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出迎え

 ラグナス平原。バルメリア王国北部のフィリスノヴァ公爵領と王都タラス・メリアを結ぶ最速の道。


 そこに一人で立ち、フィリスノヴァ公爵領の方をずっと見つめていた。


「そろそろ来るわね」


 来るべきものが来たという感想と同時に、少し複雑な気持ちもあった。


 テリアの母としてあの子を疑うつもりはない。娘を疑う必要がないということがありがたいほど、あの子の歩みはまっすぐだから。


 けれど、だからといってあの子が神なのではない。すべてを正しく知ることはできない。だから今回だけはテリアが勘違いしたものであることを願ったけれど、旦那様の調査結果は無情なほどあの子の予想通りだった。


「そういえば」


 ふと腰につけた双剣へと視線を落とした。


『これは母上のとても大切なものじゃないですか。まだ私が受け取るには早いと思います』


 テリアがアカデミーに入学した当時に言った言葉だった。


 その時あの子にプレゼントとしてこの双剣をあげようとしたけれど、テリアはそう言って遠慮していた。


 あの子の言う通りこれは私にとってとても大切な物だ。けれど、だからこそ愛する娘にあげるに値すると思っていた。もちろん残念な気持ちはあったし、だからあの子が私のそのような心を配慮して遠慮したのだと思っていた。


 でも今考えてみると……ひょっとしたらあの子はその時すでにこんな瞬間を予見していたかも知れない。この反乱は『バルセイ』でも起こったことだそうだし、原因がテリアの言う通りなら間違いなく現実でも発生するだろうから。今のように。


「怖い子になったわね」


 娘の記憶と判断への敬意を込めて苦笑いをしている間、野原の端から近づいてくる何かが見えた。まだ遠いけれど私の視力と特性なら、これくらいの距離でも顔にあるほくろ一つまで識別できる。


 おそらくあれがフィリスノヴァ公爵軍の本隊。数は四千人ぐらいかしら。旦那様が衛星魔道具で見た通りだ。残りの兵力はそれぞれ他の役割があるだろう。


 後ろを振り向いて、誰もいないことをもう一度確認した後、私はゆっくりと歩き始めた。




 ***




 フィリスノヴァ公爵軍本隊、総勢四千人。その人数の騎士全員が魔道バイクを全速力で駆っていた。


 魔道バイクは魔力で浮上する円盤型魔道具を車輪の代わりに使って低空飛行が可能な乗り物だ。騎士の乗り物が馬からこれに変わったのはずいぶん前のことだが、この驚異的な速さには今でも時々感心する。


 その時、部下たちの報告が上がってきた。


「万夫長! 人です!」


「敵か? 人数は?」


「正体は明確ではありません。騎士団服を着て簡単な武装をしていますが、人数は一人だけです」


「一人?」


 部下の報告に眉をひそめた。


 このバルメリアの騎士団部隊を相手にたった一人など、普通は狂気の沙汰だ。


 しかし相手が同じバルメリアの騎士なら事情が違う。この私さえも、団長以外この場にいる部隊員全員と今すぐ戦えと言えば戦う自信がある。騎士が一人で軍勢の前に立ちはだかるなら、本当にそれができる存在かもしれないという疑いから先行すべきだ。


 だが、残念ながら私の部下の中でそのような判断ができるほどの年輪がある奴がいなかった。


「万夫長! 先頭部隊が突撃するということを伝えてきました!」


「はぁ!? 待て! 待てと伝えろ! 相手がどんな者なのか把握さえせず突撃したらどうするんだ!」


「はいッ!? あ、はい! 分かりました! 先行部隊に伝達……!」


 命令を下す一方、自分の目で直接前方を睨んだ。


 団長の指示で今私は部隊の後方にいるため、原野向こうの相手が見えなかった。なのでバイクの高度を上げてまず視界を確保した後、目に魔力を集中して向こうの相手を確認した。


 そう、見た。


 白髪に近い銀髪の長い髪。右の紫色の瞳と左の青い瞳のオッドアイ。息をのむほど美しく気品のある顔立ちと、それにちょっと似合わないすらりとした背丈。


 あんな容貌の女はこの国にたった二人だけであり――ただ一瞬も忘れたことのない顔だった。




 ――〝全滅〟




「止まれ!!」


 全身全霊の魔力を喉に込め、平原全体に響く怒号を放った。


 部下を通して伝えると遅れる。今すぐ全軍の進撃を止めなければならない。そうでなければ確実に全滅するだろうと、確信以上の予感が私を行動させた。


 だが、すでに女は剣を――いや、〝死〟を抜いていた。




 ――天空流〈月光蔓延〉




 ()()このすべてを飲み込んだ。


「うおおおぉぉぉおお!」


 その正体は一つの巨大な閃光に見えるほど細かく濃密な斬撃の乱舞。全身全霊の斬撃で対応したが、自分自身をやっと守るだけで限界だった。


 いや、もし相手が私を斬ることに集中していたら、防御は不可能だっただろう。


 そして閃光が消えた時、目に入ったのは凄惨な光景だった。


「ぐあぁぁ……!」


「こ、これはいったい……」


 ……全滅だった。


 誰も死んではいない。魔道バイクも転覆しただけで、斬撃で破損したものは一台もなかった。


 だが騎士全員の手足がきれいに切断されており、切り口には再生を妨害する魔力が残留していた。私より後ろにいた騎士まで全部。


 この大人数をあっという間にピンポイントで無力化する力。やはり〝あの人〟だと、恐怖と共に確信した。


「……ふーん」


「!?」


 すぐ後ろから聞こえた声に驚いて振り向くと、女性がいつの間にかそこにいた。


 彼女は私のことなど一瞥もせず自分の剣を見下ろしていた。


「約八秒。ひどく錆びたわね」


「……!」


 それがどういう意味なのかは聞かなくても分かった。


 四千人の騎士を無力化するのに約八秒。その時間が〝錆びた〟というのか。


 だが納得した。あの女なら十分にそう言えるから。


「で? 続けるつもりかしら?」


 冷ややかな目がやっと私を見た。


 私は反射的にひざまずいた。


 そして口にした。騎士団の皆が、顔と名前を知らなくても存在は知らないはずがないその名前を。


「貴方が……なぜここにいらっしゃるのでしょうか。ベティスティア・マスター・アルケンノヴァ先代太陽騎士団長殿」

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