突発状況
「くっ……!?」
瞬く間に全身が燃え上がった。
騎士団万夫長出身にしてハイレースオメガの力まで手に入れた今の私でさえ全身が燃え上がるほどの破壊力だった。〈無限の一匹〉を維持している余裕などなく、全ての魔力を防御と再生に回さねばならなかった。
せめてもの幸いは、フィリスノヴァ公爵も同じ状況だということだろうか。
「ぐっ」
奴もまた防御に集中しながら魔力の砲火に耐えていた。
しかし魔力の砲火は防御を突き破り容赦なく肉身を蹂躙した。
私にも公爵にも完全な封鎖が不可能なほどの威力とは。普通の個人の術式ではない。
魔力の流れがおぼろげながら記憶にある。
「くっ……魔道兵団、か……!?」
魔道兵団の大規模戦略術式。その中でもこれほどの威力ならば最低でも兵団の四分の一以上の兵力が必要だ。それに一日や二日で準備できる規模ではない。
「ぐああああ……!」
魔力の砲火は数分も続き……ようやく収まった時、私は耐えきれずに片膝をついた。
死にはしなかった。しかし激しい魔力の奔流が全身を焼き尽くし、特に左腕はほぼ消滅寸前のぼろぼろ状態だった。ハイレースオメガになる前の私ならもう死んでいただろう。
フィリスノヴァ公爵は両足で立っていたが、外見上の体の状態は私と大差なかった。
今の私にもかなりの重傷ではあるが、死に至るほどの致命傷ではない。それに負傷で弱っているのは公爵も同じだ。
絶好の機会になるかもしれない状況で情けなく固まっているわけにはいかない――そう思って体を起こしたが、きちんと突撃する前にまたも魔力が光った。
光る魔力の輪が私と公爵をそれぞれ囲んだ。
「これは!?」
すぐにそれが何であるかを察知し、切り裂いて破壊しようとしたが、ダメージのせいで体の反応が遅れた。
その間に輪が体をしっかりと締め付けた。
「くっ!? 離せ……!」
輪を中心に術式が展開された。瞬く間に魔力が周囲を取り囲み、空間を強制的に収縮させるのが感じられた。
これは――。
***
「閣下! ピエリ・ラダスの封印が完了しました!」
「ご苦労」
魔道兵団将校の報告を聞きながら、ひとまずは胸をなでおろした。
テリアの父として、そしてこの国の一角を治めるオステノヴァ公爵として、テリアが言うラスボスという存在を黙認するわけにはいかない。
しかし彼らを討伐するのは困難な作業だった。
全盛期の力なら一人で大陸さえ沈められるという空前絶後の化け物たち。個人どころか集団の力でも対処が極めて困難な彼らを相手に、公爵家の勢力と魔道兵団の力を全て合わせても被害なく防ぎきるのは不可能だった。
いや、被害なしどころか、そもそも防ぎきること自体が相当に困難なことだ。
せめて合計六人というラスボスのうち二人は全盛期よりはるかに弱い状態で降臨し、テリアが対処してくれた。ディオスは一応全盛期に近いと聞いたが、本人が未熟だったためリディア嬢の奮闘でなんとか対応できた。
だがピエリ・ラダスとフィリスノヴァ公爵は違う。
そもそもフィリスノヴァ公爵は百年前から際限なく強くなり続けている怪物で、ピエリ・ラダスもラスボス化自体を防ぐのでなければ無条件で最上の覚醒を遂げる存在。
彼らを相手にしてどうすれば被害を最低限に抑えられるか。それが僕とテリアの悩みだったし、一つの成果が今目の前にあった。
ピエリの恨みを利用して二人をぶつけさせようというのはテリアの提案で、なかなかの名案だった。そこに加えて激しい戦いで二人が消耗したときに戦略術式で莫大な被害を与え、封印術式で封印するのが僕の作戦だった。
戦略術式と封印術式の媒体はフィリスノヴァ公爵を投下したときに使った封印の宝石。激しい戦いの中でも巻き込まれず地中深くで保護されるよう細心の注意を払って調整し、狙い通りに役割を果たしてくれた。
しかし彼らの戦いが二週間以上も続くのは想定外だった。しかもそれだけ長く戦ってもまだまだ余力が多く残っていたのだから、僕がどれほど呆れたかは言うまでもないだろう。
正直ピエリ・ラダスが大技を準備しているのを見て隙を狙うことにしただけだ。うまくいかなければ作戦を変更しなければならなかったかもしれない。
それでも成功したのだからよかっ……。
[今頃作戦成功を静かに自賛しているのだろう。そうではないか? ルスタン]
「!?」
突然の声に顔を上げて片方のスクリーンを見た。
血まみれになりながらも相変わらず両足で踏ん張って立っている男。フィリスノヴァ公爵の姿が見えた。
封印されずに。
「どうして平然と立っているんだ?」
[愚問ぞ。同じ手に二度も引っかかるとでも思ったか? 他でもないこのわしが?]
「……聞いてみれば確かにそうだね。僕らしくないミスをしたよ」
あの二人の状況を見続けながら、他のところにも常に神経を使って指示を出し続けていた。疲れが溜まって当然見ておくべきものを見落としたようだ。
「僕が見ていることをどうやって知ったのか聞きたいところだけど……探知能力も化け物のみたいだから、その程度は簡単に分かったんだろうな?」
[探知などする必要もないぞ。お前ならそうするだろうとわかりきっているからな]
「む……むぅ」
ちっ、否定できないな。
しかし一方でフィリスノヴァ公爵がなぜあれほど落ち着いているのか疑問だ。あいつなら反撃を試みるなり暴れ出すなりするはずなのに。
しかしフィリスノヴァ公爵は淡々と言った。
[互いに合わぬ部分は多いが、お前もこのわしもこの国の公爵だ。このわしを封印し続けられぬことくらいはお前にもわかっているはずだ]
「……まぁね」
[話でもしたいものだ。ピエリの奴があのような状態になったのを見れば安息領の奴らも只事ならぬことを企んでいるようだ。まずは公爵として行動するときのようだからな]
突然の提案だったが、戦わずに済むならばそれに越したことはない。
「いいだろう。会談の日取りを決めよう」
その結果がどうなるか確信はできないが……そんなのはもともと僕の専門分野だ。
望む結果を導き出すのは他のことより簡単なことだ。
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