公爵たちの結論
「無駄な時間の浪費はもう良い。そろそろ本題に入るぞ」
「その前にひとつ聞きたいんだけど」
旦那様は組んだ手を口の前に立て、フィリスノヴァ公爵をじっと見つめた。これまで穏やかだった眼差しが一瞬で沈み、冷たく鋭い視線がフィリスノヴァ公爵を貫いた。
フィリスノヴァ公爵は片眉を上げるだけで反応した。
「何だ?」
「なぜ会談を要請したんだ? もう力でこの国の秩序を変えようと反乱まで起こしたんじゃなかった?」
「あの時すでに言ったはずだ」
フィリスノヴァ公爵はごく当然といった態度で鼻で笑った。
「共通の敵を前にして力を無駄にするのは下策だ。安息領の奴らは昔から気に入らなかったぞ。奴らが只ならぬことを企んでいるようでな。優先順位が高そうだから、まずは協力しようというわけだ」
「安息領が何をしているかはどうやって知ったんだ?」
安息領の活動が活発になってからはしばらく経つけれど、本格的に全国的な騒動を起こしたのは最近だ。具体的には前回の反乱の時でフィリスノヴァ公爵が封印された後だ。
公爵は封印から解放されるとすぐにピエリと戦った。二週間ほどピエリとの戦いに没頭し、終わるとすぐに会談を要請したのだから、安息領の最近の動向を知っているはずがない。
まさか彼の『支配』は封印されていても情報を得られる能力なのか――と考えたころ、公爵が何でもないように言った。
「ピエリを見て思っただけだ」
「ピエリを? どうして?」
「奴は強かったな。だがこのわしに及ぶ奴ではなかった。引退する時もせいぜい万夫長レベルだったぞ。アカデミーの教師をしていた時も力が大きく成長したわけではない。安息領だと判明した後の活動や戦闘記録を見てもそれは明らかだ」
間違いではないね。
端的に言えば、ピエリは強かったけれどそれだけだった。現場を離れた今の私にも及ばないほどにね。
客観的には万夫長級も規格外の化け物だけれど、団長級には及ばない程度の存在。大英雄と呼ばれたピエリも実際はその程度の存在だった。
ましてやフィリスノヴァ公爵は団長級すら超越した存在。正直に言えば、他の騎士団長たちが全員力を合わせて挑んでもフィリスノヴァ公爵なら十分に相手できる。
万夫長級だったピエリがハイレースオメガという存在となり常識を超越する力を得て、そのフィリスノヴァ公爵にさえ単身で戦いが成立するほどの力を手に入れた。
確かに気になるはずだね。
「そのピエリをこのわしと対等なレベルまで引き上げた。きっと平凡な手段ではあるまい。もちろんその程度の完成度と性能を量産品のようにばらまくのは不可能だろうが、第二の事例が出ないと断言はできぬ。それにそのレベルの人間兵器を作り出したのなら、きっとそれを使うための何かを準備しているはずだ」
「だからまずはそちらを阻止するのが先決だと?」
「このわしにも安息領は邪魔だ。これまではわしが治める領地の奴らを掃討する程度で済ませてやったが、看過できぬレベルの陰謀を企んでいるのなら先頭に立って粉砕する必要があるだろうな」
「意図は理解したよ。でもさ」
旦那様は手の組み方を解き、右手で魔力の映像を描いた。地図だった。
平原を描写した地図と人間の集団の移動を描写したあれは……前回の反乱の時の月光騎士団の移動経路ね。
「反乱の張本人が封印されていて、安息領のこともあってうやむやになったけどさ。前回の件は明らかな反逆なんだ。反逆者と軽々しく手を組むわけにはいかないんだよ」
「余計な心配は無用だ」
公爵は歯を見せて笑った。豪放に見えたり、獣が威嚇しているようにも見えた。
「わしの進撃に終わりなどありはせぬ。安息領の奴らを始末した後はあの時の戦いを再開するぞ」
「……それを今安心しろって言う?」
「安心しろと言った覚えはせぬ。ただ安息領を全て処断するまでは先に手を出さぬという意味だ」
フィリスノヴァ公爵は旦那様が描いた魔力の地図を指差した。
「わしに同行した騎士たちをお前らが皆殺しにしたのか、それとも生け捕りにしたのかは知らぬ。だがお前らの性格なら軽々しく殺しはしなかったはずだ。たとえ殺したとしても、まだ月光騎士団の本隊が健在だということは知っているだろう」
「殺してはいなかったけど、月光騎士団の戦力減少は明白なんだ」
「馬鹿を言う」
フィリスノヴァ公爵は強健な手で自分の胸をドンと叩いた。
「わしが月光騎士団の全力だ。このわしがいるのにどこの誰が月光騎士団の弱体化を論じるというのだ?」
「自信満々なのはいいけど、聞けば聞くほど協力したい気持ちがなくなるんだよ」
旦那様の言葉はもっともだ。事が終わった後に裏切りが確定した相手と協力して、こちらが損でもしたら困るから。
フィリスノヴァ公爵は再び腕を組んで鼻で笑った。
「情報だけ提供せよ。わしと月光騎士団が担当する所は協力なしで処理する。その程度ならお前らにも躊躇う理由はなかろう?」
「それはそうだね。最初からそれが目的だったね?」
「当然だ。最初から情報以外の協力など考えはせぬ。お前らが受け入れる可能性も低い上、わしと月光騎士団には必要でもない。お前なら仕事を終える前にわしの背後を突くのがいかに危険かもよく分かっているだろう」
「……ふむ」
旦那様はどこからか少し変わった形のサイコロを取り出し、手の中で転がした。
そうしていること約一分。フィリスノヴァ公爵が黙って見守る中、旦那様は何かを決めたように頷いた。
「いいだろう。ただし、条件がある」
「言え」
「僕が提供する情報について不平を言わないこと。そして追加で要求しないこと。何をどれだけ提供するかは僕が決める」
「お前にしては穏健な条件だな。狡猾な謀略一つや二つくらいは企んでいるのだろう。まぁ良い、その程度でなければ相手にする面白みもないからな」
フィリスノヴァ公爵は気前よく受け入れると席を立った。文字通り用件は終わったという態度で。
「見送りは不要だ。情報はすぐに送れ、戻り次第騎士団を動かすからな」
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