テシリタの不満
これではいけない――そう思いながらも、どうしようもなく足取りに力と感情が込められた。
「ひぃっ!?」
周りを通り過ぎる奴らが怯えて縮こまったが、配慮する余裕もなかった。元々そんな雑魚どもなど配慮したことはないが、今日は特に。
敬愛する御方への不満を吐露するという大事件に比べれば、どこで死のうが知ったことではない有象無象の反応など気にする価値もない。
「バリジタ様!」
目的地である部屋のドアを破壊せんばかりに開け放ち、オレが敬愛してやまない〝あの御方〟の御名を力強く叫ぶ。
バリジタ様は無礼に踏み込んできたオレを見て苦笑いを浮かべた。
「やあ、テシリタ。キミがワタシの名前をそんなに大きく呼んだのは何年ぶりだね?」
「無礼をお詫び申し上げます。ですが今回ばかりは理由を知りたくてやむを得ませんでした」
バリジタ様は「やっぱりこうなったね」とつぶやかれ、フードに手をかけた。いつも顔と姿を隠していたフードが後ろに下ろされ、認識妨害の魔法が解除されるとバリジタ様の本来の姿が現れた。
金糸のように眩しく輝く金髪と赤い瞳を持つ妙齢の美人。オレが男だったら一目惚れしてしまうほど美しい御方だった。いや、あの御顔を初めて拝見したときは同じ女性であるにもかかわらずドキドキしたものだ。
しかし長く尖った耳が中間から上に直角に曲がっており、姿とともに現れた只ならぬ魔力こそがこの御方が人間ではないことを証明していた。
普段ならあの美貌と魔力を一通り称賛したはずのオレだったが、今だけはとてもそんな気分ではなかった。
「なぜオレを退かせたのですか?」
「危なかったからね」
「納得がいきません!」
感情の込もった拳で目の前のテーブルを叩き下ろした。力はほとんど入れていないのに、テーブルが床ごと砕けた。
バリジタ様は手振り一つで砕けたものを修復しながら、一方では穏やかな眼差しをオレに向けられた。
「予想はついているけど一応聞くよ。何が不満?」
「奴らの成長は確かに目を見張るものです。特に奴らの中心であるテリアは他の安息八賢人にも単独で勝利できる大戦力だということは認めます。ですがあの場で全力を尽くせばオレが勝っていたはずです。オレにはそれだけの力があります」
「そうね」
「それなのにオレが危険だという理由で退却を命じられたことが納得できません。以前もそうでしたでしょう?」
「何が?」
バリジタ様は本当に分からないというように首を傾げられた。
あれが本心かどうかは分からないが、どうせ関係ない。これからオレが突き付けるのだから。
「奴らがオレの工場を襲撃したときのことです。あのとき奴らは今よりもっと弱かった。あのときオレが本気で出れば奴らをその場で殲滅できたはずです。そして奴らはバリジタ様の邪魔者なのですから、あのとき除去しておけば今後のことがもっと順調になったはずです」
あのときオレが本気を出さなかったのは奴らに本気を出す必要がなかったからでもあったが、バリジタ様の警告があったからだった。絶対に奴らを殺すなという。
最後には怒りで理性が飛んで本気で殺す気を抱いたが、そのときにはすでに奴らが逃げる準備を終えてしまった後で結局逃がしてしまった。
いくら奴らがオレよりずっと弱いとはいえ、れっきとしたバリジタ様の目的を妨害する者たち。バリジタ様の命令がなければ最初から全力で奴らを排除していただろう。
それなのに理解できない命令で殺せず、今回は奴らの一部を殺して除去できる機会だったにもかかわらず退却を命じられた。だから納得がいかないのだ。
「バリジタ様。お答えください。なぜ奴らを生かしておくのですか? 計画に変更があったということは聞きましたが、無理に奴らを生かしておかなければならないほど重要なのですか?」
「それもあるけど、本当はちょっと違うよ。キミが問題なんだ」
「なぜですか? オレはバリジタ様の弟子。奴らを殺せるだけの力は備えています。今の奴らでも全力を尽くせば可能です。たとえ不可能だとしても、バリジタ様のためならば喜んでこの命を捧げて燃やし尽くすことができます」
「キミはワタシが死ねと言えばそのまま死ぬ子ね」
「そうです!」
自信を持って胸を張った。
バリジタ様のためなら何でもできる。他人の生命と権利など幾らでも踏みにじることができるし、部下だって幾らでも使い捨てにできる。たとえオレ自身だとしても喜んで切り捨てるだろう。
それをアピールするつもりだったが、バリジタ様はむしろ子供を叱るような厳しい顔になった。
「だからよ」
「はい?」
「キミはワタシの言葉なら何でも従う。テリアたちがワタシの邪魔だから排除しようとする気持ちは分かる。キミの力ならあの子たちを除去できるでしょう。でも今のあの子たちならキミも命を懸けなければならないはずよ」
「バリジタ様のためにこの命を使えるのなら光栄なことです」
「いいえ。何を守ったか、何を成し遂げたかに関係なく。その代償が命ならそれは犬死によ。キミにテリアたちを排除しろと命令すれば、キミは命を捨ててでもそれを成し遂げるでしょう。……他の奴らの命を道具として消耗するのは躊躇わないけど、キミまでそうするのはワタシが望んでいることじゃないよ」
首を傾げた。
反射的な行動だった。バリジタ様の言葉が理解できなかったから。
言葉の意味が理解できなかったわけではない。むしろ理解したからこそ、ますます理解できなかった。
「オレを宥めようと嘘をおっしゃっても無駄です」
「本当だけど?」
「バリジタ様はすべてを使用し消耗される御方。唯一の弟子であるオレも貴方の道具に過ぎません。いつでも使い捨てにできる。そのような存在にそんな嘘をおっしゃってまで宥めようとされるのは光栄なのですが、オレは貴方様がどのような御方か知った上で貴方に仕える身です。配慮は必要ありません」
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