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暗示

『お姉様、何してるんですか?』


 まだ私が完全に堕落する前のある日、邸宅の厨房でこっそりとコソコソしていた私を見たアルカがそのように尋ねた。


『気にしないで』


 冷たく言いながら作業に没頭した私。その前には小麦粉と調味料、肉のようなものが散らばっていて、私は紅葉のような手で包丁を握っていた。


『なんでお姉様が料理をするんですか?』


『行っちゃえ。貴方もみんなに私のように扱われたいの?』


『嫌です。それはみんなが悪いのです。なんでみんなお姉様をいじめるんですか?』


 問い詰めるアルカ。しかし、その理由などあの時の私が知るはずがなかった。私はその後、アルカを無視して料理に集中し、簡単な料理を二つくらい作って一人で食べ始めた。


『お姉様……』


『まだあったの? 貴方も本当にしつこいわね』


 その時、アルカのお腹からグーグーと音が鳴った。アルカは顔を赤らめ、私は苦笑いしながら肉を差し出した。


『お腹がすいておやつでも探しに来たんだよね? これでも食べて』


『で、でもそれはお姉様が……』


『大丈夫。ちょっと作りすぎちゃったから』


 ためらいながらも結局アルカは肉を食べ、その後も少し私と話をした。


 食事が終わった後、私は厨房を出た。厨房の前にはシェフが立っていて、私はその人に頭を下げて挨拶した。


『今日もありがとうございました』


 ……そんな場面がゲームの回想にあったよね。


 私がまだ完全に堕落する前、みんなに無視されていじめられていた時のことだった。


 四年前の始まりの洞窟。現世とは異なり、ゲームでの私は特性を自覚できず、取り憑かれたように邪毒の剣を握った。その瞬間邪毒が噴出して多くの同行が病気を得たり命を失った。


 その中で一人で元気だった私は疫病神のように扱われ、その後ほとんどの人にいじめられた。父上と母上さえも家を空けることが多くて私を守ってあげられなかった。幼かった私は自分の過ちだと思って告発さえできなかった。


 そんな時代、それでも私を残念がってくれたロベルが何人かの使用人を説得してくれた。料理もその一つで、私に料理を作ってくれることさえ拒否してしまったシェフの代わりに、私が直接厨房に立つことができる時間を作ってくれたのだ。


 ……ゲームではアルカが姉の私と交わした数少ない思い出だった。アルカがこれを思い浮かべながら胸を痛めていた場面はとても感動的だった。


 とにかくそんなことがあったので、ゲームでの私は公爵令嬢にもかかわらず、かなり料理が上手な方だった。中ボスとしては意外な姿だけど……いわば私だけの一人暮らしだったというか。


 とにかく料理経験が多いのはあくまでゲームでのこと。今の私は一人でそんなに苦しい生活をする理由もないし、修練で忙しくて趣味で料理をしてみる時間もなかった。


〝私はあれこれたくさん作ってみたので〟


 ……それは何だろう。自然にそんな考えが浮かんだのがとてもおかしい。


 ゲームの記憶は未来のこととして有用に活用してはいるけど、それを私が直接経験したことだと思ったことは一度もない。それでもそんな考えをしてしまったのはいったいなぜ?


 今更ながら、魔物との戦いに恐れや迷いを感じなかったのも不思議だ。特にミッドレースアルファ・プロトタイプと戦う時の重傷も生まれて初めて体験することだったけれど、その時私は痛みを我慢して戦うのが何ともなかった気がする。


 今までは考えてみても答えが出ない問題なので延ばしたけど……考えてみれば、前世に多かった転生もにはゲームの強制力とか運命のようなものが作用する作品もあった。


 


 もしかしたら『バルセイ』の〝中ボステリア〟の要素が今の私につながっているの?


 


 ……あの邪悪な〝私〟の要素が今の私の中にもあるなんて。考えただけでもぞくりとする。


「テリア様? 大丈夫ですか?」


「うん? ……あ、ごめんね。少し考えることがあって」


 周りを見ると、みんな私の料理に刺激を受けたのか、それぞれ料理を始めた状態だった。すごく美味しいというよりは、公女が自分で料理をしたという事実自体に刺激されたのだろう。


 そのうちの何人かはリディアに話しかけたりもした。リディアは慌てたけど、それでも普段のようにむやみに拒否する感じではなかった。さらに野菜を水で洗う程度の作業は自ら手伝ったりもした。


 その姿を見た生徒たちは公爵家の令嬢が自らそのような仕事を手伝うことに驚いた様子だったけど、すでに私の姿を見たこともあるからか一層スムーズに受け入れた。


 私はすでに料理を終えたので料理には参加せず、こっそりリディアの傍に行って彼女の仕事を手伝った。そうしながらリディアに声をかけ……ようとしたけれど、リディアはいつの間にかみんなが調理するのをぼんやりと眺めていた。具体的には料理を作ったり焼く姿を。


「綺麗でしょう?」


「ひゃひぃっ!?」


 わぁ、面白い悲鳴。


 周りのみんなもリディアの過敏反応に慣れてきたのか、苦笑いするだけでそれぞれ仕事を続けた。一方、リディアはまだ慣れていないように慌てた。


「ど、どど、どういう意味ですの?」


「火のことなんですの。ぼんやり見ていましたので」


「そ、それが……」


 リディアは言葉を濁したけど、視線は依然として調理台……正確には魔道具具が噴き出す火に向けていた。


 ゲームの設定では火が好きだと言っていたよね。料理の授業だから火を上手く利用すれば心を少し開かせることができるのではないかと思った。やっぱり効果があるようだね。


「リディアさんも自分で料理してみたらどうですの? 助けてあげますわよ」


「えっ、あの、でも……リディアは何も……」


「そもそも習う授業でしょ」


 授業のことを掲げるとリディアはやむを得ない感じで料理を始めた。私が傍について集中コーチをしてあげる形になったし、ついでに話す機会も狙いやすかった。


「心配ですの?」


「はい、あ、あの……美味しくなるか……」


「それは心配しなくても大丈夫ですの。初めてやることをすぐに上手にするのは難しいからね。私が言ったことは他のことですわ」


「なら……あ……」


 リディアは私の言いたいことを少し遅れて理解し、目を伏せた。やっぱりまだそちらに対しては否定的なのかしら。


「みんなの話も聞いたでしょ? リディアさんは強いですの。ですから、あまり心配する必要はありません」


「で、でも……リディアは一度も……勝ったことがありません」


「勝とうと努力はしてみましたの?」


「……!?」


 リディアの顔が青ざめた。


 少し冷静に聞こえるかもしれないけれど、ここで曖昧に見過ごすことはできない。


「リディアさんはディオス公子にいじめられて萎縮しただけで、まともに対抗したことはありませんでしょ」


「そ、その通りです。だからリディアは……」


「勘違いしないでもらえますの? リディアさんのせいにしているのではありません。私が言いたいことは、今まで勝てなかったのは純粋に対抗できなかったからだということです。ちゃんと対抗したこともないから、やってもダメかどうかはリディアさんも知らないでしょ?」


 それなりにいい言葉だったと思ったけど、リディアの顔色は依然として悪かった。その口から出る言葉も依然として私の言葉を否定するだけだった。


「で、でも……別にやってみなくても……知っています。リディアはダメなんですの」


 うーん……頑固だね。この頑固さを力に変えることができれば、むしろ楽なのに。


「リディアさん。この前、きっと私に勝たせてほしいって言っていませんでしたの?」


「え? あ、あの、そうでしたね」


「いくらなんでも自分でできないと断定する人ができるようにしてくれるのは私にもできませんよ? リディアさんは勝ちたくないですの?」


「あ、あうぅ……」


「ちゃんと顔を上げてください」


 腹が立つ。リディアじゃなくて、 リディアをこうなるようにしたディオスに。


 しかし、今はそれを言う時ではない。


「リディアさん、そろそろ火を点けましょう」


「えっ? あ、はい……」


 急に話題を変えてリディアは疑問に思ったけど、決闘とは関係ない話題だからか、少しほっとしたようだった。


 私たちは材料を鍋に入れてシチューを作り始め、一方で切った肉をフライパンで焼き始めた。すぐに肉の匂いがした。しかし、リディアは肉の匂いよりも火そのものを目を輝かせて見ていた。


「火がいいですよね?」


「えっ!? あ、あ、あの、違います……」


「ごまかさなくてもいいですわよ。特に変なことでもないし」


 ……実は覚醒したリディアは様々な意味で危険な攻略対象者ではある。でも今重要なのはそれじゃない。


 とにかく私の話を聞いたリディアは恥ずかしそうに笑いながら火を見た。まるで心を奪われたような顔だった。


 よし、今なら。


「リディアさん、勝ちたいですよね?」


「はい……勝ちたいですの」


「勝てますよね?」


「そ、それはちょっと……」


「どうして勝てないと思いますの?」


「それは……リディアが弱くて……」


「なぜ弱いと思いますの?」


「それは……兄様や周りの人たちがいつもそう言っていて……実際にもできないことが多くて……」


「それだけですの?」


 呆然と答えたリディアは、その部分で初めて私を振り返った。その眼差しから困惑が感じられた。


「どういう意味ですの?」


「どういう意味っては?」


「リディアに……何かを突き止めようとしているのですの?」


 鋭い!! 露骨すぎちゃったのかしら!?


 少し気まずい感じを必死に抑えて平然と話した。


「リディアさんの態度がおかしくて。ディオス公子にいじめられただけでそこまでなるとは思いません」


 もちろん実際にはすでに事情を知っている。でもリディアが直接話すまでは介入できない。


 しかも、その問題はリディアにとって非常に敏感な問題だ。私がむやみに乱してはいけない。リディアが自ら明らかにし、私の助けを許可するようにしなければならない。


「……ごめんなさい。言えません。本当にごめんなさい」


 リディアは意気消沈した。でも私は微笑みながら彼女の頭を撫でた。


 ……私より一歳年上だけど、こんな時は本当に子供みたい。少しからかいたくなる。


「大丈夫ですわよ。それよりそれ知ってますの?」


「どんな……のですの?」


「言えないという言葉はあることはあるという意味ですのよ。本当にちゃんと隠したいならないと言わないと」


「えっ!? あ、あうぅ……」


「ふふふ」


 まぁ、そろそろからかうのはこの辺にしておこうか。


「もし話したくなったらいつでも話してくださいね。待ってますから」


「……はい」


 答えが「いいえ」や「ごめんなさい」のような言葉ではないということだけでも発展だね。


 そう思いながら、私はリディアを助けて料理を続けた。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

何か隠された話がありそう! とか、火が何か怪しい! とか、とにかく面白い! とお考えでしたら!

一個だけでもいいから、☆とブックマークを加えてください! 力になります!

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