スタートライン
「はっ!」
夜。
アカデミーの練習場で一人で剣を振り回しながら、私は今日のいろいろをもう一度反芻した。
「ふっ!」
テリアさんがネスティを助けてくれると言ったときは驚いた。少し不安な気持ちもあった。もしかしたら私を利用して本邸に侵入して何かをしようとするのじゃないかと疑ったりもした。
しかし、テリアさんがこれまで見せてくれた姿を信じた。いや、信じたかった。それにあえて本邸に何かをしようと潜入する必要もないし……皮肉なことに、私自身には騙して何かをする価値さえないという考えのため、下心がいないと信じることができた。
「はあっ!」
走って、飛び上がって、斬って、突く。テリアさんやアルカさんと手合わせをした時を思い出しながら、もしその時積極的に隙を狙ったり攻勢をかけたらどうだったかを想像してみる。
以前までの私なら想像もできなかった行為。だけど……今はその程度は必ずしなければならないという気持ちがある。
……兄様。
いつも私には価値がないと、死んだように生きていくのがアルケンノヴァのための道だと……そんなことを言われた。
実際、兄妹の中で一番優れていたのは兄様だった。私自身は父上の愛を受けただけ。何もしたことがなかったので疑いなく信じた。むしろ私のようなものにも生きていく機会を与えてくれるって感謝の気持ちさえあった。幼心で兄様の意図を疑ってみようとは思わなかった。
……本当に、バカみたい。
私に過ちがあったとしても、ネスティには何の過ちがあるの?
使用人の話を一つ一つ聞いたけど、ネスティが大きな過ちを犯したり、兄様に無礼を犯したという話はなかった。
もし私にとって本当に価値がなかったら、あえて私に多くの非難をする必要があったのかしら? あえて私ぶずっと手出しをする理由があったのかしら?
これまで疑いなく受け入れてきた非難と暴力……それらすべてが見え直した。
混乱する。今までの信頼が揺れたこともあるけれど、何よりも……私の中にこんな熱い怒りがあるということが、本当に適応できない。
一人で怒りを抑えるように剣を振り回して振り回した。そうしながらただ私がどうすべきだったのかだけを考え続けた。私の感知範囲内にいつも私をぶる震わせた魔力が入ってきたことを感じたけれど、今はそんなことなどどうでも構わないという気さえする。
まぁ、相手が私をそう思わないはずだけどね。
「何だ。こんな夜中になぜ先客がいるかと思ったら、うちの無能な小人娘がいたんだなぁ?」
私と同じ銀髪碧眼で、私とはあまりにも違う表情をする人。いつも私を押さえつけてきた兄様だ。夜なのに依然として取り巻きたちを連れているのが母アヒルのようだ。
顔を見るだけで萎縮して、思わず目を伏せた。やっぱり簡単にこの人を越えられるとは思わない。
しかし……以前ほど怖くはなかった。
「形に決闘準備をすると練習でもするのかよ? ったく、どうせできないことになぁぜ時間を無駄にするのかよ? そんな時間にいっそそのオステノヴァのコムスメにへつらってみろよ。くはは!」
……あえてテリアさんを。
前は考えられなかったけど、今考えてみると呆れちゃう。いくら公爵家の後継者だとしても、他の公爵家の後継者にこのような無礼な言動を日常的にすることが知られれば大変なことになるということを知らないの? それとも何とかなるとうぬぼれているの?
どちらにしても可哀そうな人だ。いろんな意味で。
「は? 何を睨むのかよ?」
考えが顔にあらわれたようだ。いつの間にか兄様の顔をまっすぐに見つめていたようだ。兄様は不愉快そうに顔をゆがめて手を上げた。
「いつものように目を伏せていろ。俺にまでその弱さが付きそうじゃないか」
そのまま振り回される手。普段ならすごく萎縮して痛みに備えたはずだけど、これ以上こんなに遅すぎる手出しにやられるつもりはない。
私の手は正確に兄様の手首をつかんだ。
「ほぉ? この……」
兄様の目が不愉快そうに歪んだ。以前はあんなに怖がっていた表情なのに、今は……いや、今も怖い。しかし、それ以上に不快だと思う自分があった。
微笑みが浅はかだと、言葉が醜悪だと。そんな考えができるということ自体が思ったより気持ちが良かった。
「兄様」
兄様の言葉を切り、その目を睨む。
「ネスティは治りました」
「は? また何の……」
「あの子が邪毒病にかかったのは兄様のせいだったのですね」
兄様は一瞬眉をひそめたけれど、嘘だと思ったのか再び嘲笑を取り戻した。
「怖すぎて狂っちゃったのかよ? つまらない妄想を……」
「これ、兄様のですよね?」
胸から魔道具を取り出した。ネスティを邪毒病に陥れたその魔道具だった。それを兄様に見せると、兄様の表情に困惑が浮かんだ。
「なんでお前がそれを……!」
「兄様がこの魔道具を試していて誤って邪毒が発射され、そこにネスティが当たったでしょ」
「……!」
その時になってようやく状況を把握したのか、兄様の口元が歪んだ。でもまだ言い逃れをするつもりのようだった。
「何の戯言を言われたのか分からないが、俺を陥れたって無駄だぜ。お前なんかの話は誰も……」
「申し訳ありませんが、兄様の言葉に振り回されるつもりはもうありません。そして兄様が今までしたことはすべて父上に申し上げます」
「は! お前の言うことに証拠なんて何も……」
「本邸の使用人たちの証言は確保しました。そして証拠があるものは証拠まで全て押収しました。まさかリディアがこの魔道具だけで押し立てるほどバカだと思いますの?」
「くっ……ふざけるな! あいつらがお前なんかの言うことを大人しく聞くはずが……」
「あ、心配なく。その人たちを説得したのはリディアじゃなくテリアさんですから」
なんとかもがこうとする姿が少しおかしい。
……私はこんな人に今までぶる震えて生きてきたんだ。
「テリアだと? それは……」
「それ知ってますの? テリアさんは高位浄化能力を持っています。それでネスティも治療しました。そしてオステノヴァの情報力を動員して兄様の蛮行を調査しました。使用人たちと交渉までしてくれました。証拠? まさかオステノヴァの前で兄様なんかが情報戦で相手になると思っているのではないですよね?」
「この生意気な奴が……!」
兄様は歯ぎしりをして手に魔力を集めた。鋼鉄の槍ができて私の顔に飛んできた。
さっきの手出しとは比べ物にならないほど速い。私はすぐに剣を振り回して槍を弾き出したけど、かなり重い一撃だった。衝撃で数歩押し出された上、体がブルブルした。
いや、この震えは衝撃によるものじゃない。
「ふ……くくっ、怖くてブルブルしているくせに、よくも口をペラペラしたなぁ?」
……悔しいけどその通りだ。兄様に怒ったとしても、私の人生の半分以上私を押さえつけてきた人に対する恐怖がそれほど簡単に消えるはずがない。
本邸での仕事を終えて別れる時、テリアさんが私に言った。「リディアさんはやっとスタートラインに立ったんですのよ」と。その通り、私はただ〝兄様に対抗する〟という行為を始めたばかりで、すべてを振り払ったわけではない。
しかし、私の意志でスタートラインに立った以上、退くつもりは毛頭ない。
「そういう兄様は何を恐れているのですの?」
「何だと?」
兄様の表情が急激に固まった。
あれ。ただ少し挑発するつもりだったのに、思ったより反応が劇的だね。一度続けてみようか?
まだ震える口元を無理やり動かして微笑んだ。
「父上に兄様の行いが明らかになるのが怖いですの? それとも勢いよく決闘を求めておいて負けるのが怖いですの? どちらにしても、兄様が今まで築いてきたものを維持することはできませんね」
「お前……俺を脅すのか?」
「勘違いしないでください。父上に申し上げることはすでに決定された事項です。ちなみに、もう一部始終をまとめた手紙をお送りしましたし、申し上げるというのはただ具体的な説明に過ぎません。テリアさんがオステノヴァの人を動かしてくれたので、今頃は父上が手紙を読んでいらっしゃるのではないでしょうか?」
「貴様、何を……! いや、違う……」
兄様はかっとなるのを抑えながら微笑んだ。でも口元が少し震えるのが、やっぱり無理をしているようだった。
「こんなに早くすべてを処理したはずがない。そもそも貴様がオステノヴァの女と本邸を訪れたなら、俺にも報告が……」
「あ、本邸に行ったのは今日の昼のことです。テリアさんがオステノヴァの最新移動手段を貸してくれたんですの。すごく早かったですわね」
「……!」
兄様は歯ぎしりをして、また槍を突き出した。相変わらず早くて重い一撃だった。剣を振り回すことには成功したけれど、今回も衝撃で押し出された。
そんな私の姿を見た兄様は少し安心したようだった。
「はぁ、結局そうだぜ。いくら貴様がもがいても、アルケンノヴァの名誉を受け継ぐのは俺だぜ。狩りも武芸も足りない貴様がその場を占めることは永遠にない!」
「特に名誉や爵位なんてどうでもいいですけど……」
可愛そうな人。自ら名誉のないことを日常的にしながら、ただ家柄を受け継ぐだけで全てが解決されると思うのかしら。
「そんな欲のためにネスティをそんなさまにして、テリアさんまで侮辱して……! 兄様の劣等感に人を巻き込まないで!!」
思わず声を張り上げて飛びかかった。振り回した剣自体はやすく防がれたけれど、今度は兄様が私の力と魔力に押されて数歩退いた。
瞬間、魔力が漂い、恐ろしい悪寒がした。
「……貴様が」




