実力の片鱗
「そういえば初日、リディアさんは結局実力を見せませんでしたね」
総合戦闘術の授業。準備をしていた私は隣にいたリディアに話しかけた。
「えっ!? あ、はい。リディアは、あの……何かをする必要がなくて……」
「〝リディアは何をしてもダメですから〟とか〝やっても無駄ですから〟とか言ったら私怒りますよ?」
「あうぅ……」
リディアが泣き顔になったけど、もう手加減はしない。私が責任を負うことにした以上は徹底的にしないと。
そのために支援軍まで呼んだ。
「お姉様、リディアお姉さんが他の先輩と決闘することにしたというのは本当ですか?」
アルカの言葉に私は頷いた。
「そうなの。ディオス覚えてるよね? 四年前にハンナを殴って、貴方にまで手出しをしようとした奴。どうやら最近はリディアをいじめるのが楽しいみたい」
「何ですかそれは! あの人、私が撃っちゃいます! 四年前のハンナの分まで!」
「アルカ、弓はダメ!」
放っておけば本当に撃つような勢いであるアルカを必死に落ち着かせた。
こうしてはいけないけど、実は嬉しい。四年前はディオスの乱暴に反抗することも考えられず、おびえてばかりいたアルカだったのに。今のアルカならディオスにビビるどころか、顔を見るやいなや一気に撃ってしまいそうな勢いだ。
……本当に撃ってしまったらいろいろ困るけどね。
とにかく今日やるべきことはすでに計画を立てておいた。まず最初は力の調節が上手なロベルが……。
「お姉様! 私に任せてください!」
「アルカ?」
「私もいろいろ練習したいことがあるんですよ!」
「いや、今大事なのはそれが……」
この子、もともとこんなに行動力が良かったっけ!?
ゲームではもっと早熟で慎ましいイメージだったと思うけれど。いや、考えてみれば私のせいでいろいろと気苦労をしただろうし……ああ、また罪悪感が。
一人でそんな考えをしていた私にリディアが近づいてきた。
「やって……みます」
「リディアさん?」
「リディアも、アルカさんの強さには……興味がありますから」
意外だね。リディアが先にこんな話をするなんて。理由はよく分からないけど、リディアがこれくらいやる気を見せたら大丈夫だろう。
私の許可を得たアルカはリディアと対峙した。けれど、〈魔装作成〉で魔力剣を一本作って握ったアルカとは異なり、リディアはただ練習用の剣を持つだけだった。
「リディアさん? 貴方の武器は?」
「え……」
私の言葉にリディアは少し当惑して目をそらした。
アルケンノヴァ家の特技は多様な道具を達人のように扱うこと。その中でも戦士の道を歩む人は、自分だけの武器を作って愛用する。リディアにもそんな武器があるのに。
「それ……置いてきました」
「置いてきたんですって? 戦闘術の授業なのに?」
「それ……あったって意味がなくて……」
……あ。
確かに、考えてみれば自己卑下が極限に達したリディアが自分の武器を信じるはずがない。それにディオスもそれを思う存分けなしていたし。忘れちゃった。
ゲームでは持ち歩いていたけど、一度も使ったことがないという設定だった。こんな重要なことを今になって思い出すなんて、ミスしたね。
まぁ、それは次の機会にして。
そのまま信号を送ると、アルカが先に地面を蹴った。
「行きますよっ!」
アルカが軽く一閃を放った。リディアは慌てて逃げた。続いてアルカが牽制で軽い攻撃を飛ばし、リディアは怯えた顔で逃げ続けた。
「リディアお姉さん! 避けるだけではダメですよ!」
「あうぅ……」
アルカはもどかしかったのか小言を言ったけど、リディアは泣きべそをかいて避け続けるだけだった。
反面、見守っていた私とロベルの意見は少し違った。
「リディア様、結構やるんですね」
「そうよね」
リディアは怖がって逃げ続けるだけで、攻撃するつもりはなかった。でも回避自体は正確だった。ただ逃げるだけでなく、無意識のうちにアルカの動作を見て剣の軌道を正確に把握していた。
顔色を見ると、本人は自分が何をしているのか自覚もないようだけれど。
「ただ……できることを抑える感じが強いです」
その通りだ。たまにリディアはアルカの攻撃を跳ね返したり反撃しようとするように手がビクッと動いた。でもそのたびに怯えたように手をぎゅっと抱きしめた。反射的な動きさえ意識的に抑制しているようだった。
「とにかく、お嬢様が才能があるとおっしゃっていたのが少し分かります。魔力を使うのも見れば確実になりますが……」
「もうすぐ見えるのよ」
ずっと逸れることに腹が立ったのか、アルカはリディアの姿勢が牽制を避けるために少し崩れた瞬間、急加速して肩を狙った。これまでリディアが見せてくれた速度では絶対避けられない一撃だった。
剣が肩に吸い込まれるように触れようとして――
ドカーン!
大きい音と共にアルカの剣が飛ばされた。
「……え?」
アルカの口から茫然とした声が流れた。
「今の、それは……」
アルカもリディアも理解できなかった顔だった。残ったのはただすでに剣を振り回したようなリディアの姿勢だけ。
横を見ると、ロベルも少し感心した顔だった。
「あれは……結構すごいですね」
「そうでしょ?」
「はい。今のディオス公子がどれくらいかは分かりませんが、あれを意識的に引き出すことさえできれば勝算は十分でしょう」
ロベルが理解してくれて嬉しい。
実は今起きたことは大したことない。ただアルカの剣がリディアの肩に触れる直前、リディアが反射的に剣に魔力を吹き込んで打ち返しただけ。ただそれが速すぎてアルカが認識さえできなかっただけだ。
リディアもリディアで、反射的な行動なので自分がした行動に認識がついていけないようだった。
先に気を取り戻した人はアルカだった。どうやらリディアの姿勢と現在の状況だけを見て大まかに経緯を推測したようだ。そしてあっという間に目を輝かせてニッコリ笑って魔力剣を作り直した。
「すごいです! もっと見せてください!」
「きゃあ!?」
アルカが目を輝かせながら駆けつけると、リディアは混乱して逃げた。そんな彼女をアルカが追いかけ、リディアはもっと逃げて……。えいっ、もどかしいわよ!
「アルカ、アルカ! 落ち着いて!」
「きゃっ!?」
アルカに近づいて肩を掴んだら、アルカが面白いほど大きく震えた。……危ない、変な趣味に目覚めそう。
「あまり興奮しないで。リディアさんも怖がってるでしょ」
「うぅ、こめんなさい」
どうしようもないわね。アルカはまだ技術的には未熟な方だ。リディアの反応を一度引き出したのはいいけど、それ以上は今は難しそう。
「罰として後で補習だよ」
「はい! 楽しみにしています!」
「いや、補習なんだってば!」
「お姉様がやってくれることなら何でもいいですよ!」
よし、このお姉様がどんどんやってあげるよ!!
……しまった、私まで暴走するところだった。これでは手本にならないよ。
【一緒に暴走したら可愛かったのに】
[そこ、うるさいわよ]
アルカをロベルの傍に送った。そして私が代わりにリディアの前へ立った。リディアはなぜか妙な目で私を見ていた。
「どうしたんですの?」
「……早い……」
「え? ……ああ」
そういえばアルカを制止する時、最速で接近したよね。リディアが見るには、私が瞬間移動をしたような感じだったのだろう。
しかし、リディアの動体視力は私が思った以上だった。
「その距離で瞬く間に加速したのも、アルカさんの後ろでブレーキをかけたのも芸術的でした。本当に美しいほど」
あれ?
リディアはまれにどもったり迷ったりすることなくまっすぐに話した。それに前髪に隠れてよく見えないけれど、目もキラキラしていた。
でもすぐ自分の姿に気づいて慌てて首を横に振った。
「あ、あっ、ごめんなさい! 気持ち悪かったでしょうね?」
「いいえ、全然。むしろ嬉しいですの」
「え?」
「私が動いているのをそんなに正確に見られる同年代はあまりいないわよ」
実際にそんなことができる同年代の子供はロベルくらいだから。 そのロベルさえも私が本気で動けば見ることはできても対応はできない。まぁ、対応できないのはリディアも同じけど。
「リディアさんこそさっきはすごかったんですよ? アルカの剣を一瞬で弾き飛ばしたでしょ」
「え、ええ、あの、それは……リディアではありません」
「剣を振り回した時の感覚、まだ手に残っていますよね?」
「よ、よく分かりません」
今はそれをきちんと意識するのは難しいだろう。でもディオスの決闘を受け入れる時、私の魔力剣を相殺したのもそうだし、先ほどアルカの剣を弾き飛ばしたのもそうだし、まともにできればディオスなんて敵ではない。
何より……。
「そもそもリディアさん、メイン武器が剣でもありませんでしょう?」
「ど、どうしてそれを……」
「主な武器でもない剣で取った反射的な行動がそれくらいなら、しっかり努力すれば間違いなく強くなれますの」
リディアは依然として意気消沈していた。まぁ、まだ本人の意識を変えるのは無理だろう。
でも自分の意思が割り込む暇がないほど追い詰めた時、むしろもっと鋭い動きが可能だということは確認した。一応技術でそれを何度か引き出して、その感覚を覚えれば自分で自然に引き出すことができるだろう。
「始めましょう。アルカとは違って、優しくしてくれないので覚悟してくださいよ?」
魔力剣を握ってニコッと笑って見せた。するとリディアは借金を催促しに来た借金取りを見たかのような顔でブルブルした。
……私、そんなに怖い人みたいに見えるの?
ここまで読んでくださってありがとうございます!
リディア、意外と強そう! とか、決闘が楽しみ! とか、とにかく面白い! とお考えでしたら!
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