狙いとその後
テシリタがそう宣言した直後だった。
「あら?」
母上が一足先に異変に気付き、私も少し遅れて感じた。そして私たちが魔力の気配に反応する前に、視覚的にも分かりやすいことが起きた。
大監獄の屋根が爆発したのだ。
「〈千変の万華鏡〉は実に便利な魔法でな。数千数万の魔法を目まぐるしく見せつけていれば、こっそり何かをしても気づかれぬ」
上部が開放的な姿に変わってしまった大監獄から、いくつかの光の塊が飛び出した。それらは空高く飛んでいき、どこかへ向けて発射された。
それが何なのかは聞くまでもなく分かった。
「止めねば……!」
「させるものか」
そっちへ斬撃を放とうとした私と母上を、テシリタの魔法が邪魔した。攻撃の閃光砲と束縛の鎖、魔力を抑制する力の領域が同時に私たちを襲い、それを防ぎ切る間に光たちは遠く遠く飛んでいってしまった。
「圧倒的な強者を自負するくせに、こそこそと大監獄の方を狙うなんてね。ズルい真似をするものね」
「オレが何よりも優先すべきはあの御方の意志のみ。オレ自身の嗜好など二の次だ。それにオレ自身のためにもこちらの方が都合がいいのでな」
テシリタがしたことは簡単だった。
ここの安息領の目的は大監獄に収監された安息八賢人の救出。テシリタは私たちと戦いながら、〈千変の万華鏡〉の数多くの魔法陣の一部をこっそり流用して大監獄を破壊し、安息八賢人たちをどこかへ飛ばす作業を進めたのだ。
私たちはテシリタの大監獄進入を阻み、彼女の魔法を探知し遮断するつもりだったけれど、テシリタは私たちの探知を突破して悠々と目的を達成したのだ。
「さて、立場が逆転したな。貴様らはオレを阻もうとしたが、オレにとっては自分の位置などどうでもいい。そして今や貴様らがあちらを追いかける番だぞ」
テシリタは両腕を広げながら魔法陣を展開した。重い魔力が私たちを圧迫した。
「……どうやらテシリタの言う通りのようね」
「大人しく帰してくれそうにありませんわね」
どこかへ発射された安息八賢人たちを追跡するか、戻って態勢を立て直すか。テシリタが私たちの離脱を見逃す気配はなかった。
ならば正面から突破するのみ。
「構わないわよ。脱出した安息八賢人なんては他の方に任せればいいのよ」
前に一歩踏み出しながら自信たっぷりに言った。
……実際ピエリ・ラダスほどはこんなに軽々しく自信できない怪物だけれど、今はわざとでも虚勢を張らねばならなかった。
「安息領の実質的なトップであるテシリタ・アルバラインと、その弟であんたに匹敵する戦闘員であるサリオン・アルバライン。この二人をここで制圧できれば、むしろ儲け物だわ」
「いい判断だね」
母上もまた次善の策だと分かっていながら、私に同調してくれた。
一方テシリタは嘲笑うように笑った。
「自信に満ちた態度はなかなかだな。だが貴様らの力程度ではオレを制圧することはできぬ」
テシリタの宣言を裏付けるかのように、どんどん魔力の威圧感が強くなっていった。
〈七歩獄門蹂躙〉の歩数はまだ五歩。しかし今までその力を本当には使っていなかったと主張するかのように、表に現れる力が継続的に増幅されていった。
考えてみれば当然のことだろう。今まで大監獄の方に使っていた力を丸ごと戦闘に戻すことになったのだから。
大監獄は物理的な防御だけでなく、強力な魔道具と術式で守られている。もし誰かが侵入しても、探索と探知を攪乱する術式で迷子になってしまう。そんな大監獄の上部を吹き飛ばし、収監者の中から望む者を正確に見つけ出して脱出させることが簡単なはずがない。
その作業が終わったから今度は全力で戦ってやる、といった感じだろうかしら。
「まだ増幅の余地が残っているようだけど?」
母上はテシリタの気配を警戒しながらも、挑発半分探索半分の意味を込めて言葉を投げかけた。
テシリタはふっと得意げに笑った。
「オレの〈七歩獄門蹂躙〉は強力な力を得るために色々と制約が付いている。歩みという形式的な要素もそうだが……基本的にオレが必要だと心から感じなければ、歩みを刻んでも平凡な足取りに過ぎぬ」
「必要?」
「そうだ。圧倒的に蹂躙したい時も必要性を感じはするが……普通は相手を認めるがゆえにより大きな力が必要な場合だぞ。わかるか?」
テシリタは私と母上を指差した。その指先に魔力が集まる気配は……まだない。
「オレは貴様らを認めている。だが同時に、まだ六歩以上を刻むほどの危機感は感じていない。オレが真に全力を尽くすのを見たいのなら、貴様らにそれだけの資格があることを証明してみせるがいい」
一言で私たちの力が足りないと見下す発言だったけれど、別に腹は立たなかった。
母上も冷静だった。
「無駄な制約なのね。真価を見抜けずに侮るその傲慢さがあんたを死に至らしめるでしょう」
「ふふ。そういえば貴様が現役だった頃もろくに決着をつけられなかったな。錆びついてしまったのは惜しいが、強く育った娘が側にいるのだから補完されるだろう。そうではないか?」
「まぁ、娘を褒めてくれるなんて母として嬉しいわね。お返しに早く斬ってあげる」
笑いながらやり取りを交わしていたが、お互いがお互いに集中しているのが感じられた。
母上がわざわざ挑発するのはテシリタをこちらに集中させるためだろう。大監獄を破壊した時のようにこっそり魔法を流用してサリオン側を助けでもしたら、全体的な戦況が不利になる。最悪の場合、テシリタの支援を受けて騎士団を退けたサリオンと部下たちがこちらに加勢することもあり得る。
より強力な探知の力を展開してテシリタの魔法陣を注視しながら、私と母上は同時に地を蹴って突進した。
テシリタが私たちを迎えるように両腕を広げると、無数の魔法陣が翼のように大きく広がった。
「来い。今度こそ貴様らと決着をつけてやる」
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