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テリアの状態

 常にどこかを見つめながら忙しく動くこと。


 八歳の頃からテリアお嬢様の行動パターンは常にそうだった。休息というものが全くなかったとは言えないが、いつも緊張した人生を送ること。それが僕が見てきたテリアお嬢様の道だった。


 ……だからこそ、今のお嬢様の姿は少し見慣れないものだった。


「ふあぁ……ロベル、今日なんだか暖かくない?」


 机に頬をつけたまま伸びていたテリアお嬢様が僕に話しかけた。


「そうですね。最近例年より暖かいという話を聞いたことはあります」


 戸惑い半分、苦笑い半分の気持ちで答えると、テリアお嬢様は相変わらず机に伏せたまま手だけを振って答えた。


 昨日からこんな状態だった。休息をとる時も常に芯の緊張だけは手放さなかったテリアお嬢様らしくなく、昨日から何も考えていないかのように伸びていた。


 常に走り続けてこられたテリアお嬢様がこんなにゆっくり休まれるのは望ましいことではあるが、初めてのことなので心配だった。しかも前世の記憶を思い出されたという八歳以降はもちろん、それ以前も方向性は違えど、元気は常に溢れていた方だから。


「ロベル、貴方もそうやって立っていないで座って休みなさい。仕事もないでしょう?」


「僕の手に書類が握られていますが」


「放っておきなさい。それ急ぐものじゃないでしょう」


 テリアお嬢様は「そもそも私が頼んだものだしね――」とソファーを指さした。座って休めということだろう。


 まぁ、実際お嬢様が何かを指示されたら素早く対応するために近くに立っていただけだ。今のような状態なら座っていても構わないだろう。書類を見て処理するのはソファーに座ったままでも可能だし。


 僕は座って書類をパラパラとめくり、テリアお嬢様は机の上で器用にごろごろしながら時々僕を見た。


 そんな時間が三十分ほど続いただろうか。突然テリアお嬢様がゆっくりと起き上がった。


「お嬢様? 必要なものがあれば……」


「ううん、いいの。そのまま続けて」


 テリアお嬢様が何かを直接されるのは珍しくもない。特に僕が何かをしているときはなおさらだ。もう慣れたので、特に疑問もなく再び書類に視線を落とした。


 テリアお嬢様の気配が僕の横まで近づいてソファーに座られたときまでは特に反応しなかったが、突然脚に重みを感じたときは驚いて下を見下ろした。


 目で確認するとさらに驚かざるを得なかった。


「お、お嬢様!?」


 テリアお嬢様が僕の脚を枕にして横になられたのだ。簡単に言えば突然膝枕状態になったのだ。


 お嬢様の時々ある奇行にも慣れたが、こんなのは初めてだった。


 しかしお嬢様は半分眠っているような顔でゆったりと力を抜いているだけだった。


「お嬢様。こんな質問をしたくはありませんでしたが……何かあったのでしょうか?」


「え? 何が?」


「昨日から何も考えずにごろごろしているような感じがして」


 あまりにも露骨な質問だっただろうか。


 そんな心配をしたが、お嬢様はゆったりと笑った。


「まぁ……いろいろあってね。今できることは全て終わったから」


「やることがないなら剣と魔力を鍛錬されるのがお嬢様ではないですか?」


「なによ。普段はもう少し休めって言うくせに、いざ休んでいたら不満なの?」


「いえ、不満ではなく……」


 言葉に詰まって少し躊躇した。するとお嬢様は穏やかに笑うと目を閉じた。すぐにすやすやと寝息が漏れ始めた。相変わらず僕の膝を枕にして横になったままで。


 少し恥ずかしかったが、かといってお嬢様を起こす勇気はなかったのでやむを得ずじっとしているしかなかった。結局その状態で脚の重みをなるべく気にしないようにしながら書類に目を通すようにした。


 しばらくそうしていると、部屋のドアが開いて別の人が入ってきた。そちらを見るとアルカお嬢様だった。


「アルカお嬢様、おはようございます。申し訳ありません。今立ち上がれない状況ですので」


「あ、ロベルね。大丈夫よ。格式張る必要ないって、いつも言ってるでしょ」


「いつも申し上げている通り、立場上仕方のない部分がありまして」


 アルカお嬢様はいつものように優しく微笑んだ。


 しかしその顔に少し影が差していた。


「アルカお嬢様。もしかして何かありましたか?」


「ん? あ……大丈夫よ。最近ちょっと疲れてるだけ」


 ……そういう問題ではなさそうだけど。


 言葉には出さなかったが、アルカお嬢様の顔を見ながらそう思った。


 アルカお嬢様が暗い表情を見せるのは初めてではないが、普通はお嬢様の言葉通り疲れていたり体調が悪かったりする場合が多かった。いつも前向きで希望に満ちた方だから。


 なのに今は何だか……普段とは違う感じの暗さだった。


「……アルカ。うまくいってる?」


 そのとき目を閉じて寝息を立てていたテリアお嬢様が聞こえるように話された。お嬢様の目がゆっくりと開き、視線がアルカお嬢様に向けられた。


 アルカお嬢様は向かいのソファーに座ってため息をついた。


「うまくいってます。……たぶん?」


「なによ、自信ないじゃない。大丈夫なの?」


 テリアお嬢様が言われた。……相変わらず膝枕をしたままで。


 アルカお嬢様は頬を膨らませながら可愛らしくテリアお嬢様を睨んだ。


「お姉様が大事なことを教えてくれないからでしょ。なんですよ、本当に。準備はしろって言うくせに肝心の最終目標が何なのかは教えてくれないし」


「あはは……ごめんね」


 テリアお嬢様が苦笑いをした。しかし普段ならすぐに笑顔になるアルカお嬢様が今日に限って簡単に機嫌を直してくれなかった。


 テリアお嬢様は察するところがあるかのように苦笑いをした。

申し訳ございません。

本日二回の更新を予定しておりましたが、支障が生じてしまい、叶わなくなってしまいました。

本日予定していた二回の更新は来週の週末に延期せざるを得なくなりました。誠に申し訳ございません。

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