表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

670/891

『浄潔世界』の力

「何だい?」


 父上が優しく尋ねたけれどお姉様はすぐには答えず、しばらく口を閉ざした。


 何かを考えているようなお姉様の視線が一瞬私に向けられ、その後は俯いたまま目を閉じた。


 何だろう。間を取っているにしては苦悩している感じじゃなかった。むしろ平穏といおうか。その姿が既に結論は遥か昔に出ていると言っているようで気に入らなかった。


 けれど私が何か言う前にお姉様が再び目を開いた。


「現下の事態にどう対処するか。それをまず明確にしたいのです」


「どういう意味だい?」


「『バルセイ』ではこの事件について二つの展開がありました」


 お姉様はそう切り出した後、詳しく説明してくれた。


「一つ目は人員を投入して時空亀裂を最大限抑制し浄化すること。『バルセイ』では失敗した方法でしたけれど、今はあの時とは条件が違うから成功するかもしれません。何より私がいて、私の『天上の鍵』で浄化神剣の力を呼び出せば時空亀裂を一つずつ消滅させられますから」


「そうだね。『天上の鍵』は僕も覚醒したが、特性が浄化能力の君に比べれば僕の方は浄化神剣の力を降臨させても少し物足りないから」


 父上は笑いながら静かに次を促した。お姉様もその意図を理解して言葉を続けた。


「二つ目はすべての時空亀裂を一時に完全に開いてしまい、一気に浄化することですの」


「……は?」


 父上と母上が同時に呆気にとられた顔になった。……多分私も似たような表情だろう。


 すべての時空亀裂を一時に開いてしまうなんて、普通なら何を狂ったことを言うのかって非難されても仕方がない。今全国に広がっている時空亀裂でそんなことをしたら国が無事に済むはずがないのだから。


 この国が邪毒の海になってしまう程度ならまだしも良い方だ。最悪の場合、この国全体が巨大な時空亀裂に飲み込まれて世界の外へ弾き飛ばされてしまうかもしれない。そうなれば全国民が死ぬのは言うまでもなく、この世界にもより大きな災厄が起こる。


 それでも誰もお姉様を責めないのは、お姉様がそんなことを軽々しく言うはずがないという信頼があるからだろう。少なくとも私はそうだった。


 お姉様は真剣な顔で言葉を続けた。


「すべての時空亀裂を一時に活性化するのと同時に私の侵食技を展開すれば邪毒を浄化し、すべての亀裂を抑制できますの」


「『浄潔世界』の侵食技を外部に展開するということか。文献に残っている通りの力なら確かに可能だろうね」


 父上は既にお姉様の侵食技について知っているようだ。


 そういえばお姉様の『浄潔世界』も厳然たる世界権能。でも侵食技については一度も聞いたことがない。


 少なくともアカデミーの授業や本で学んだことはない。父上の言った文献というのはおそらく我が家に伝わるものを指しているのかな。『浄潔世界』は始祖様の特性でもあったのだから。


 それはそうとして『外部に展開する』という表現も気になる。本来侵食技は外部に展開するのが基本のはずなのに。


 そのときお姉様が私を振り向き、私の表情から疑問を察したように微笑みながら説明を始めた。


「『万魔掌握』の侵食技もそうだけど、『浄潔世界』の侵食技も少し特別なの。方向性は違うけれど」


「どんな能力なんですか?」


「基本的に『浄潔世界』の侵食技は常に展開されているわ」


 え?


 私が理解できずに首を傾げると、苦笑するお姉様に代わって父上が口を開いた。


「絶対に邪毒に汚染されず、自分を侵す邪毒を問答無用で浄化して自分の魔力に変換する。外部の邪毒を浄化するには自分の魔力を消耗するけど、自分の体に侵入してくる邪毒を浄化するのには何の代価も必要ない。その邪毒不可侵の肉体こそが『浄潔世界』の侵食技そのものだよ」


「あ! だからタールマメインの雨がお姉様には通じなかったんですね?」


 世界権能の侵食技が同時に展開されると互いを侵食できずに戦うことになる。一方の支配力が優れていれば相手を飲み込むこともできるけれど、そうでない状況なら侵食技が拮抗して互いの境界を侵犯できない状態になる。


 タールマメインが侵食技を展開してもお姉様の本体には雨が通じなかったのはお姉様の肉体そのものが侵食技だったからってことね。


「それを外部に展開するというのは……お姉様の体と同じ力を外部にまで伸ばせるということですか?」


「そうよ。維持できる時間は短いけれど、バルメリア王国全域程度なら覆えるわ。それを利用すればすべての時空亀裂を無力化できるし、亀裂の消滅を狙うことも可能よ」


 お姉様が二つ目の方法を言ったのも理解できた。『浄潔世界』の侵食技をお姉様の言うように活用できるなら、二つ目の方法の現実性が一気に高まる。


 でも気になる部分があった。


「お姉様は大丈夫なんですか? その方法を使えばお姉様が無理をしなければならないんじゃないですか?」


 バルメリア王国は世界でも屈指の強国。国土の面積だけで言えば一位ではないけれど、それでも広大な土地を支配している。


 その全域を覆う侵食技なんて、お姉様がそれほど無理をしなければならないのじゃないかと心配だ。ジェリアお姉さんもそれほど広大な領域を全部覆うことはできないのだから。


 お姉様がジェリアお姉様より強いとはいえ、だからといってそんなことが簡単だとは思えなかった。


「大丈夫よ」


 お姉様は穏やかに微笑みながら私の頭を撫でてくれた。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。『浄潔世界』の侵食技はそれほど消耗が大きくないの。広くなるほど維持できる時間は減るけれど、刹那の瞬間ならこの惑星全体を覆うことだって可能よ。バルメリア王国一つくらいならそれほど大きな無理はないわ」


「それでもお姉様だけが無理をするのは嫌です。私もお姉様を助けられませんか?」


 お姉様は既に私に『浄潔世界』を習得するようヒントをくれていた。


 他人の特性を習得できる『万魔掌握』の能力。世界権能さえも身につけられるこの力で『浄潔世界』を学んでほしいと言ったのは、もしかしたらこれのためだったのじゃないの?


 そんな思いで拳を握りしめる私にお姉様は苦笑を返した。


「そう言ってくれてありがとう。でも貴方がその力を使う場所は他にあるわ」

読んでくださってありがとうございます!

面白かった! とか、これからも楽しみ! とお考えでしたら!

一個だけでもいいから、☆とブックマークをくだされば嬉しいです! 力になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ