宝石の少女の夢
夢……と思った。
理由はなかった。ただ茫然とした頭にそんな考えが浮かんだだけだった。
しかし、ぼやけていた目の前が鮮明になった瞬間、私はその考えが正しかったことに気づいた。
小さな少女がうずくまって泣いていた。ツインテールで結んだ銀髪は汚く乱れており、青い目はすでにかなり前から泣いていてむくんでいた。
小さくて情けないリディア・マスター・アルケンノヴァ。弱くて鈍くてつまらない私の名前だ。
「また……またこんなに……」
何のために泣いているのだろう。思い当たることが多すぎて見当もつかない。
私の能力が誰かを傷つけたのだろうか。命を奪ったのだろうか。夢を壊したのだろうか。
兄様の言う通りだ。私は何かをしようとするたびに人を傷つける。弱くて情けないから人に利用されるばかりで、自分の能力が人を傷つけても見物しかできないバカ。生まれていなかったらよかったのだろう。
――いや、何言ってるの!? 私は人をそんなに傷つけたことはない!
『くはは、それがお前だぜ。役に立たず害悪ばかりの害虫め。大人しく黙って入ろよ』
兄様の声が耳元に留まる。
いつからだったのだろう。利用されるばかりの現実に諦めてしまったのは。兄様の言葉に悲しみさえ感じられず無感覚になってしまったのは。
『また――がそんな格好になった。あの子は何も間違ってないのに』
私のことをコソコソするみんなの声。いつからだったのだろう、私を悪魔のように扱うその視線が真実だと認めてしまったのは。
――あり得ない! みんなとも親しいのよ! 兄様の言葉にもこれ以上振り回されない!
そのすべては、あの子のせいで。
あの子がどんな人なのか、何を望んでいたのかは、まだ分からない。
私が知っているのは、あの子に利用されたことと、あの子の本性に気付かなかった私が愚かだったことだけ。
そう、あの憎らしい■■■こそ…。….
――これは一体何の夢なの? こういうのは嫌だ。■■■が憎らしいとは、……?
そのように泣いていた私に一人の少女が近づいてきた。
輝く金髪と可愛い顔をした子。いつも陽射しの笑顔が光る子。憎らしい■■■の妹というのが信じられないほど優しく、強い子。
「リディアお姉さん!? なんで泣いてるんですか!?」
ああ、やっぱり優しい子だ。自分のことでもないのに、私が泣くのを見ただけで自分も泣きそうな顔になっては。
――この子は誰? 顔が真っ黒で何も見えない。そして、■■■が……■■■が思い出せない。
「言ってください。誰がお姉さんを泣かせたんですか? 私が怒ってあげます!」
「何も……ないです。お構いなく」
「何でもないわけじゃないですか!」
よどみなく私の領域に入ってくる子。最初はむしろ嫌だった。私を放っておかなく勝手に振り回したから。しかし必死に私を笑わせようとするこの子のおかげで、少しでも笑えるようになった。
笑うことができたので、私がどれほど悲惨であるかがよりよく感じられた。
――■■■が、思い出せない。大切な子なのに。大切な友達なのに。どうして?
気がつくと、私はすべてを話していた。
兄様にやられたこと。あの子にやられたこと。私が人を傷つけたこと。
話さないつもりだったのに、なんで話したのかは私にも分からない。しかし、一方では分かってほしいと思った。この子なら私の傷を癒してくれると……私を救ってくれると、そう信じるようになった。
――この子は誰? 私にとって大切な人は■■■だったのに。あの子も、この子も、とても思い出せない。見えない。
「なんで……なんで今になって言ってくれたのですか? 一人でこんなに痛がって! 悲しんで! 抱いてばかりいたんですか!?」
私を叱る声さえも優しかった。
この子はいつも私のために怒っていた。私の悲しみを悲しみ、私の絶望に怒った。あまりにも善良な子。だからこそ迷惑をかけたくなかった。
この子は……私にとって唯一残った大切な人だから。
――違う。この子だけじゃない。ネスティも、■■■もあるの。そして他のみんなも優しいの。なんで分かってくれないの? どうして……■■■が思い出せないの?
この子が■■■と戦うことは望まなかった。
私には憎らしい人だけど、この子には大切な人でもあるから。■■■を憎むのは私一人で十分だ。
しかし、この子は私のそのような願いをバカみたいだと一蹴した。
「悪いことは許せません。間違ったことがあったら罰を受けなければなりません! 私がリディアお姉さんと一緒に行ってあげます!」
――■■■。私の大切な人なの。そしてあの子は■■■の大切な人なの。なのにどうして戦いになるの?
■■■。憎らしい人。ついに私の大切な人が自分の大切な人と戦う姿を見させてくれるね。
――■■■。答えて。私はどうすればいいの?
■■■。答えて。貴方はどうしてそうすべきだったの?
――■■■、なんで返事がないの? どこにあるの?
■■■、貴方はいつも返事をくれなかった。もう貴方を引きずり下ろすよ。
――■■■……。
■■■……。
テリア……。
***
いよいよその日が来た。
来たけれど……いざ当事者であるリディアの状態が朝から良くなかった。
「リディアさん? どうしたんですの? 体の調子が悪いの?」
今日はリディアがディオスと決闘する重要な日だ。しかも、もうすぐ決闘が始まる。ところが、リディアの状態が朝からおかしかった。
気分が悪くはないようだ。体よりは気分の問題なのかしら。まるで会ったばかりの頃のように憂鬱な感じだった。それに私が話しかけてもよく聞くこともできなかった。一体どこに気を取られているのだろう。
「リディアさん?」
「……はいっ!? お呼びですか?」
「六回くらいですわよ。朝からどうしたんですの? 何があったんですの?」
「六回……ごめんなさい。少し気分が悪くて……」
「何かあったんでしたの?」
どういうことなのかは分からないけど、もう時間がないわよ。
すでに決闘場として第一練習場が選ばれており、準備も終わった。私たちは今練習場の外で待っていた。つまり、決闘が始まるのを待つ秒読み状態なのだ。こんな状況で体調不良だなんて、これは笑えないわよ。
リディアは少しためらった後、口を開いた。
「実は……今日悪夢を見ました」
「悪夢? 深刻なことでしたの?」
「えっと……ごめんなさい、詳しいことはよく覚えていません。ただ……」
リディアは私を見上げ、数秒間黙って私の顔をじっと見つめた。
何かしら? 私と関連がある夢だったのかしら?
「あの……ちょっと変な夢でした。確かに今リディアには大切な人が多いですけど、夢では残った人が一人しかいませんでした。そしてすごく憎む人がいて、その人とリディアの大切な人が戦いそうでした」
リディアは話しながらもよく分からない様子だった。しかし、私はそれを聞いた瞬間血の気が引く気がした。
【あれ、まさかゲームシーンなの?】
[そう……かもしれないわ。でもなぜ? リディアは『バルセイ』について知るはずがないのに?]
説明が曖昧で確実ではないけれど、状況を見ればゲームのリディアルートと似ていた。特に主人公のアルカがついに事情を突き止めて〝私〟と立ち向かうことを決意した時を思い出す内容だった。
しかも、こんなことは初めてなので戸惑う。ゲームでは主人公や攻略対象者があんな夢を見たという描写は出たことがなかったから。いったい何の理由であんな夢を見るようになったのか見当もつかない。
……いや、今は夢の内容や真偽を問う時ではない。
「その夢が不吉だからなんですの?」
「えっ? あ、いいえ。というより、なんというか……夢の中で憎んだ人を憎みたくなかったです。リディアがその人を憎んでいること自体が腹が立って、それを止めたかったのに……どうしても言葉が伝わりませんでした。それがひどくもどかしくてイライラして……実はただ夢だと笑い飛ばせばいいんですけど、しきりに頭にくっついて離れないんです。ごめんなさい、今大事な時なのに」
やっぱり分からない。しかし、大体何のために憂鬱なのかは分かった。
私はリディアの手を握りしめながら彼女の目を見合わせた。リディアも憂鬱ではあるけど、恐れのない目で受け入れてくれた。
「大丈夫ですわよ。リディアさんが大切にする人たちはみんなリディアさんを大切にしてくれるじゃないですか。その人もきっとリディアさんが自分を大切に思ってくれることを知っているでしょう。夢のことにあまり悩まないでください」
「そう……ですか?」
「もちろんですわ。もしその人がリディアさんの夢でがっかりしたら、私が代わりに友達として頬を殴ってあげます。たかが悪夢のことでこせこせするな! と言い放ちながらですね」
「……ふふっ。テリアさんはいつも私に元気をくれますね」
よし。完璧ではないけれど、少し元気を取り戻したようだ。
「ありがとう。少しは気持ちがまとまったようです」
「頑張ってね。もう決戦なのですから。今までやってきた通りにやればいいんですわよ」
「行ってきます。リディアを見守ってください」
その言葉を残し、リディアは決闘場の第一練習場に足を踏み入れた。あれくらいの状態なら大きな問題はないだろう。
リディアの夢については私も気になるけれど、それは後で別に調べるつもりだ。どうせすぐに調査する方法もないし、今重要なのは目前に迫った決闘だから。
……よし。私も動いてみようか。




