どこかの安息領
――自在水芸〈雨媒衝〉
手に握った水槍を真っすぐに突き出す。その軌道を延長するかのように、遠く離れた場所で雨粒が集まって作られた槍先が敵兵を貫いた。
「素早く後退しろ。後方は俺様が引き受けてやる」
「タールマメイン様! 私どもも……!」
「お前らの力では役に立たん。だから余計な口出しはせずに後退しろ」
部下たちを後退させながら、俺様自身はさらに前へと進む。
天に穴でも開いたかのように降り注ぐ雨の中でも、俺様の目は敵の規模と正体を正確に見抜いていた。そもそもこの雨自体が俺様の能力である以上当然だ。
雨の向こうの光景もよく見える。
バルメリア王国の外郭。都市と呼ぶには小さく、村落と呼ぶにはやや大きな規模の集落だ。俺様と俺様の部下たちが暴れ回って徹底的に破壊され、廃墟のように変わり果てていた。
もちろんこんな表面的な破壊は無意味だ。我々の本当の目的はこの破壊に隠れており、その目的は着実に達成した。残るは引き下がるのみ。
しかしその引き下がることが問題だった。
「安息八賢人タールマメイン・エルベルナ。よくもやってくれたなぁ」
豪雨の向こうから話しかけてくる者は若い騎士だった。
いや、若いのは外見だけだ。感じ取れる魔力も貫禄も、彼の周りにいる騎士や兵士たちとは格が違った。そしてそもそもあの騎士の実力は先ほど俺様の目でしっかりと見た。
「騎士団の万夫長という者がこんな所に来るとは、暇なのか?」
「安息八賢人ともなれば、こっちも千夫長以下では対応が不可能でねぇ。光栄に思えよ、万夫長が直接出向くなんてよっぽどのことじゃなきゃないんだからな」
かの者はそう言うと周りの騎士たちに命令を下した。彼らはそれぞれ散開して俺様の横を通り過ぎていった。
しかし俺様はただ万夫長を睨みつけながらじっと立っているしかなかった。
どうせ万夫長だけをこの場に縛り付けておけば、残りの連中は通過させても大した問題にはならない。部下たちの一部は制圧されるだろうが、全滅するほどの戦力ではない。一帯を支配する俺様の雨の力で部下たちは強くなり騎士団は弱体化するのだからなおさらだ。
だが他のすべての兵力を食い止めても、万夫長一人を通過させた瞬間に俺様の部下たちは全滅を免れない。
しかも万夫長は騎士団でも団長級に次ぐ絶対戦力。俺様も覚悟して臨まなければならないほどの相手だ。
「そういえばピエリ卿も騎士団にいた頃は万夫長だったな。ピエリ卿を相手にする心構えで臨まねばなるまい」
「裏切り者のピエリか。現役時代も万夫長の中でも特に強かったって聞いたぜ。昔のエースと比べてくれるのは光栄だな。その期待に応えられるかどうかはわからねぇが――」
万夫長はずっと腰に差したままだった剣を抜いた。
その直後、奴は俺様の目の前で剣を振るっていた。
「全力で応えてやるぜ!」
魔力が凝縮された水槍でその斬撃を受け止めた。
「くっ……!」
最初の一撃を受け止めた瞬間、その重さに押されて膝をつきそうになった。
足に力を入れて踏ん張りながら、地面に溜まった水を操って三つの水槍を発射させた。万夫長は未練なく後ろに下がった。そして撒き散らすように横に振るわれた剣から黄緑色の炎が勢いよく立ち上がった。
「ふむ!」
――自在水芸〈無限閃〉
槍を振るって特殊な水を撒き散らした。その水を媒介に無数の水の槍と剣が生まれた。
水の軍勢と黄緑色の炎が正面衝突し、水蒸気が激しく噴き出した。俺様の雨と〈無限閃〉の水の軍勢が黄緑色の炎の力を次々と奪っていったが、炎はまるで自ら成長しながら暴れる生き物のように突進して俺様に迫ってきた。
水槍を回転させて対応しようとしたが、その前に横から別の魔力が割り込んできた。
――『冬天』専用技〈退化の冬矢〉
巨大な氷の矢が黄緑色の炎に直撃した。すると瞬く間に膨れ上がった氷が炎を阻んだ。氷だけでは炎に勝つ力が足りなかったが、俺様の雨が秘めた魔力と水の質量が合わさってさらに巨大化した氷が炎と拮抗した。
同時に俺様は水槍を横に振るった。そちらから俺様を奇襲しようとした万夫長の剣と水槍が再び衝突した。
「これに気づくとはやるじゃねぇか」
「そんな初歩的な奇襲にやられてくれると思ったのか?」
「いや」
万夫長は涼しげに答えながら左手を剣から離した。しかし巨大な魔力が俺様と力比べをしながら俺様を押さえつけ、その間に万夫長は左手を後ろに向けた。
そちらから飛んできた巨大な氷の剣が左手の魔力と衝突して火花を散らした。
万夫長はそちらを見てニヤリと笑った。
「安息八賢人ベルトラム・ライナス。やれやれ、今日はずいぶん大物が豊作じゃねぇか」
「余裕を見せているな。いくら爾が大したものだとしても、安息八賢人二人を相手に万夫長如きが余裕を見せられると思うのか?」
ベルトラムだった。
今回の作戦は最初から俺様とベルトラムが一緒に投入されたもの。それだけ今回の作戦の重要度が高いということでもあった。そのため騎士団もめったに動かない万夫長を送り出したのだろう。
しかし万夫長一人では安息八賢人二人を同時に相手にすることはできない。
「やれやれ、これは少し危険だな」
万夫長は後ろに下がりながらも余裕を見せるように言ったが、奴の表情にはさっきより緊張感があった。
ベルトラムは俺様の横に着地した。
「助力に感謝する。苦戦するところだったぞ」
「部下たちを全て送り出して一人で相手をするとは、爾らしくないな」
「万夫長が相手なら中途半端な部下たちはただ消耗されるだけだ。そしてお前がいるからな」
「信じられても困るが」
短く言葉を交わす我々を、万夫長は遠くから剣を構えながら見つめていた。
怯えた……わけは勿論ない。我々の状態を窺っているのだろう。
我々も軽々しく動くことはできなかった。有利だとはいえ騎士団の万夫長はそれだけの戦力。軽率な行動を取って隙を見せれば一瞬で仕留められかねない。
今はまず相手のミスを誘うのがいい――そう判断して口を開いた。
「今更我々と戦うことに何の意味がある?」
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