赤い宝石
「リリリリディアお嬢様!! 大丈夫ですか!? どこか怪我をしたところはありませんか!?」
結界に戻ったリディアにネスティが飛びついた。むやみに抱きしめたせいでリディアについた魔物の血がネスティにもついたけど、ネスティはそれを気にする状況ではないようだった。
「大丈夫よネスティ。何の傷もないの」
まぁ、あるはずがない。私がこっそりかけておいた防御結界が意味がないほど上手に戦ったから。魔物に怖がらなかったし。
戦いについてこっそり尋ねると、リディアは照れくさそうな顔で微笑んだ。
「その……魔物より兄様の方がもっと怖かったですから」
……ディオス、いったい何をしたのよあんた。
とにかく私も念のため魔力でリディアの状態を点検してみたけれど、魔力がかなり減ったこと以外は問題がなかった。しかもリディアが使った武器……その中でも魔物と直接ぶつかる剣さえも無傷だった。練習用の剣よりずっと丈夫な物ではあるけれど、これほど綺麗だということはそれだけ武器保護にも魔力を使ったという意味だ。
一方、リディアはそれなりに満足そうに目を輝かせた。
「とても有益な経験でした。確かに果てしなく押し寄せる魔物を相手に戦い続けるのもいい方法ですね。何度か危険な瞬間に対処する方法を練習することもできました」
「よく合ってよかったですの。それよりリディアさん、しばらく私と話をしますの?」
「はい? あ、はい。私は構いません」
「ありがとう。ロベル、トリア。ちょっと基地の奥の部屋を使うわ。ネスティ、リディアさん借りますわよ」
「いってらっしゃい」
「私は後片付けをします」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってください、テリア様!?」
それぞれ反応する使用人たちに手振りで挨拶し、私はリディアを基地の中へ連れて行った。
一応邸宅がベースなので基本的な構造は基地というよりは貴族邸宅に近いが、明らかに他の用途に用意された部屋もあった。 私はリディアを拡張結界の部屋に連れて行った.
「ここは……うわ」
「ふふ、素敵でしょう?」
普通にドアを開けて入ってきただけなのに、そこに広がるのは広い空と大地だった。果てなんか見えないし、背後にまるで空中で開かれたかのように突然開いているドアさえなかったら、瞬間移動でもしたのかと錯覚するほどだ。
「室内にこんな空間を用意するなんて、本当にすごいです」
「空間制御の魔力を応用した結界で内部空間を拡張して変形させたんです。訓練や模擬戦に役立ちますわ」
「そう見えます。もし私と手合わせをするために呼んだんですの?」
「それもありますけど、その前にお話をちょっとしたいんですの」
「……?」
リディアは首をかしげた。
それもあり得る。ただ話をするなら、あえてここまで連れてくる必要はないから。今から話すことも、別に必ず守らなければならない秘密のようなものではなくて。
ただ、他の問題のためここでないと困る。
「リディアさん、どんどん良くなっていますわね」
「えっ? 本当ですの?」
「はい。萎縮するのも少なくなり、技術もどんどん発展しています。さっきも戦いながらリアルタイムで剣術が安定化するのを感じたんですの」
「ありがとう。テリアさんのおかげです」
そろそろ本論を出そうとしたけれど、その前にリディアが先に私に近づいてきた。何だろうと思って待っていたら、彼女は胸に手を入れて何かを取り出した。そして私に差し出した。
受け取ってからそれが何かを確認した私は目を丸くした。
それは大きくて綺麗な赤いルビーだった。鮮やかな色と美しく光を反射する表面、そして精巧に細工された模様。全体的な形は単純な円だったけれど、非常に精密な多面体を成した表面がまるで万華鏡のようだった。
唖然としてリディアを見ると、彼女は恥ずかしそうに笑っていた。
「テリアさんにあまりにも多くのものをもらいましたから恩返ししたいです。恩返しだからといってこんなものしかあげられなくてごめんなさい。もちろんこれで終わりではありません。いつかリディアがテリアさんを助けることができれば、必ず手伝います」
リディアが話していたけれど、正直全然耳に入らなかった。
赤い宝石。とても美しいけど、その中に眠っている莫大な魔力を感じてみればそれが単なる宝石ではないということくらいは明らかに見えた。それに握っているだけでも体が暖かくなる気がした。
〝永遠に、私に貴方のすべてを任せなさい〟
リディアが編入する前に見た夢がよみがえった。
ゲームの様子。不安に震えていた小さな少女と、彼女を柔らかい毒に落としていた私。少女の心を操り利用してエゴを満たした残酷な悪魔。
冷や汗が滝のように流れ落ちる。ゲームのあらゆる場面が頭を蹂躙し、リディアが泣き出す姿と多くの人が怪我をして悲鳴を上げる姿が何度も目の前にちらついた。
そしてその後にはいつも傷ついた人々をあざ笑う私の姿が――。
「……ごめんなさい、リディアさん」
気がつくと、私はそう言って宝石をリディアの手に握らせていた。
「え? テリアさん?」
「本当に申し訳ありません、リディアさん。私はこれを受け取ることができません。」
吐き気がしそうだ。リディアでもないし、その宝石でもないし……すべてを台無しにしてしまったゲームの私へ。
宝石は私がリディアの心を引き裂いた象徴のようだった。もちろん今の私はそんなことをするつもりなど微塵もないけれど、その宝石を見るだけでもゲームで私がしたことが思い出しそうだ。
その嫌な姿は……私には手に負えない。
しかし、私の表情を見たリディアはむしろ自分がもっと悲しい顔をした。
「テリアさん!? ごめんなさい! リディアが何か悪いことをしたんですの!?」
「いいえ、リディアさんには何の過ちもありません。すべては私のせいですの」
「テリアさん?」
「私は……」
勝手に動こうとする舌を抑え、口をこじ開けた。
前世の話をリディアにすることはできない。それに言っても、たかがゲームの話を今の自分自身に代入する姿がおかしいかもしれない。
「テリアさん? 大丈夫ですの? どうしましたか。」
「ごめんなさい、ちょっと他のことを思い出して。それだけですわ」
「でも表情が悪く見えますよ」
「本当に大丈夫ですの。心配してくれてありがとうございます」
リディアの手から手を引いた。するとリディアはすぐに宝石を私に返そうとした。そのため、再び彼女の手を握るしかなかった。
「リディアさん、それは大切な人にあげてください」
「テリアさんも大切な人ですもの」
ありがたい言葉だが、私は首を横に振るしかなかった。
「本当にありがとうございます。でも後でもっと大切な人が現れるでしょ。リディアさんのために献身し、リディアさんと心を分かち合える……そんな人にあげてください」
すでにリディアはトラウマから少しずつ抜け出しているので、ゲームのように劇的な関係は成り立たないかもしれない。しかし、アルカとはすでに親交を深めており、別の縁が生じるかもしれない。もっと大切な人なんていくらでもできるだろう。
しかし、私の話を聞いたリディアはなぜか眉をひそめた。
「テリアさん、リディア怒ってもいいですよね?」
「えっ?」
「いや、許可はもらいません。怒りを許してもらうバカはいないですからね」
あれ? 急にどうしたんだろう?
リディアは混乱している私の鼻に指差した。柔らかい指が私の鼻先にそっと触れた。
「テリアさんでしょ」
「はい?」
「リディアのために献身し、リディアに多くのものを与え、リディアと友達になってくれた人。リディアのために怒ってくれて、ネスティを救ってくれて、何度もリディアにできると励ましてくれた人。テリアさんでしょ」
「でも……」
「そんなテリアさんより大切な人なんていません。できるようにさせません。一生返しても足りない恩人がもっと増えるなんて、負担になってダメです。そんな恩をまた受けなければならないほどひどい人になりたくないです」
「私の言うことはそういう意味ではありません」
「テリアさんの言葉の意味なんて知ったことじゃないですよ!!」
リディアは突然叫びた。そして私の手をつかんで、無理やり伸ばして宝石を手に入れさせられた。
「リ、リディアさん……」
「何が怖いんですの?」
「わ、私は……」
「さっきのテリアさんの表情、尋常ではありませんでした。特に話してほしいということではありません。その代わり、これだけ確実にしてください。リディアの心が負担になりますの?」
「それは絶対に違います!」
「それなら結構です。リディアはテリアさんが大好きで、テリアさんがしてくれたことがとてもありがたくて、これをあげたんですの。ですからテリアさんはこれを見るたびにリディアの笑顔を覚えてください。リディアが今言っていることを、今まで言ってきたことを覚えてください。一人で怖くて震えていたリディアにテリアさんが何度も手を伸ばしてくれたことを覚えてください。リディアを変えてくれた人がテリアさんだという事実に誇りを持ってください」
そしてリディアは今までで最も明るく微笑んだ。まるで太陽のような微笑だった。胸が温かくなるこの感じがリディアの笑顔のおかげなのか、それとも手にした赤い宝石の魔力のおかげなのか分からない。
だけど……目の前にちらついていたリディアの悲しみと怒りが、ますます上塗りされていく気がした。
生徒たちに囲まれて恥ずかしがっていたリディア。自分にできることに恥ずかしがっていたリディア。ネスティを救えるという希望に目を輝かせていたリディア。ネスティが治療されて涙を流したリディア。ディオスに立ち向かい、ドロイの蛮行に怒ったリディア……。
そう思って宝石を眺めると、その中からリディアの太陽のような微笑が見えるような錯覚がした。
「……ありがとう、リディアさん」
ここまで言うから一応は受け入れておこうか。リディアが誠心誠意準備したものを勝手に断るのも礼儀ではないから。
「ふふ、やっと普段の顔が戻ってきましたね」
「私の普段の顔はどうですの?」
「秘密です」
少しムカつく。
しかし、嬉しそうに笑って私の手を握ってくれるリディアを見ると、そんな些細な悔しさなんてどうでも構わないという気がした。
……この人生を得て以来初めて、家族や使用人以外の人に心をもらったという実感が湧いて、涙が出そうだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
よくやったよリディア! とか、テリアの態度が怪しい! とか、とにかく面白い! とお考えでしたら!
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