巨大な敵の前で
「あれは……すごいな」
「貴方もそんなに素直に感心できるのね」
「ボクを何だと思ってるんだ? そのくらいは普通にできるぞ」
隣に立っているリディアの言葉に呆れながらも、目の前の光景に半ば我を忘れていた。
バルメリア王国の最重要人物たちが集まっていた会議。それを突然中断させたのは安息八賢人の筆頭が現れたという急報だった。
安息領の名目上のトップだが、何一つ正確に知られていない存在。対外活動も一切なく内部でも何をしているのか分からなかった。テシリタが作り出した幻想だという説さえあるほどだったからな。
そんな奴がアルカとトリアを誘拐した際に直接現れてテリアを阻止したのも驚くべきことだったが……今はあの時以上だ。
その筆頭が現れたという報告を聞いて騎士団部隊と共に急いで現場に来たボクたちだったが、割り込む隙などなかった。
「ジェリア。あれちゃんと見えてる? リディアにはよく見えないんだけど」
「いや、ボクの目にも同じだ。相当な速度だな」
まるで光と光が戦っているかのような様子だった。
片方はあらゆる色彩が無秩序に乱れ、もう片方は美しく輝くオーロラのパターンが繰り返される閃光だった。後者はおそらく紫光技が極限に達した時の境地という極光技だろう。
光に見えるのは華々しい魔力の乱舞のせいでもあったが、それ以前に単純に速度が速すぎた。普通の人間のレベルをすでに超越したボクとリディアの目にもほとんど残像しか見えないほどだった。
「片方は筆頭のようだけれど……もう片方は誰かしら?」
「『隠された島の主人』だろう。よく見えないが黒い形相を見ると邪毒の分身体のようだし、奴は極光技を使えると聞いたことがある。筆頭と敵対関係にもあるようだしな」
ボクたちが出動したのは筆頭が現れたという知らせを聞いた直後。
ボクたちがここに来る間に『隠された島の主人』が先に現れて筆頭と交戦を開始したということだろうが、さすがに尋常ではない速さだ。
問題はこうして見物しているわけにはいかないということだがな。
「どうする?」
「さぁな。割り込もうとすれば割り込めるが……」
正直両者の力とも予想外だった。あいつらの中から一人を選んで戦うとしても、今のボクの力では全力を尽くしても勝算を語れないだろう。せいぜいできる限り時間を稼いで耐えるのが精一杯だろう。
もちろんそうだからといって見物するしかないわけではないが。
そのとき黙って聞いていた騎士が口を開いた。
「そもそもあの戦いは何のためのものだ? 片方は安息領の筆頭で、聞くところによればもう片方は邪毒神の分身体のようだが」
外見は若く見えるが妙に貫禄を感じさせる男だった。
リドロン・エルンガスト万夫長。太陽騎士団所属の万夫長の中で最強と呼ばれる騎士だ。
今回急遽出動した騎士は百名ほど。しかし相手が安息八賢人の筆頭であるため、その百名全員が太陽騎士団の百夫長以上の幹部級だ。万夫長の中で最強の彼が来たのも無理はないだろう。
しかも彼はオステノヴァ公爵領に駐屯する太陽騎士団所属である以上、テリアの友人であるボクたちに好意的だ。
「まずは安息八賢人の筆頭を制圧しましょう。『隠された島の主人』はまだは役立つ者ですので」
「生きていれば色々なものを見るものだな。安息領が邪毒神と戦っていて、こちらは邪毒神を助けて安息領を倒すことになるとはな。しかし悪くはない」
リドロン卿はニヤリと笑った。
「あの戦いに直接割り込むのはどうもリスクがありそうだ。直接的な戦闘よりもバックアップと支援の方が効果的だろう」
「同感です。ではボクが先手を取らせていただきます」
眼鏡を外し『冬天覇剣』を抜いて地面に突き立てた。そこを起点に瞬時に魔力が広がっていった。
――『冬天世界』侵食技〈冬天世界〉
すぐさま雪と冬の世界を展開。そして時間さえも凍りつかせる至高の冷気を、向こうで戦っている安息八賢人の筆頭一人に全て集中した。筆頭の動きが少し遅くなった。
「世界権能の侵食技の干渉を受けてもたかがあの程度の鈍化で済むとは。筆頭を直接見るのは初めてだが、やはり化け物だな」
リドロン卿はそう言いながらも別に動揺したり落胆したりする様子はなかった。むしろごく当然に予想したかのように淡々と行動を開始した。
――バルメリア制式術式〈軍勢威圧戦線〉
騎士たちが一斉に剣を上げた。全ての剣先が魔力の線で集まってから四方に広がり、巨大な力場を展開した。
「目標、安息領の筆頭。制圧する」
リドロン卿が剣で筆頭の方を指した。すると筆頭の動きがさらに減速した。
〈軍勢威圧戦線〉は数的優劣を力に変える術式。こちらより数が少ない相手を圧迫して弱体化させる。力の差で押し切るのではなく術式が作り出した法則を強制するため、いくら相手が大物でも少しは効く。
しかし筆頭は『隠された島の主人』の猛攻を耐え抜きながらも余裕で笑っていた。
「へえ。悪くないねぇ」
――神法〈傲慢の独尊〉
巨大な黄金の針が東西南北遠くに一本ずつ突き刺さった。それが境界となって巨大な結界を作った。瞬時に〈軍勢威圧戦線〉の力が弱まり、筆頭の力が再び元に戻った。
感じる気配から見るに〈軍勢威圧戦線〉と反対の力で相殺したようだな。
「えっ、〈軍勢威圧戦線〉をこんなに簡単に無力化するなんて」
かなり上級の術式を騎士団の大戦力が集まって使ったのに簡単に無力化されたのが衝撃だったのか、リディアが大きく動揺した。
しかしリドロン卿は平然としていた。
「敢えて力を使って無力化したということは即ち効果を無視できないということ。ならば突破する方法はあるはずだ」
「同感です」
少なくとも相手は無敵ではない。それを知っただけでも大きな収穫だ。
そのような判断の下、ボクたちはすぐさま次の行動を取った。
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