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もう一つの戦場

「トリア殿。前方、安息領の集団が確認されました。規模は事前観測通りです」


「承知しました。予定通りお願いします」


 太陽騎士団の部隊と共に野原を横切りながら、目で地平線付近を睨み付けた。


 安息領が現れると予想されていた地点。そこに実際に安息領が現れ、奴らの規模が相当大きかった。元々こういう場合は私が同行することになっていたため、合意通り騎士団と共に現場へ向かっている最中だ。


 私との連絡を担当する騎士が少し心配そうな目つきをこちらに向けた。


「大丈夫でしょうか? 第二王子殿下側の戦線が片付いたらすぐにこちらに来たとお聞きしました。あちらに安息八賢人のテシリタが現れたとも聞きましたが」


「問題ありません」


 苦笑いが出た。


 心配してくれるのはわかるけど、私は生物学的に人間の範疇を超越してしまった身。テシリタとの戦闘自体も短かったため、疲労が蓄積される余地もなかった。


「それよりもそろそろ敵陣と遭遇します。騎士団の作戦は?」


「このまま即時奇襲して戦闘に突入します。よろしければトリア殿が先に進入を」


「わかりました」


 すぐさま速度を上げ、騎士団の先頭を追い越す。そして瞬く間に遠距離を横切って安息領を襲撃した。


 ――極拳流〈一点極進〉


 ラスボス化の影響で増幅された力をたっぷり込めて正拳を突き出す。


 凝縮された力が巨大な衝撃波を起こした。先頭にいた奴らは巨大な奇襲に耐えきれず吹き飛ばされた。


 でも私は眉をひそめざるを得なかった。


 思ったより強い。


 普通の雑兵より強いローレースオメガだとしても、この程度の一撃なら一割は吹き飛ばしていたはず。なのに今回の奴らは先頭の十数名ほどが吹き飛ばされだけだった。


「突撃!」


 すぐさま私の後を追ってきた騎士団が奴らと衝突するのを見て、疑念は確信に変わった。


 一般的な雑兵より抵抗が強い。それに私の最初の一撃の衝撃波が安息領特有のマントを吹き飛ばしたのだけど、露わになった姿が普段の奴らと違っていた。


 引き締まった肉体と修行者のような装束。超然とした雰囲気と冷静な対応。最近よく見かけるローレースオメガの魔物の特徴もなかった。


「ふっ!」


 軽く手足を伸ばしながら安息領の奴らを倒していった。


 やっぱり予想より強い。私にとってはザコ程度ではあるけど、普通の雑兵なら軽い拳一発で十数人は吹き飛ばせる。そんな私の攻撃を、探りを兼ねた軽い攻撃とはいえ一度くらいは防ぎきる実力を備えていた。


 しかも奴らは普通の雑兵と違って武器を全く使っていなかった。


 ――極拳流〈一点極進〉


 一人の拳が私の顔に向かって殺到した。その拳を正面から掴んで止め、お返しの拳で後ろの奴もろとも吹き飛ばした。


 今の拳を受け止めた時に感じたのは……。


「極拳流を使う安息領なんて初めて見るけど。あんたら何者?」


 問いを投げかけたけど、返ってきたのは冷静に私の気配を探る戦士たちの眼差しだけだった。


 妙だね。


 強さもそうだけど、安息領特有の雰囲気が感じられない。邪毒や魔物の力を扱うこともまったくないし、狂信者特有の熱気もない。


 そんなことを考えていた最中、ふと只事ではない気配を感じて振り返った。


「お主は強いのぅ」


「……あんたは誰?」


 何の前触れも気配もなく私の後ろに接近した者がいた。


 髪の毛と髭を非常に長く伸ばした老人だった。胴回りの大きな幅広いマントを纏っているため体型を知るのは難しかったが、身長が尋常ではないほど高くかなり見上げる必要があった。


 いきなり攻撃しようという気配はないけど、もし奇襲するつもりだったら対処できずに初撃を許していただろう。


 初めて見る老人だ。でも彼が現れると周囲の安息領の奴らが遠慮するように下がるのを見ると関係者であるのは間違いない。おそらく幹部クラスだろうか。


 しかし感じられるものが何もなかった。


 自然なものではなく、不自然なほど静かに沈んだ気配。あまりに落ち着いているため、まるで老人の周囲だけ抉り取ったように魔力が全く感じられなかった。あまりにも過ぎるため、かえって近づいてきた時に気づくほどだったが。


 老人は感情の表れない顔で私を見ながら口を開いた。


「邪魔せんでくれんかのぅ? 儂らにはここでせにゃならん仕事があるのじゃ」


「生憎だけど私の仕事はそれを止めることよ。あんたこそ諦めて引き下がったら? もう長くない老人の最期を早めるのはあまり好きじゃないよ。余生を楽しんでらっしゃい」


 堂々とした挑発で応じながらも、内心では老人の行動を警戒し続ける。


 幹部クラスなら間違いなく強敵。今の私なら中下位幹部程度なら雑兵とあまり変わらない感じで殲滅可能だけど、この老人をそんな並の輩と同じように扱ってはいけないという直感があった。


 まるで久しぶりに過去の傭兵時代の戦場に立ったかのように、ぴりぴりとした緊張が血管を駆け巡り筋肉を満たした。


 老人はあくまで超然と声を発した。


「すまんが、それは無理じゃな。儂にも任された仕事というものがあってのぅ」


「その仕事ってのは何だ?」


「それは言えんのじゃ。そういう約束じゃからのぅ」


 老人はそう言うと口を閉ざし、じっと立っていた。まるで私の返事を待っているかのように。


 ……ふむ。


「別にやる気がないみたいだけど」


「正直あまり興味がそそりはせんのぅ。一応は安息領に身を置いておるとはいえ、こういう対外活動は元々儂の仕事じゃなかったからのぅ」


「じゃあ帰って元々やってた仕事でもしてなさいよ。わざわざ永眠を早めないで」


 素っ気なく言い放ち、背を向けた。


 もちろん油断などではない。わざと隙を見せて老人の行動を誘うためだ。受け止めるために魔力と筋肉を緊張させたまま。


 しかし老人はフッフッと笑うだけだった。


「お主こそ儂を全力で阻止せんと困ることになるぞ」


「ごめんだけど、ボケて戦場に紛れ込んでくるジジイを一々相手にする時間はない」


「ふむ? ……おお、そうか。そういえば儂が誰かお主は知らんのじゃな。すまんすまん、外の人間と接するのが久しぶりで礼儀を忘れておったわい」


 私は顔だけ向けて老人に視線を向けた。正体不明の相手が自ら名乗ってくれるなら有難いことだ。


 老人はゆっくりと自分の名を明かした。


「安息八賢人序列五位、サリオン・アルバラインと申す」

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