できること
「今日も……手合わせ、ですの?」
戦闘術の授業。
今日も私の前に立ったリディアは、練習用の剣を抱いたままそう尋ねた。
リディアの状態はいつもと同じだった。一つの違いは後ろに置いた物。リディアが持つには大きすぎるのではないかと思うスーツケースだった。
「いいえ、今日は少し違うことをするつもりですの。それよりあれ、持ってきましたわね」
「あ、その、はい。テリアさんから持ってきてほしいって言われて……」
料理の授業が終わってから「次の戦闘術の授業では必ず持ってきてください」と話してはいたけど、本当に持ってくるとは期待していなかった。大したことない話を聞いてくれたようでありがたい。
しかし、リディアはスーツケースを振り向いて首を横に振った。
「そ、それでも使いません。持ってきてはいましたけど……」
「大丈夫ですの。少し調べたかっただけです」
「ひょ、評価ですの……?」
「そんなことないですから安心してくださいね」
苦笑いして近くにある物を指差した。練習場のあちこちに置かれた練習用の的だった。生徒たちもお互いに手合わせをする生徒たち以外は、ほとんど同じ的を持って射程距離や威力、連射力などを高めようと練習を繰り返した。
「今日はあれで基本的な練習をしてみましょう。魔弾も、剣に魔力を込めるのも、特性を使うのも、何でもいいですの。リディアさんが引き出せる魔力を最大限にしてぶっ飛ばしてください」
「え……リディアにできるでしょうか……?」
「ただできるだけ魔力を引き出して放つことにそんな考えは要らないでしょ? ただ精一杯やってみてくださいね」
「えっと……はい。やって……みます」
リディアは萎縮していながら剣を手に取って的の前に立った。でも的に剣を向けたまましばらく立っているだけで、まったく何かをしようとする気配がなかった。
スーツケースを持って見ようとした私はリディアの姿に再び苦笑いしてしまった。
「リディアさん、本当に何をするか分からなければ、とりあえず魔弾からやってみましょう。その後に魔力斬撃も飛ばしてください」
「あ……はい」
魔弾は基礎でもあるけど、もともとリディアの得意技でもある。魔弾から始めた方がいいだろう。
リディアが魔力を高めるのを感じながら、私はスーツケースをじっくり調べた。
見た目は普通のスーツケースのように見える。しかし、内部から感じられる魔力はかなり大きい。ここの練習用の剣などとは格が違う。アカデミーの練習用の剣が意外と高級品であることを考えると、このスーツケースの力はやっぱりゲームに出てきた通りだと思っていいだろう。
こっそり起動させてみようかと思ったけれど、その前に周りが妙に暑くなった感じがして頭を上げた。
ちょうどリディアが魔力を集めていた。剣先に魔力を凝集してから魔弾で撃つつもりね。ところが、剣に集まった魔力量が尋常ではなかった。量だけを考えると、去年私が初めての戦闘術授業の時に的を一度に破壊するため〈紅炎〉を使った時と似ている。
【これ大変なことになるんじゃないの?】
イシリンの言う通りだ。周りに熱気が満ちているのを見ると、ただの無属性魔弾でもない。リディア本人はただ目をぎゅっと閉じて全力を尽くして魔力を集めているけど……あれを爆発させたら何が起こるか本人が全く分かっていない!
私がこっそり結界を起動した瞬間、リディアはタイミングよく魔弾を発射した。
たった一発の魔弾が標的地に届いた瞬間、恐ろしい閃光と爆発音が響いた。
***
「……え?」
目の前を埋め尽くした煙と熱気に、私はただぼんやりと声を流すしかなかった。
私はただテリアの言う通り魔力をできるだけ集めて撃っただけなのに。ところが、私の魔弾が的に当たった瞬間、突然ものすごい爆発が起きた。煙のせいで何も見えなくなった。
何か事故が起きたのかしら? もしかしたら、近くの的に他の生徒が飛ばした魔力と混ざったのかもしれない。魔力がぶつかり合うとこんなことが発生することもあるから。
爆発もそうだし煙もそうだし、何か閉じ込められたような感じがするのは結界のためだろう。爆心地周辺を包み込んだかすかな魔力場をたどってみると、テリアの魔力の気配が感じられた。
「……これは想像以上ですわね」
いつも堂々としていて優しいテリアが珍しく慌てたようだった。彼女は爆発を抑えた結界を解除し、紫光技で『風』の魔力を模写して煙を吹き飛ばした。すると、その下に隠されたクレーターが現れた。
……大きい。直径は二十……いや、三十メートルはあるかしら。その中にあった的は跡形もなく消えてしまって復旧が可能なのかもしれない。
テリアが抑制してくれなかったらどうなっていただろうか。
そんな気がした瞬間ぞっとした。下手をするとこの事故に私まで巻き込まれたかもしれない。
胸をなでおろした私にテリアが近づいてきた。
「すごいですわね。リディアさん、これだけの威力を出せるのはこの学年にはほとんどありませんよ」
あれ。テリアはこれを私がやったと思ったようだ。
「ち、違いますよ。こんなの……リディアにはできません」
「……リディアさん。こんな時まで現実否定はしないでください」
「ほ、本当ですよ」
私なんかが魔力を少し集めたからといって、こんなことが可能なはずがない。多分誰かの魔力と混ざって何か事故が起きたのだろう。
あうぅ、他の生徒たちまで私を変な目で見ている。テリアの誤解を早く解かないと変な誤解を招くと思う。
テリアはなぜかため息をついた。そしてクレーターの近くにある的を指差した。私との距離は大体二十メートルほど離れていた。
「それでは今度はあの的に魔力斬撃を飛ばしてみましょう。魔力量はさっきの二割くらいで」
「え、ええ……二割、ですよね」
「あ、ちょっと待ってください」
テリアが魔力を展開した。およそ半径三十メートルほどの広い空間を薄い魔力場が包んだ。そしてテリアは結界の中にいる生徒たちにしばらく出て行ってほしいと丁重に頼んだ。
私とテリア以外に誰もいなくなると、テリアは許可サインを送った。
二割、二割って言ったよね。だから……うーん……これくらい?
剣に魔力を集めた。確かではないけど、一通り二割に近い感じがする。今度は魔弾ではなく魔力斬撃と言ったよね。
「や、やあぁっ!」
剣を振り回して魔力斬撃を放った。斬撃は思ったより早く飛んで、三つの的を一度に切断し、同時に魔力が解放され再び爆発が起きた。さっきよりは小さかったけど、今回も直径が何メートルもあるクレーターができた。
「え……あれ?」
「今回は言い訳なしですよ」
「ち、違います。り、リディアにこんなことができるはずが……」
テリアはニコニコして結界を指差した。
「今回は完全に包む結界もあるし、他の生徒たちはみんな出ています。結界の向こうから魔力が流入するのかもチェックしましたけど、全然。つまり他の魔力と混ざって事故が起きる余地なんて全くなかったんですのよ? まさか私がこっそり助けてあげたとか言っちゃったらげんこつ一発ですわよ」
「あ、あうぅ……」
なに? 私がこんなことをしたの?
そんなはずがない。ディオス兄様も私の年齢ではこんなことできなかったのに。
テリアは混乱に陥った私をさておいて結界を解いた。瞬く間に生徒たちが押し寄せ、私の元に来た。何かすごく浮かれているような声が四方から噴き出したけれど、入り混じって何と言っているのか全然聞けない。
「すごい」とか「すごい威力ですよ」とか、たまにそういう言葉が聞こえたけど信じられない。あんな話をどうして私にするのよ。あの爆発を本当に私がしたの? おかしい、あんな力は私にはないのに。
怖い。みんな叫んでる。怖い、怖い、怖い……。
「みんな落ち着いてください。リディアさんが怖がっているでしょう」
テリアは割り込んで生徒たちを落ち着かせた。私は知らないうちにテリアの裾をつかんで後ろに隠れた。剣はいつ逃したのか思い出せない。
テリアはそんな日を見て苦笑いしながらも嬉しそうに話した。
「もう分かりますの? リディアさんは自分で思ったより強いです。まぁ、技巧的な部分はまだ確認が必要ですけど、少なくとも魔力出力量においては疑う余地がありません。みんながこの程度の魔力を使うのを見たことありますの?」
テリアはそこで止まらず、私の耳に顔を近づけて耳打ちまでした。
「しかも爆発自体が無属性の魔力ではないですよね。一度探してみましょうか? あれくらいの魔力量を発揮でき、特性が爆発系の生徒」
「あ、あう、あうぅ……」
戸惑っちゃう。こんな話は誰もしてくれなかったのに。
私がブルブルしているとテリアは優しく微笑んだ。
「さて、それでは何ができるのかどんどん確認してみましょう」
行動は全然優しくなかったけど。
……私、もしかして鬼教官に引っかかったんじゃないのかしら……?