テリアの呼び出し
「お姉様が?」
「はい。アルカお嬢様をお連れするように言われました」
ロベルの言葉に私は首をかしげた。
お姉様がこんな風に私を呼び出したことはなかった。お姉様は普通、私と話すことがあれば直接対面するとか魔力でテレパシーを送るとか、一応直接話す方だったから。こんな些細なことでロベルに指示を下すのが好きじゃない方だった。
私が何に疑問を感じたのか気づいたように、ロベルが苦笑いした。
「今お忙しいからです。できるだけ早くアルカお嬢様に伝えたいことがあるとおっしゃいました」
「わかった。お姉様が必要なものだっておっしゃったのなら、きっとそういうことでしょ」
お姉様の行動に意味がないことはない。
とんでもない信念かも知れないけれど、私はそう確信してすぐにお姉様の部屋に向かった。
入ってみると紙とペンが飛び回っていた。八本のペンがそれぞれ紙に文字を書いていた。そしてお姉様自身も手にペンを持って何かを書いていた。
お姉様はドアが開く音を聞いて顔を上げた。
「来たの? ごめんね、やることが多くて」
「大丈夫です。それよりどうしたんですか? 何か記録されているようですけど……お忙しいのであれば、私には後で話してくださってもいいですよ」
「貴方とも関係あることだから」
「私とですか?」
お姉様に近づいた。するとお姉様は傍に置いた書類を私に渡してくれた。すでに作成を終え、綴じておいた書類だった。
「これは?」
「今『バルセイ』についての情報をできるだけ詳しく書いていたの」
「まだこれだけ残ってるんですか?」
少し本気で驚いた。
安息領が『バルセイ』の事件を早めているという話は聞いた。それで実質的にはすでに中盤を過ぎたと言っていたけれど……まだこれくらい残ってるってこと?
お姉様は私の表情を見てそっと笑った。
「DLCもあるの。えっと……DLCっては、本編が終わった後に追加で出たストーリーって思えばいいの。それに本編でもまだ重要なことが残ってるし」
「そうなんですね。騎士団や父上にお伝えする情報ですか?」
「そういうわけよ。私たちに必要なものもあるし」
私にくれたものは私に必要だということかな。
私は受け取った書類をのぞいてみた。たった三ページの書類だった。
……でも見るやいなや疑問がさらに生じるだけだった。
「魔力で隠されているようですよ?」
「ええ。封印しておいたんだ」
「封印ですか? どうして? 私に教えてくださるんじゃなかったんですか?」
些細な内容のいくつかは今でも見えた。安息領の活動より私がどのように強くなるべきか、私に何が可能なのかを知らせることに近かった。
本来なら直接私を訓練させながら教えてくれるような内容だったけれど、最近は安息領が暴れていて忙しいからこのように整理してくれたのだろう。
ところで、なぜ一部の内容を封印しておいたのかな?
「今見てはいけないことがあるの」
「どうしてですか? お姉様のことだから理由があると思いますけど……」
「うーん……できるだけ元の流れに沿って行かなきゃ、から?」
理解が出来なくて首をかしげた。するとお姉様は苦笑いし、ペンを手放した。魔力で動いているペンたちは相変わらずだったけど。
「簡単に言えば、封印された内容は隠しルートの最も重要な部分に対するものよ」
「もしかしてラスボスのことなんですか?」
『バルセイ』の各ルートのラスボス。他のルートのラスボスについては説明を聞いたことがあるけど、隠しルートについてだけは教えてくれなかった。
何だっけ、あの時も何か似たようなことを言われた気がするんだけど……?
お姉様はニッコリ笑って、立ち上がって私の頭を撫でてくれた。
「覚えているようだね。隠しルートのラスボスについては言ってくれなかったわ。それも同じ理由だったの」
「教えてくださらなかったのがもっと大事だってことですか?」
「ええ。隠しルートについては……できるだけ元の流れに沿って行かなきゃならないから」
お姉様は何かを考えるように少し視線を上げた。そうするうちにため息をついた。
「私もあれこれ考えてみたけれど……隠しルートのラスボスだけは仕方がなかったわ。他のラスボスたちはそれなりに対処法を構想することができたけれど、隠しルートだけはそれがことができなかったの」
「それで『バルセイ』のストーリーをできるだけ追う形で攻略するってことですよね?」
「そうよ」
お姉様は私が偉いって言うようにもう一度頭を撫でてくれた。
しかし私は眉をひそめることに耐えられなかった。
……確かに他の理由がある。
お姉様の言葉の意味は分かる。元のストーリーの流れにできる限りついていくためには先入観を与えないということだろう。
でもすでにお姉様は周りの多くのことを変えてきた。今さら情報を統制するくらいで〝元の流れ〟ってのがそんなに便利に帰ってくるわけじゃないもの。
それにただそれだけのためなら、情報を教えるものの頼みを付け加えればよい。もしそうできないのが何か悲劇的なことがあるからなら……お姉様がそんな理由で悲劇を見なかったふりをするはずがない。
私の表情を見て心の内を察したのだろう。お姉様が苦笑いをしながら頬に指を当てた。
お姉様としては珍しいジェスチャーだけど、多分困っているということを表現しているのかな。
「やっぱりこれだけで納得してくれないのかしら?」
「私もそんなにバカじゃないんですよ。……まぁ、とにかくお姉様のお望み通りするつもりですけど」
「え? 大丈夫?」
「お姉様のことですから。きっと何か理由があるでしょう。私はお姉様を信じています」
心をこめて笑ってくれた。するとお姉様は驚いたように目を丸くして、嬉しそうに笑って私が持っている書類をそっと握った。
「この封印は必要な時に自然に解けるわ。隠しルートのラスボスについても……そして貴方が何をするべきかも時がくればわかることになる。封印されていない内容も関連があるものだから、それを読んで準備をあらかじめしておけばいいわ」
「わかりました。ただ一つだけ教えてください」
「私に教えてあげられることなら」
真剣な気持ちでお姉様の目を見つめると、お姉様も真面目な目で視線を返してくれた。
相変わらずお姉様は私が一番信じられる人だ――その確信をもっと確実にするために、私は必要なことを口にした。
「この書類に書かれた方法って、もしかしてお姉様だけ苦労するのじゃないでしょう?」
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