民に悲劇を強いている。民を守る者だった汝がそのような手段で手を汚すのは残念なことだ」
「どうでしょうか。私は民にも罪がないとは思いません。現状に甘んじて可能性から目を背け、安楽のために罪さえ埋もれさせるのが正しい態度でしょうか? 自分に恩恵が与えられるという理由だけで甘んじ、その恩恵の枠から外れた存在を踏みにじるのが民の権利でしょうか?」
どうせここで議論を交わしても平行線をたどるだけだ。そうしているうちに時間を引き延ばせば、結局こちらの損失になる。
もはや対話などに応じない――そんな意志を込めて、魔力を凝縮した足で大地ごと結界を踏みつけた。
「安全な場所から王城の結界を操るだけでは現場の状況に応じた結界を新たに活用することは不可能です。さらに最強の結界術を使うこともできません。だからこそ自らを出しとして全ての結界術を存分に使うために陛下が直接ここで待っていらしたのではないですか?」
「よく分かっておるな」
「かつて陛下と共に戦った騎士でしたからね。しかし今はそうではありません」
剣を振るう。
すでに先ほどの一歩で穴だらけになった結界が二つに割れた。歪んでいた空間が開き、王城の敷地が再び目に入った。
結界兵器である大剣を手に握ったままこちらをまっすぐ睨みつけている国王と、その国王の腕を無礼を承知で引っ張っている騎士が見えた。
「陛下! これ以上は駄目です! 陛下が強くお命じになったので我慢していましたが、これ以上の直接交戦は騎士として許せません!」
「余が動くのに汝の許可など要らぬ。そして心配するな。自分を守る手段はいくらでもあるからな」
「陛下、どうか……!」
国王は掴まれた腕を振り回した。腕力に結界の力が加わって騎士を振り払った。
先ほどまでとは違う恐ろしい力が感じられた。恐らく私が歪んだ空間に縛られている間、戦いのための結界と術式を緻密に配置しておいたのだろう。
「汝は余のことをよく知りながらも知らないようだな。余がそんな理性的な理由だけでここに立っていると思うのか?」
「では何なのですか?」
「決まっておろう」
国王はニヤリと笑いながら大剣で私を指し示した。
「汝の剣をこの剣で直接受け止めるためだ」
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