過魂症
その瞬間、振り向く動作の勢いがすごすぎて風圧が起きたような錯覚がした。
でもそれさえ気にならないほど、私のすべてがイシリンに向けた。
「イシリン。これが何の病気か知ってるの?」
「私の故郷で珍しくない病気だったわ。ありふれていると言うほどじゃなかったけれど、治療法もかなり発達していたし」
「治療できるの!?」
思わず声を上げながらイシリンに飛びついた。彼女は私の突然の行動にびっくりした。
実は私自身も衝動的な行動に内心驚いたけれど、今はそれを気にする暇がない。
一方、イシリンは私の反応に疑問に思いながらも誠実に答えてくれた。
「私の故郷ではね。でもこの世界の人間には使えない方法なのよ。一種の手術みたいなことが必要なんだけれど、それができる技術がこの世界にはないから。私ならできるけれども」
「じゃあ早くこの子を救ってください!」
アルカが傍から言った。イシリンは頷いて、私は彼女の邪魔をしないように一旦退いた。
イシリンは少年の状態を診察しながら話し続けた。
「過魂症というのは魂が肥大しすぎて生じる病気よ」
「魂が? どうして?」
「魂って力の塊に自我が宿った存在みたいなものだわ。そして肉体はその力を入れる器。魂の力が小さければ器が割れることはないの。そして魂が強大だとしても、器である肉体が十分に強ければ十分に耐えることができる」
魂は力で肉体は器。魂が強くても肉体がそれに耐えられるなら大丈夫だ。ところが、過魂症は魂が肥大しすぎて生じる病気。
ということは。
「強力な魂を肉体が耐えられなきゃ壊れるってこと?」
「そう。魂の力に耐えられなかった肉体の機能が少しずつ壊れていくことなのよ。症状の程度は魂がどれだけ巨大か、肉体がどれだけ耐えられないかによるけれど……少しずつ機能が壊れていった末、結局生命活動さえまともにできなくなって死に至るのは同じ」
イシリンの手から魔力が流れ出た。何をしているのか詳しくは分からないけれど、イシリンの魔力が少年に入り込んで肉体に何か作用しているということだけは分かった。
行動も言葉もあれこれ気になることが多すぎる。まずは一番気になることからじっくり聞いてみようか。
「貴方の故郷では珍しくないって言ったでしょ? どうして?」
「その世界は輪廻と魂の成長が発達した世界だもの。その世界の魔力は魂から生まれる力なんだし、魔力を使って魂を鍛えることもできる。そして魂が輪廻を繰り返しながらさらに強くなることが基本的な法則であり美徳よ」
そのような世界だけに強大な魂が多く、輪廻の過程で相応しくない肉体に宿ることもあるってことね。
「治療方法は?」
「魂が成長すれば肉体も自然にそれに適応するようになるの。つまり必要なのは時間。まずは魂のあふれる力を外に放出するために特殊な施術をすることで肉体の故障を防ぎ、適応を通じて自然に過魂症を克服できるようにするの」
「確かに知識と研究が足りなきゃできない治療法なのね」
この世界で輪廻の概念は空想の領域。実際に世界の法則として存在するかは分からないけど、あったとしても強くはないだろう。輪廻や転生の証拠がないから。
その考えを言うとイシリンは頷いた。
「そうよ。でも過魂症の発症が不可能なわけじゃないでしょ。私も異世界で過魂症を見たのは初めてだから確かじゃないけど、この世界にも魔力が存在するから。魔力がどんなエネルギーなのかは世界の法則によって違うけれど、少なくともこの世界は私の故郷のように魂と関連がある。そんな世界だと魔力の強い所で強い魂が生まれることもあるわ」
「魔力と魂の関連……か」
そう。一番気になるのはそこだ。
過魂症は肥大した魂とそれに相応しくない肉体のアンバランスによって発病する病気。そして肥大した魂が誕生するためには世界に魔力が必要だ。……少なくともイシリンが持っている知識では。
ならば。
「じゃあ……魔力のない世界はどう?」
「それは急にどうして?」
イシリンは反問しながらも一応考えてくれた。
「ふむ……魔力以外の手段で魂を成長させる法則がなければ不可能なんでしょ。私が知っている世界の中に魔力が魂と関連のない世界があったけれど、そこはすべての魂が均一だったわ。過魂症も存在しなかった」
「……そう、ね」
「どうしたの?」
私の気配が尋常でないことを感じたのだろうか。イシリンとアルカは私に視線を向けた。特にイシリンは何か見当がつく部分があるような表情だった。
うむ……これをどう話せばいいんだろう。
「前世の私の住んでいた所……地球には魔力がなかったわ。分身を送った時はっきり分かった。そこには魔力の法則もないし、おそらく魂を成長させる何もないでしょ。後者は私の推測に過ぎないけれど」
イシリンはこれだけでも分かるように表情が深刻になった。一方、アルカはまだ要点が何なのか分からないように首をかしげた。
「急にお姉様の前世ってどうして?」
「この過魂症って、知ってるみたい。病気の名前は知らなかったけど。……知っているというよりも経験したって言うべきかしら」
その時になってようやくアルカも顔色が変わった。私は二人に頷いて見せた。
「確かな証拠はないけれど、症状は神崎ミヤコの病と同じ」
原因も治療法も不明だった病気。医師でさえ、ますます故障する体の機能の代わりに栄養を供給することしかできなかった。
そんな病気がまさかその世界にあるはずがない病気だったなんて。
「実は地球には過魂症を発症する可能性のある他の法則があるのかしら?」
「それは私も知らないわ。前世の私は死にかけている女の子に過ぎなかったの。今の私が分身で訪れた時は時間も短かったし、そういう知識もなかったから」
今考えてみても答えが出る問題じゃないので、長く悩む必要はない。
しかし……自分自身について何か重要なことがあるだろうという考えが頭から離れなかった。
2024年初更新です!
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!!




