安息領が狙うもの
「はあ? 何を言ってんだよ?」
「我々は既に我々の目的を達成した」
そう言う俺様の横でベルトラムが「こいつまた始まったか」と言わんばかりの表情で俺様を見ていた。
「既に我々は目的を達成した。貴様ら騎士団は既に任務に失敗したも同然だ。後退するだけの我々を討伐するために万夫長を消耗するリスクを負うのが騎士団のやり方なのか?」
安息領と騎士団の戦いということであれば、今我々は敗走する立場だ。だが望むものを成し遂げたかという観点からすれば全く違う。
我々はここに来た目的を全て達成した。たとえこの場で我々が全滅したとしても、我々が成し遂げたものは崩れない。
我々の力で騎士団の部隊まで殲滅できればこれ以上のことはないが、今の戦力では正直言って大きな被害を被って敗北する確率が高い。本来の目的を達成した今、あえてそんなことをする必要はない。それゆえに我々は素早く後退を選択したのだ。
そんな意味を含んだ言葉だったが、万夫長は何を言っているのかというように鼻で笑った。
「てめぇらを逃がせば、また別の所で事を起こすだろう。それに最高幹部である安息八賢人をここで生け捕りにするか殺害できりゃあ十分な功績じゃねぇか。むしろ村一つなんて餌に差し出してでも取りてぇほどの首だぜ、てめぇらは」
万夫長は軽い態度で「もちろん実際に無辜の村を餌に差し出すつもりはねぇけどな」と言いながらも、鋭い眼差しで俺様とベルトラムを真っすぐ見据えた。
俺様の雨の中でも迷わず正確にこちらを見抜くとは。並の目ではないな。さすがに万夫長ともなれば、この程度では視界を封鎖できないということか。
「そもそもこんな当たり前ぇのことを知らずに聞いたわけじゃねぇだろ。目的は何だ、時間稼ぎか? 何をしようとしてんだ?」
万夫長は相変わらず軽い態度で尋ねた。
時間稼ぎだと見抜いていながらもなお飛びかかってこないとは、妙だな。軽率に飛びかかってこないというより、あちらも会話に応じて合わせてきているという印象を受ける。
奴は何を狙っているのだ?
「俺様の方こそ聞きたいところだ。時間稼ぎだと思うのなら、さっさと飛びかかるのが正解ではないのか? 何を狙っている?」
「ハッ。……ああ、やっぱこんなんじゃ俺には合わねぇな」
万夫長は後頭部を掻きながらゆっくりと足を動かした。
ゆっくりだが確実にこちらに歩み寄る動きに俺様とベルトラムも武器を構えて警戒したが、万夫長はそうしながらも口を動かし続けた。
「こっちの参謀のお嬢ちゃんが話したことがあってな。可能なりゃ安息八賢人から情報を引き出したかったが、やっぱ慣れねぇことはするもんじゃねぇ」
「参謀? テリア・マイティ・オステノヴァのことか?」
「おい」
万夫長の声に少しだけ怒った色が混じった。
「テリア嬢が有能で素晴らしいお嬢ちゃんだってことは認めるがなぁ。俺たち騎士団が公爵令嬢一人の言葉だけを聞いて動く無能だと思うなよ。役に立つのは事実だが、あのお嬢ちゃんの言葉にだけ振り回されたりはしねぇ」
「ではどの者のことを言っているのだ?」
「貴様らの目的が何なのか教えてくれりゃあ、こっちも話せるんだぜ?」
俺様が鼻で笑い返すと、万夫長はフッと笑った。別に期待はしていなかったというように。
だが次の瞬間、鋭い眼光が豪雨を貫いて俺様を射抜いた。
「てめぇら何か大きなやつ企んでるんだろ? あちこちで暴れ回ってんのは最近も変わらんが、様相が変わったように見えるんだぜ?」
「我々は我々の理想のために尽力するのみだ。貴様らには理解できずとも、我々のすることは変わらん」
「理想が一つだっても、進む道は一つじゃねぇ。まぁいいさ」
万夫長が剣を振りながら笑った。俺様とベルトラムは魔力を高めながら攻撃に備えた。
次の声は我々の後ろから聞こえた。
「叩きのめして、ゆっくり聞こうじゃねぇか」
その瞬間、俺様は既に水槍を後ろに回して斬撃を防いでいた。
「ぐぅっ……!」
「くっ」
黄緑色の炎が形成した巨大な刃だった。
俺様とベルトラムが同時に武器を立てて防御したが、むしろ我々の方が威力に押し戻された。俺様の雨が炎の刃を猛烈に叩きつけて魔力を奪おうとしたが、猛烈に燃え上がる炎が俺様の雨さえも蒸発させた。
「おお。直接触れなけりゃあこの厄介な雨の効果も効かねぇな?」
万夫長が剣を大きく振るった。
周辺一帯が灼熱し、膨大な熱気が結界のように広がった。廃墟と化した村を焼き尽くすどころか溶かしてしまうほどの熱気が周囲を支配した。そうなると雨は一帯に入ってくることすらできなくなった。
「……俺様の雨は平凡な火や熱気には負けぬものだがな。化け物じみた力だ」
「そうは言っても、あまり困っていねぇ様子だぜ?」
万夫長は軽く言いながら飛びかかってきた。
俺様は前に出ながらベルトラムに念話を送った。
[作戦変更だ。お前は行って部下たちと合流しろ。部下たちを追跡する騎士団を振り切ってくれ。そして筆頭が指示された次の作戦を遂行しろ]
[爾は?]
[ここで全力で奴を食い止める。十分な時間を稼いだ後に逃げるとしよう]
伝えるべきことだけ伝えた後、すぐさま全力で魔力を開放した。ベルトラムなら俺様の意図を理解してすぐに行動するだろうという信頼があった。
――『水源世界』侵食技〈水源世界〉
俺様の世界に万夫長を引き込む。
奴の熱気は相変わらず暴力的だったが、〈水源世界〉は俺様の法則を強要する世界。奴の炎が相変わらず雨を払い除けようと強い力を発揮していたが、この中であれば根源封鎖までは受けない。
わずかだが雨に濡れた万夫長が舌打ちした。
「ちっ、世界権能は相変わらず面倒くせぇな」
「面倒くさいというのは軽すぎる評価だな。もっと重くしてやろう」
挑戦を受け入れるように笑う万夫長に、俺様もまた好戦的な微笑みを返した。
そして同時に突進した我々の炎剣と水槍がぶつかり合った。
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