エピローグ 心と嘘
「……ゲホッ! ゲホッ、ゴホッ!?」
「テリア! 目が覚めたの?」
ぼんやりした頭で何度も息を吐き出した。
前後の記憶があいまいだ。ただ胸の苦しさをなんとか解消しようとするかのように咳き込み続けた。しばらくしてから、私が地面に倒れていたことに気がついた。
ようやく咳が収まって目を開けると、異様なほど雲一つない空が見えた。
「ここは……?」
「テリア。意識はあった? 私のことが分かる?」
突然視界が暗くなり、私の顔に何かが覆いかぶさった。それが私の顔を妙にくすぐった。
少し遅れて私は視界を遮った母上の顔と、顔をくすぐる母上の髪に気がついた。
「母上?」
「よかったわ。体を起こせそう?」
母上は直接私を起こそうとしたけど、その前に私は自ら腕に力を入れて上半身を起こした。
まだ意識があいまいだ。何をしていたんだっけ……。
そんな状態だったけれど、私を見て胸をなでおろす母上を見て一気に正気に戻った。
母上は完全に血まみれのボロボロな姿になっていた。
四肢はちゃんとついている……と言うのも憚られるほどめちゃくちゃだった。左腕は骨が少し見えるほどに。魔力で出血を止め再生力を極大化しているのが感じられたけれど、濃く残留した呪いのような力が再生を妨げていた。
そこでようやく私は何をしていたのか思い出した。
「他の皆は……!?」
「みな無事よ。……いいえ、無事とは言えないけれども、少なくとも死者は出てないわ」
母上の言葉を聞きながら周りを見回した私は言葉を失った。
大地はすでにめちゃくちゃになって元の姿を見分けることもできなかった。穴を超えて峡谷と呼ぶべき規模の傷跡が一杯で、空は異常なほど晴れ渡っていたけど遠くには普通に雲があるのが見えた。
まるでこの一帯の空だけをえぐり取ったかのように雲一つない……まさか戦いの余波で雲が全部吹き飛ばされてしまったの?
そしてボロボロになった大地にボロボロになった皆が転がっていた。
母上の言葉通り皆息はついていたけど、状態は実に悲惨だった。母上以外は四肢がまともについている人すらほとんどいなかった。腕一本くらいいなくなっちゃったのは当たり前で、一体どうやって生きているのかわからないほど火傷と切り傷と打撲傷が全身に一杯の人もいた。
アイロニーなことに片膝だけついたまま踏ん張っている唯一の人は……一番怪我が深刻な人だった。
「……目が覚めたか」
ジェリアだった。
すでに右腕を除いた四肢が全部吹き飛ばされてしまい、氷の義手義足でそれを代替していた。まだ残っている右腕さえも所々が虫食いのようにえぐれたのを氷で補っていて、胴体や顔もどこ一つまともなところがなかった。
それでも彼女は鋭い眼差しで立ち上がって近づいてきた。
私のすぐ横の大地に『冬天覇剣』の刃が突き刺さった。
「……ジェリア。大丈夫……いいえ、ごめんなさい。全部私の責任よ」
「……」
ジェリアは尋常でない眼差しで私を黙って見つめていたかと思うと……突然体を屈めて、強い力で私を抱きしめた。
「じぇ、ジェリア?」
「……よかった。元に戻って」
「……ごめんなさい。心配をかけて。でもあなたこそ……」
「そんなことより」
ジェリアは体を離した。
申し訳なさと感謝の気持ちが入り混じってめちゃくちゃになった心でどうやって彼女と向き合えばいいか悩んでいたのに……なんだか、ジェリアの表情が予想と全然違った。
無表情な顔の向こうから怒りの魔力がじわじわと立ち上った。でも……私にこてんぱんにやられたことに対する怒りじゃないみたい?
「どう考えてもボクには納得がいかないんだが」
「じぇ、ジェリア?」
「君。ラスボス化について何で黙ってたんだ?」
「そ、それは……正しい攻略のためには……」
その瞬間ジェリアの氷の義手が私の頭を掴んだ。
痛い! 痛い痛い痛い!?
「い、いたたたた! 痛いわよ!」
「もっと痛め、たわけ。どう考えても、ラスボス化について前もって教えて対策しても別に問題なかったようにボクには思えるんだが」
「そ、そうじゃないの。えっと、その……」
「実は単に心配させたくなかっただけです、とかならボクから一発殴られる覚悟しろ」
怖い!?
泣きそうな顔で母上を見たけど、母上はただ冷静な顔で頷くだけだった。
私へのことじゃなかった。ジェリアへのことだった。「許すわ」という声が聞こえたような気がしたけど、私の勘違いかしら?
おまけに死体のように転がっていた皆が不吉に体を起こした。……まるで前世で見たゾンビ映画のようなシーンだったけれど、生気と怒りが鋭く光る眼差しは絶対にゾンビのそれとは違った。
その怒りが私にこてんぱんにやられたからじゃなくて私を心配してくれているからだというのはとてもありがたいけど……だからといってこの場から逃げ出すことはできそうにない。
いつの間にか体を起こしたアルカまで私の肩を掴んだ瞬間、私はついに諦めた。
「う……お話しいたします」
***
「……最後まで嘘ばかりでしたわね」
真っ白な世界にひとり座り込んだまま、癖になるほど馴染んだ自己嫌悪を吐き出す。
もう一つの私の姿も、愛しい妹の姿もない。いつものように、私ひとり。
でも表面の私と……〝神崎ミヤコ〟さんと直接話をしたのはかなり特別な経験だった。
絶望と自己嫌悪だけの人生を、死んでからようやく後悔できた間抜け。傷ついたという理由で皆を絶望の淵に突き落とそうとした身勝手な女。
私が受けてきた傷を否定するつもりはないけど、形のない虚しい復讐に過ぎないということさえ遅すぎてようやく気づいてしまった。
「神崎ミヤコさん。……いいえ、ミヤコの記憶を持つ『私』。あなたなら私の嘘もすでに見抜いているでしょう」
嘘と欺瞞ばかりだった。私の人生も、ミヤコさんとの言葉も全て。
でも彼女はすでに全てを知っていた。私の嘘なんて全部。
「……知られたくなかったのに」
この私が生まれて存在する理由さえ身勝手さの表れ。でもミヤコさんのためには私が消えることはできなかった。
……本来なら私の存在が明らかになる前に消滅するのが最善だったんだろうけど……それも不可能だった。
すでにミヤコさんは全てを知ってしまった。間もなく破滅が訪れるだろう。
それでもミヤコさんだけは破滅しないでほしいという気持ちと……それさえも身勝手な罪だという思いが私を苦しめ続けた。
それでも。
「ミヤコさん。あなたの答えを見せてくださいませ。私に。そして……あまりにも長い絶望の中で擦り切れてしまったあの子に」
届かない願いを口だけでつぶやく。
でもわかっていた。わざわざ私が言葉で伝えなくても、ミヤコさんは私が望むことをそのまま成し遂げるだろうと。
その先が絶望か希望かは私にもわからないけれども。
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