やり取りと心当たり
「そう言われても、正直何を話せばいいのかよくわからないんだもの」
これは一応本心だった。
そもそも『私』が何を言おうとしているのかわからなかった。とりあえず敵意はないようだけど、かといって無条件に好意的な様子でもなかったから。
それに私が『私』と話すこと自体が奇妙な感じがした。
「変に思うことはありませんわ。私のことはもう察しているでしょう。いいえ、察しを超えた確信に見えました」
「私が考えていたのが本当なの?」
「あなたの推測が何なのかも言わずに、いきなりそれを聞くのですの?」
『私』はそう言いながらため息をついた。
まるで鏡の中の私が反応しているようで、なんとも言葉では言い表せない気分になった。おそらく『私』も同じ気分だろう。
そんなことを考えながら一人うーむと唸っていると、『私』がふと口を開いた。
「あなたは……アルカとうまくやっているようですわね」
寂しそうな声だった。
『私』はその声に似合う表情でアルカの方を見ていた。アルカの方はまだ残っている邪毒が視界を遮っていて、それに気づいていなかったけれども。
その寂しそうだが穏やかな顔を見ていると、ふと聞いてみたいことが思い浮かんだ。
「ねえ。いつから私の中にいたの?」
「その質問に意味があるのでしょうか? あなたは私で、私はあなたなのに」
「そうは言っても、かなり区別感がはっきりしていると思ってね。それに……私の質問の意図、わかっているでしょう?」
『私』は口を閉ざした。しかしその行動自体が一種の答えでもあった。
『私』がどんな存在なのかは察している。いいえ、『私』の言う通り確信と言ってもいい。そもそも私が持っている情報と『私』の発言を考えれば、答えに気づかないほうがおかしい。
『私』は……私だ。神崎ミヤコの人生を歩めなかった、そのために堕落と没落を避けられなかった『バルセイ』の私。
なぜ『バルセイ』の私がひとつの自我としてこのように存在しているのかはわからない。私が持っている『バルセイ』の記憶が邪毒の影響で一つの自我として再誕生したのか……あるいはもともと私の中に存在していた別個の記憶と自我だったのか。
経緯はわからないけど、『私』の正体が『バルセイ』の『中ボステリア』だと考えれば『私』の発言もいろいろと説明がつく。
「いつから、ですか。それは私もわかりませんわ。ふと気がついたら存在していたという感じで、外も見ることができなかったのですもの。正直に申し上げますと、あなたが邪毒に侵食され、私が前面に現れるようになった今になって初めて外の世界を見たのですわ」
「え。じゃあ今まで……」
「この真っ白な世界をずっと見つめていたのです」
こんな何もない世界で、ずっとひとり。
最短なら数時間程度だろうけど、最長なら私が生まれた時からかもしれない。もし後者なら二十年近くになる。
一ヶ月、いや一週間でもこんなところにひとりで置き去りにされたら気が狂ってしまいそうなのに、もし何年もここにいたのなら……今理性的に会話が通じていることさえ奇跡的なことだ。
そう思うと申し訳なさと同情心が込み上げてきたけれど……『私』はそんな私の表情を見てふふっと笑った。
「私のことを気にかけてくださってありがとうございますわ。でもあまり心配する必要はありませんよ。思ったより楽しかったのです」
「こんなところで楽しいことがあるの?」
「ここはあなたの内面世界ですからね。本来、内面世界というのはこんなに白いだけのものではないと思いますが……あなたの内面世界は見た目はこうでも、かなり激情的なのです。あなたの感情のようなものがとても直接的に現れる」
『私』は片手を上げて虚空に向かって伸ばした。まるで飛んでくる鳥に止まり木を与えるような動作だった。
当然鳥なんて飛んでこなかったけれど……何か微風のようなものがその指に絡みついたような気がした。
「嬉しい時も、悲しい時も、怒っている時も。この内面の魔力が様々に動くのですわ。たとえ外を直接見ることも、誰かと話をすることもできなくても、この内面世界の作用を通してあなたが見て聞いて感じることを間接的に体験することができましたの。かなり新鮮で面白い経験でしたわよ。それに……」
その箇所で突然『私』は私を見て意味深に笑った。
「恥ずかしい瞬間なんかは特にはっきりと感じられるのですのよ」
「……」
そんなことを言われても私はただ言葉では言い表せない気持ちで『私』を見つめるだけだった。
すると『私』は不満そうに唇を尖らせた。品のある動作ではなかったけど妙によく似合っていた。
「何ですの。ここはもっと恥ずかしがった方が面白いのに」
「ごめんなさい。ちょっと思い出したことがあって」
真っ白な内面世界の流れが変わったような感じがした。目に見える光景は変わっていないけど、魔力が私の心を投影するように揺れているようだった。
しかしそれを深く見つめる時間はなかった。
「あら? 視界が……」
突然視界が急激にぼやけ始めた。
真っ白な世界がさらにぼんやりと変わっていき、鮮明な領域がどんどん小さくなっていった。瞬く間にすべてがぼやけた世界で、ただ『私』の姿だけが鮮明に視界の中に浮かんでいた。
まだ残っていた邪毒がすべて消えたことにそのときようやく気づいた。
「時間になったようですわね。侵食が完全に消えたので、もう肉体をあなたに返す時が来たのですわ」
「ちょっと待って! あなたは……」
「今の肉体はあなたのもの。未練はありません。そもそも私が無理に肉体を占有していても、私にもあなたにも無理がかかりますもの。仕方ありませんわね」
遠ざかっていく視界の中で、『私』は軽く手を振って挨拶した。
その姿は一点の曇りもないほど穏やかで清らかだった。
「行ってくださいませ。あなたの大切な人たちが、あなたを大切に思ってくれる人たちがあなたを待っています。その人たちがこれ以上悲しまないようにしてくださいませ。どうか……」
ついに『私』の姿までもがぼんやりとした視界に飲み込まれ、目に映るすべての光景が黒く消えていく中で、『私』の声だけが耳元に響いた。
「あなたは、私のように後悔だけが溢れる人生を送らないように」
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