公爵たちの神経戦
元太陽騎士団長にして現騎士団総本部教育部長として、そしてオステノヴァ公爵夫人として。上層部の会談や重要な席といったものの経験はすでに十分すぎるほどある。
けれどそんな私でさえ、今回の会談はどうしようもなく緊張してしまった。
「場所も時間もお前の要望通りに合わせてやった。それだけの見返りを払う自信はあるのだろうな?」
フィリスノヴァ公爵、パロム・フュリアス・フィリスノヴァ。
ほんの少し前に命を懸けて戦い、個人としては決して越えられない規格外の化け物がテーブルの向こうに座っていたのだから。
表向きには私も平然を装っているけれど、手袋の中の手のひらに汗が滲むのを防ぐことはできなかった。万が一の状況に備えて剣の柄に手を置き続けながらも。
しかし彼の気迫に満ちた視線を受け止める人は私ではなかった。
「合わせてやった、じゃないよ。合わせる以外に方法がなかっただけだろう?」
私とは違い、フィリスノヴァ公爵の気迫を本当に平然と受け流す人は私の愛しい旦那様。ルスタン・マイティ・オステノヴァ公爵。
旦那様が用意した会談の場所であるこの部屋は小さい。外にはもちろん護衛の兵力がいるけれど、少なくとも部屋の中には直接の参加者である私たち三人以外誰もいない。
そんなここで二人の公爵が視線の火花を激しく散らしながら対峙していた。
「久しぶりに会ったらさらに生意気になったな。統治思想がその態度に見合っていればもっと気に入ったものを」
「悪いが僕はそちらのように力で全てを支配して好き勝手に従わせるやり方は嫌いでね。そんなのは子供の遊びでしか使えない方法だよ」
どちらも引く気など毛頭ないことが露骨に表れている態度だった。
そもそも一度も噛み合ったことがないのだから当然だろう。四大公爵家の一角として政治的に衝突することは数え切れないほど多く、そのたびに二つの公爵家は平行線を辿ってきたのだから。政治的な派閥も違うし、何より根本的な思想があまりにも違う。
……いや、正確にはフィリスノヴァ公爵の方が誰とも噛み合わないと言うべきかしら。フィリスノヴァ公爵は圧倒的な個人が全てを司るべきだという主義なのだから。
確かに能力と人格を兼ね備えた不世出の聖君が絶対権力を持てば、かの者の治世の間は絶対的な安定を望めるだろう。
フィリスノヴァ公爵は人格については聖君と呼ぶにはアレだけれど、能力だけは確かだ。実際フィリスノヴァ公爵領の人々は政治的に不満がある人はいても生活、経済、治安といった部分は太平の御代と呼んでも良いほどなのだから。
しかしいくら個人が優れていても結局はいつかは死ぬし、後継者が能力を完全に受け継ぐという保証はない。いくら選別し教育する体制を整えても結局は全てを壊す人間が出てくる可能性があるのだから。
私がそんなことを考えている間も二人の会話は途切れなかった。
「普段通り傲慢なのは構わないけどね。正直自分がどういう立場なのかくらいは分かっているんだろう? だから時間と場所を僕が決めることにも文句なく従ったんじゃないかい?」
「ふん。お前が何を企んでいようと力で叩き潰すくらいは造作にならぬ」
「本気でそう思うならどうぞやってみてよ。実際には不可能だって分かっているだろう?」
旦那様は楽しそうに笑っていた。
普段ならこんな風に酔いしれていたりはしないのに。相手がフィリスノヴァ公爵だからかしら、わざと誇示しようとするかのように優越感を滲ませていた。
「そちらが封印されていた間にすでに全ての準備は終わっているよ。そのつもりだったらピエリと戦っていた時に両方とも始末できたんだからね」
「ほう。このわしを相手に力で優位を宣言したいというのか?」
「まぁ、実際に戦えばこちらも被害は甚大だろうし、戦って得るものもあまりないから起こす気はないけどね。それでも万が一そうなった時の対応方法はすでに用意してある。そちらが封印されている間に全てね。分かっているんじゃない?」
「……お前がそんな奴だということはとうの昔から知っていたがな」
フィリスノヴァ公爵が腕を組むと、傲慢な視線で旦那様を再び睨みつけた。
「お前の準備性と力については認めている。だが力の論理なら互いに言い分が多いだろう。まさかさすがのオステノヴァが力だけの脅しがこのわしに通用すると思ったわけではあるまいな?」
「もちろんそんな低級な考えはしていないよ。ただこの僕を相手に利益を安易に得られるという安直な考えは捨てろと言いたかっただけさ」
「そんな考えは初めからせぬ。認めるのは癪に障るが、テーブル上の戦いならお前に勝てる人間などこの国に存在せぬからな。そのくらいは分かっているぞ」
「いいね。整理されたようだ」
旦那様はニヤリと笑った。
……狡猾なものね。
見た目にはただお互いに引かないと意地を張る幼稚な喧嘩のように見えたけれど、その下に隠された真意はそう単純ではなかった。
フィリスノヴァは一身の武力も、単一公爵家としての力も最強。政治的な意味ではなく物理的な意味で彼に勝てる者はいない。そして実際にその自信が土台となって反逆を起こした。
そんな彼を私たちは物理的に食い止め、ついにこんな席まで設けられるようになった。そんな私たちがこんな主張をするということは、とにかく次も対応が可能だという自信であり……何よりオステノヴァが相手だという点自体がフィリスノヴァ公爵にとっても負担だった。
オステノヴァは研究と戦略の達人。どんな変則的な手段を使うか分からないのに、今回は力まで備えて一度証明してみせた。フィリスノヴァ公爵の立場からも軽々しく動くことはできないのだ。
しかしフィリスノヴァ公爵もまたすでにそれを知っており、彼の力もまだ健在だ。しかも一度通じた手段がまた通用する馬鹿でもない。
百の言葉よりも普段の傲慢さを通じてそれを宣言し、軽々しく力で制圧するという手段を選べないようにする。そしてお互いが持つ力自体がテーブル上の戦いでも一つの根拠であり材料となる。
そんな前提条件を確認するだけの準備段階。それがようやく終わっただけなのだ。
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