真相
時空亀裂の活性化が始まるより少し早く、私は予定された場所に一人で来ていた。
いや、厳密に言えば一人じゃないけれど。
【本当に大丈夫なの?】
私の中にはいつもイシリンがいるから。
最近は自分の一部を化身体にして外で活動することが多いけれど、彼女の本体は私が八歳の頃に私の心臓と融合して以来、分離したことがない。
でもそれも一時的に手放さなければならない時が来た。
「大丈夫かどうかが問題じゃないわ。あなたを分離しなければもっと大変なことになってしまうの」
【それでも……】
イシリンは名残惜しそうに何か言おうとしたけれど、結局言葉を最後まで紡げずに濁した。
仕方がないということはイシリンもわかっている。それでもすんなり同意できないのは、それだけ私のことを心配してくれているからだろう。
イシリンが私と共にした時間はテリアとしての私の人生の半分以上だ。元々優しい性格の彼女がそれほどの時間見守ってきた私をそう思ってくれるのも無理はない。彼女にはいつも感謝の気持ちしかない。
胸に手を当てて魔力を集中させた。そして手をゆっくりと離すと漆黒の珠が抜け出た。それはすぐに歪んだ剣の形に変わった。
邪毒の剣の本来の力を発揮したこともないわけではないけれど、本体をまるごと分離して見るのは本当に久しぶりね。
分離された邪毒の剣の魔力をしばらく眺めてから頷いた。
「うん。幸い魔力が速く変質しないわね」
【長くは持たないわ。少しずつ私の邪毒に染まっていくのが感じられるもの】
「大丈夫よ。事が終わるまでは持ちこたえるはずだから」
分離しながら私が集めておいた魔力のほとんどをイシリンに渡した。
イシリンがこれまでまともに活動できたのは、本体が私と融合した状態で私から浄潔な魔力を供給されていたおかげだ。本来の彼女は邪毒しか生み出せないのだから。
しかし本体が私から分離されれば、もはや浄潔な魔力を直接提供することはできない。だから分離しながらほとんどの魔力を彼女に任せたのだ。
『浄潔世界』の影響下から外れると浄潔な魔力が再び邪毒に染まらないかというのが唯一の心配事だったけれど、どうやら心配するほど速くはないようだ。少しずつ侵食は進んでいても、膨大な量に比べれば塵一つ程度の速度でしかない。
【大丈夫? ほとんどの魔力を私が持っていってしまって】
「わかっているでしょう。今の私は魔力をほとんど空っぽにしておかなきゃならないんだもの。そうしないとラスボスを倒す可能性が低くなってしまうわよ」
直前の訓練を除いて、最近はゆっくり休みながら魔力を溜めてきた。そうして溜めてきた魔力のほとんどをイシリンに渡すことが休息の目的だった。
訓練ができたのは予想以上に魔力が残っていたおかげだったしね。
正直に言えば侵食技を使うのに必要な魔力だけぎりぎり残して、すべての魔力をイシリンに渡した。侵食技は効率がかなり優れている方だから、必要な力も思ったより少ないのよ。
【……本当にやる気なのね】
「もちろん。あまり心配しないで。『バルセイ』でもアルカが歩んだ道だから。成功するための準備も十分よ」
心配してくれるのはありがたいけれど、心配性がすぎて少し笑いそうにもなった。当事者の私は軽い気持ちなのに。
でもそうだとしても心配してくれる気持ちは十分理解できた。
「そろそろ時空亀裂の活性化も始まりそうだから、話はここまでにしないとね。みんなをよく助けてあげて」
【何があっても守り抜くわ。あなたの大切な人たちも、あなたも】
「……ありがとう。またね」
イシリンは瞬く間に高い空の彼方まで飛んでいって視界から消えた。
その直後、四方から異変が起こるのが感じられた。
「時空亀裂の活性化。始まったわね」
『浄潔世界』の能力者である私は特に時空亀裂と邪毒に敏感だけど、この程度の気配なら普通の人でも激しさを感じて吐き気をもよおすでしょう。
……今から、始まるわ。
――『浄潔世界』侵食技〈浄潔世界〉第二形態〈浄潔反転〉
空に向かって手を上げ、今の私に残っているわずかな魔力を全て心臓の奥深くに凝縮させた。
それをどんな感覚だと表現すればいいだろう。
言葉では到底表せない感覚が全身を駆け抜け、私の力が世界へと広がっていくのを感じた。本来は私自身を守っていた力が今やバルメリア王国に向かった。
……邪毒不侵の身体の能力を外部へ広げる。間違いじゃないけれど……どうしてそんな言葉を聞いたとき誰もツッコミをしなかっただろう。
そんな便利な力があるものか、って。
嘘ではない。『浄潔世界』の侵食技の反転形態である〈浄潔反転〉は設定した範囲内の時空間全体を邪毒不侵の加護で覆うのだから。最強の浄化能力が空間内のすべての邪毒を瞬時に浄化し、時空亀裂さえも閉じてしまう。
……私自身の危険を代価に。
絶対的な加護を外部に向ける代わりに、私自身はすべての加護を失ってしまうこと。それが〈浄潔反転〉の代価。
もちろん『浄潔世界』を宿してきた体は侵食技の加護を失っても普通の人よりはるかに強力な邪毒耐性を持っているし、よほどの邪毒は〈浄潔反転〉内で生き残れないので本来なら意味のない弱点だ。
しかしバルメリア全域の時空亀裂を一時に活性化した瞬間に流れ込んでくる邪毒の量は〈浄潔反転〉でも一度に消し去れないほど膨大で、〈浄潔反転〉の外へ逃げ出すこともできない。
その結果、まるで捕食者に脅かされる被食者の群れのように、邪毒が逃げ向かう先は一つだけ。〈浄潔反転〉の領域内で唯一侵食技の力が及ばない所、すなわち術者の肉体だ。
「……っ」
瞬く間に押し寄せてきた邪毒が体を侵し、目の前が黒く染まった。生涯感じたことのない激しい吐き気と嫌悪感が込み上げてくる。
……ジェリアもラスボス化する時こんな気分だったのかしら。
むしろ邪毒耐性が低ければそのまま死んでしまっただろうが、中途半端に邪毒耐性が高いせいで死なない体はそのまま変質する。
隠しルートでラスボス化した人はアルカ。でも今の私はあの時のアルカより強い。だからこそ今回のラスボスは『バルセイ』より強いのだ。
でも私は犠牲になりたくもないし、なる理由もない。
ラスボス化した〝聖女〟の攻略法は確実で、すべての手配をしておいた。残るのはただ待つだけ。
私の愛しい妹であり、この世界の〝主人公〟であるアルカなら必ず答えを実現させられるはずだから。
信じるわよ。
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