エピローグ 彼女と彼の結果
「お嬢様!! 大丈夫ですか!?」
「リディアお姉さん! 傷が……!」
決闘が終わるやいなや私たちはリディアを訪ねた。
応急手当を終えた医療スタッフが私たちに簡単な注意事項を教えてくれて病室を抜け出した。リディアの全身に包帯を巻いているのを見て、どんなに怪我をしたか見当がついた。
「あ、テリアさん。アルカさんとネスティも」
「お嬢様、どうしてそんな無謀なことをしたんですか! 特に最後に!」
「あはは、ごめんね。ただそうしたかったの」
「したかったからってそんなことをするんですか!!!」
リディアはあはは……と笑いながらごまかすだけだった。その様子にネスティはさらに怒った。しかしリディアは怒られながらも気分が良さそうだった。
「リディアさん、気分はどうですか?」
「あ、テリアさん……正直よく分かりません」
リディアは頬を掻こうとしたけど、痛そうにうめき声を上げた。まだ実感がわかないのよね。
「戦う時は本当に激しく撲殺……勝ちたかったのですけど、いざ終わってみると気持ちがぼうっとしました。達成感があるわけでもないし、虚しいわけでもないし……ただ何も思いませんでした」
「ふふ、そうでしたわね。まぁ、こんなことは生まれて初めてだったでしょ。すぐ実感がわかないのも仕方ないわね」
「それはそうです。でも……実はそんな気もします。実はリディアは負けたし、この怪我はただめちゃくちゃにやられただけじゃないか、と……」
「絶対違うから安心していいわよ。リディアさんは間違いなく勝ちましたからね」
リディアは苦笑いして何か言おうとしたけど、突然何か思いついたかのように再び口を結んだ。
どうしたんだろう。何か問題が起きたのかしら?
この時期の決闘でリディアが勝つ内容はゲームにはなかったので、何か思いもよらない要素でもできたかもしれない。今後もこのことで変わることがあるはずなので、予測を攪乱する要素は減らしておきたいのだけど。
しばらく悩んでいたリディアは、私の目をまっすぐ見つめながら薄く笑った。
「テリアさんはなんでリディアが勝つと分かったのですの? リディアも知らなかったのに」
「それは……あれ?」
ちょっと待って。今何て言ったっけ? 考えてみたらさっきも……。
「リディア、って? 決闘の時は〝私〟って言ったでしょ?」
「えっ? ……ああ」
ゲームでもリディアは自分をリディアって呼んだけど、アルカの助けでトラウマを克服し、ディオスを倒した後は〝私〟を使った。今回も決闘の時、私って自分を呼んだからそうなると思っていたのに……以前に戻るなんて、ゲームではどのルートでもこんなことはなかった。
リディアは手を見下ろして自嘲混じりの声で答えた。
「以前は……弱くてつまらないリディアが嫌いでリディアと呼んでいました。そんなリディアが〝私〟ということを認めたくなくて……」
リディアはそこで話を止め、私を見つめた。その笑いは何か照れくさそうに見えた。
「たとえ勝ったとしても、リディアはテリアさんがそう言ってくれるような人ではないと思いました」
「へ?」
何言ってるの?
一人で少し混乱した私はともかく、リディアは淡々と説明した。
「テリアさんはずっとリディアを応援してくれました。本当にありがとうございます。でも……リディアがテリアさんが言ったほど強くて価値のある人だとは思いませんでした」
結局、まだ自分を完全に認めていないということね。
考えてみれば、私が使ったやり方はゲームでのアルカとは少し違った。その違いが関係しているのかもしれない。
「それでテリアさんが期待するリディアになれるよう努力することにしました。その時までは以前のようにいようと思います」
以前は避けたかった〝リディア〟がもう逆に到達すべき目標になった、ということね。ある意味リディアらしい。
話を聞いたアルカとネスティがリディアを励ますように横から割り込んだ。
「リディアお姉さんはすごかったです! すごく! 感嘆しました!」
「すごかったですが、今度はこんなに怪我しないでくださいませ」
アルカとネスティの言葉にリディアは優しく笑いながら応じた。
強くなったわね、リディア。特に自分をより高い存在と規定できるようになったことと、それに影響を及ぼしたのが私だという事実が嬉しい。
何よりも……ゲームではリディアを地獄に落とした人が私だったから。
リディアの能力である『結火』は熱気と火を圧縮して特殊な魔力石を作り出すことができ、それを他人が発動させることも可能だ。そして、それより強力な爆弾はない。
つまりリディアは文字通り世界最強の爆弾メーカーなのだ。
ゲームで、あることをきっかけにその能力を突き止めた私は、人々を救うために使うという言葉と偽って〈爆炎石〉を受け、それであらゆる裏工作を行った。
自分の能力が不正な工作に使われ、さらにはそれによって死傷者まで出たことを知ったリディアは心の傷を負ってしまった。そうでなくてもディオスのいじめのせいで孤立していたリディアは、その傷を誰にも言えずに一人で痛がってしまった。
たとえ今の私がしたことではないけれど、私のせいでそんな境遇になってしまったと思うと胸が痛む。
……絶対にリディアが苦しむことはないようにする。そのためにできることはすべてするの。
***
「はい、お入りください」
いつものように研究室で仕事をしていた時、突然誰かがドアをノックした。ドアを開けて入ってきた人は背がすらりとした銀髪の青年だった。
「ディオス君ですね。お久しぶりです」
「……はい、ラダス先生」
ディオス君に席を勧め、私は彼の向かいに座った。
ディオス君の表情は暗かった。数日前に妹のリディアさんとの決闘で敗れたからだろう。それでもその時完全に粉になった右腕は数日の間に完全に再生されていた。やはりここの医療陣は優秀だ。
「どうしたんですか?」
「強くなりたいです。助けてください」
ほう、想像もできなかったストレートだ。普段だったらもっと焦らしたり、美辞麗句を並べたりしたのに。
「もちろん手伝います。私がここにいる理由がそれですよ。ただ……いつもと雰囲気が違いますよね?」
「理由はご存知だと思いますが。観客席にラダス先生もいたから」
「おや、知っていましたか」
「……前置きはこの辺でいいと思いますが」
彼の言葉に私はニッコリと笑った。
ちょうどいい。リディアさんの方はテリアさんの影響力があるので敗北しても接近しにくいが、ディオス君はテリアさんと敵対していたことをすでに確認した。正直、彼が負けた方が私にはもっといい状況だ。
そういえば、〝あの御方〟はディオス君の敗北を予測して接近を指示された。すぐれた慧眼に違いない。この機会に〝あの御方〟の指示を履行しておこう。
「具体的にどのような助けが必要なのか考えてみましたか?」
「直接ご覧になったので、俺とあいつの戦いのスタイルはお分かりでしょう。戦い方や鍛錬法をもう一度振り返ってみたいです」
「これはまた根本的な質問ですね。ちょうど考えておいたことはありました」
ディオス君の緊張が一気に高まった。
こんなに真剣に集中するとは。その気持ちをまっすぐに使って精進していたら、むしろもっと強くなったのに。そんな爵位なんかに執着してそんなしだらになるなんて、正直バカげている。
「そもそもアルケンノヴァは様々な魔道具を手がけるスペシャリストです。一つの魔道具を極限まで扱うのも、普通ならいい方法ですよね。ただ……」
ディオス君の表情は全く変わっていない。そのために何を考えているのかさっぱりうかがえなかったが、彼の性格上、私の話に反対するならば露骨に表現したのだろう。それとも一度大敗したので我慢して聞くだけかもしれないが。
「一つの武器と一つの武芸に依存しすぎるのはアルケンノヴァらしくありません。そしてディオス君はアルケンノヴァらしい才能を十分持っています」
「しかし、大師匠は様々な武器を扱わなくても強いじゃないですか」
「ロールモデルが大師匠だったんですね。その通りですが、だからといってその御方が他の魔道具を使わなかったわけではありません。むしろ騎士団のすべての武術に精通していたからこそ、新しい技術を創案した御方ですから。もしディオス君が槍以外の武器や補助兵器にも長けていたら、むしろ対応力が良かったでしょう」
しかもディオス君の特性は『鋼鉄』。彼は魔力を満たした羽毛を利用した魔力場や盾だけで使ったが、本来は多様な武器を錬成して戦うことができる能力だ。魔力場自体も非常に強力で有効な技ではあるが、率直に『鋼鉄』の能力者としては残念極まりない。
そんな話をまとめて聞かせると、ディオス君はしばらく一人で考えた。
「それならどうした方がいいですか?」
「ベストは『鋼鉄』で様々な武具を錬成して活用する方法を身につけるのです。それらの道具でも魔力場を十分に構成することができ、そこで羽毛まで活用すれば申し分ありません。ただ、使わなかったやり方を急に覚えるには時間がかなりかかるでしょう。それまでは……」
〝あの御方〟がくれた魔道具を取り出した。一見、少し大きなメダルが付いただけの平凡なネックレスのように見える。外形自体はそれほど珍しくない形であり、用途も普通のものと似ている。
「これは……」
「黒騎士の魔道具です」
「!? そ、それは……」
ディオス君は魔道具を受けようとしたが、私の言うことを聞くやいなや反射的に手を引いた。
黒騎士は邪毒を利用して自分を強化する存在。強力だが危険であり、国でも特別に管理されるほどだ。
「大丈夫です。黒騎士が厳然と制式編制に含まれていることはディオス君も知っていますでしょう? 暴走さえしなければいいです。その程度の節制は可能だと思って、これを差し出したんです」
黒騎士の危険性ぐらいはよく知っているだろう。今見せてくれた反応だけ見ても明らかだ。
だからこれが平凡な魔道具だと認識させることで、気をつければ問題ないという錯覚を植え付けることができれば、今は成功だ。
「これは中でも魔道具との共鳴と強化に特化したタイプです。かつてアルケンノヴァの騎士も使った人がいるタイプです。アルケンノヴァの戦闘法を固守するなら、短期的にはこれが最も効果的だと思います。安全を期したいなら使わない方もいいのですが」
「……. ありがとうございます」
ディオス君はもう少し悩んだ末、結局受け入れた。
最後まで遠慮したら後でまたチャンスを狙わなければならないので面倒だが。まぁ、使うか使わないかは定かではないが……〝あの御方〟の意図が私の思った通りなら、持っているだけで半分は成功したわけだ。残りの半分は後で適当に刺激すればいいだろう。
……面白くなる。
ディオス君の相談に応じ続けながら、私はこれから起こることを楽しく計算した。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
ピエリがめっちゃ怪しい! とか、リディアが勝って嬉しい! とか、とにかく面白い! とお考えでしたら!
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