プロローグ 目覚めたトリア
目が覚めた。
知らない天井……と言うのは意味がないだろう。見覚えがあるかどうかを判断する前に、何の模様もなくただ真っ白な天井だったから。
頭痛はないが妙に頭が重い。
「ここは……」
言ってから少し驚いた。喉がすごくかれてるね。長く寝てしまったのだろうかな。
「起きましたか?」
声が聞こえたので首だけを横に向けた。
天井と同じように白い壁と簡単な道具が見えた。そしてその前に中年男性が一人立っていた。
「……どなたですか?」
「医者です。急に申し訳ないのですが、自分自身が誰なのか覚えていますか?」
「トリア・ルベンティス」
簡単に名前だけで答えてからふと疑問を感じた。
私が誰であり、何をしていた人であり、私にとって大切な人たちが誰なのかはきちんと覚えている。私がどんな人生を送ったのかも。
しかし、急にこんな所に横になっていて医者が傍にいるという状況だなんて。こうなった理由だけは分からないけど。
「……え?」
思わず頭に手をつけようと右手を上げ、突然の現象に思わず目を奪われた。
やっと私が覆っている布団が奇妙なほど膨らんでいることに気づいた。特に右腕の方が。ちょうど私が上げようとした手も右手であり、その動作に従って布団が急激に上に上がった。
その途中で布団が滑って床に落ちた。
「こ、れは……」
右腕がおかしくなった。
私の身長よりもっと長くて太さも尋常でない上に、関節が異常に多いし全体的な形も歪んだ。到底正常とは言えない格好だった。
「くッ!?」
それを認識すると頭痛がした。反射的に左手で頭を抱え込もうとしたが、今度はその左手の姿が目に入った。
右腕のように巨大化して奇形的な姿になったわけではないが、人間のものではない甲殻が皮膚の上に生えていた。
これは一体……。
『ここでするすべてのことは目的のための手段であるだけだけど……どうせなら悲劇が大きくなればなるほどいいんだよ』
あっ!?
「お嬢様!」
反射的に大声を上げて体を起こした。
思い出した。安息領に捕まったこと。レースキメラの因子を大量に注入されたこと。邪毒獣の破片まで混入されたこと。そして暴走したことまで。
暴走した間の記憶は曖昧で破片化していたが、ぼんやりとした記憶の中でテリアお嬢様や奥様へと攻撃を向けたことはようやく思い出した。
「お嬢様は!? ッ、その……」
「直接確認してください。すでに目覚めたと連絡をしましたのですぐいらっしゃると思います」
急ぐ気持ちで医者に質問を投げかけようとしたが、彼は慈しみ深く笑ってベッドの下に退いた。
彼の足が止まると同時に部屋のドアが開いた。
「トリア!」
美しく輝く白銀の髪の毛が波のような風になって私の胸に飛び込んだ。
「起きたんだ。よかったわ。私が誰だか覚えてる?」
「もちろんです、テリアお嬢様。私がお嬢様のことを忘れるなんてありえません」
私の首をぎゅっと抱きしめていたお嬢様が身を引いた。そして私の頬を両手で包み込み顔をのぞき込んだ。
少し戸惑って恥ずかしくもあったが、お嬢様の表情が必死だったので黙っていた。
「調子はどう?」
「……よく分かりません。とりあえずこの格好ですから」
このような醜い姿をお嬢様に見せたくはないけど、すでに暴走した時にいっぱい見せてしまった。それに、こんなに走って来て心配してくれるほど私のことを考えてくれるお嬢様に、こんな格好を見せたくないから出て行ってくださいと言うことはできなかった。
お嬢様は私の自嘲を覆い隠そうとするかのように力強く笑った。
「大丈夫よ。生きていれば他のことは何とかなるんだもの。見た目は少しずつ摘出すればいいと思う」
「私の暴走を止めてくださったのはやっぱりお嬢様ですよね?」
「私一人じゃなかったの。一緒に努力した結果。まだ融合していない因子を摘出しただけで、すでに融合したものは取り除けなかったけれど……」
お嬢様は私の奇怪な腕を見て眉をひそめた。
お嬢様の性格なら責任でも感じるのだろうか。お嬢様の過ちは何一つないのに。
その上、見た目を心配する必要もない。
「大丈夫です」
しばらく目をつぶって精神を集中した。自分自身の内面を覗くために。
人間の肉体に様々な因子が入り混じって、もはや人間とは呼び難い格好になった肉体。でも入り混じったものはそれぞれのものとして認識された。
「ふっ」
表に現れた因子を中に入れ、見せるための要素だけを取捨選択する。この場合は本来の『人間トリア』の肉体を。
目が覚める前に感覚的にわかった。体が元に戻ったということを。外見だけは。
「これは……」
「そもそも『融合』は肉体に融合した因子を自由にコントロールすることができます。体細胞はすでに変質していますが、本来の人間の肉体を飾る程度なら問題ありません」
お嬢様も〝飾る〟という言葉の意味を理解したようだ。残念そうに私を眺めているのを見ると。
人間の姿はもはや私の素顔ではなくなった。というより本来の姿という概念自体がなくなってしまった。
人間だった肉体と混入した魔物の因子。そのすべてが今の〝私〟の一部になり、外見などその中から選択することになった。
まだ慣れていないが、感覚的にはもう自分の状態やどうやって力を使うべきか理解している。
そういうこともお嬢様にお話をして安心させてあげたいけど、その前にしなければならない話がある。
お嬢様にも単純な慰めよりは仕事に集中するのがもっと効果的だろう。
「お嬢様。聞いていただきたいことがあります」
お嬢様の顔がすぐに真剣になった。
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