エピローグ 結果と意図
「やあ、ピエリ。帰ってきたね」
事前に約束しておいた場所に行ってみると筆頭が朝の挨拶をするような軽さで手を振った。その傍でテシリタが不機嫌そうな目で私を睨んだ。
「遅い。筆頭をあとどれくらい待たせるつもりだったのか」
「貴様も残っていたら報告も早くできたはずよ」
「ふん。筆頭にいちいちご報告する必要はない。筆頭はすべてのことをご存知だから」
「……テシリタ。たまに負担になるから程々にしろよ」
テシリタの言葉に筆頭が苦笑いした気配が感じられた。顔自体はフードのせいで見えないが。
テシリタはジェリアさんを暴走させる儀式を始めるやいなや瞬間移動で席を離れてしまった。今回のことの主体は私だから、仕上げも自分でやれと言いながら。いくら筆頭の命令だったとしても一応手伝いに来たくせに。
もちろんその事実自体にはあまり不満はない。
「一応ご報告いたしましょうか?」
「いいよ。全部見たから。結局〝あの子〟だけ得をしたわけになったね」
「考えてみれば作戦失敗ですが。それでもあまり不快に思われないようですね」
「まぁね」
筆頭は気持ちよさそうだった。鼻歌でも歌いそうな感じだ。
今回のことは筆頭の指示に基づいたものだ。つまり筆頭が狙ったのが失敗したのに、あの態度は何だろうか。理解できない。しかし見当がつく部分もあった。
「筆頭。お聞きしてもよろしいですか?」
「なぜあえてカラオーネ砂漠に〝あの子〟を呼び出したのかと?」
「はい」
ジェリアさんをあえてカラオーネ砂漠で暴走させる必要はなかった。そこにはほとんど何もない上に、あえてその遠い所までジェリアさんを連れて行くのは余計なことだったから。行くこと自体はテシリタの空間転移を利用したので問題なかったが。
しかもあえてテリアさんをそこに呼び出した。テリアさんを殺すのが目的だったなら、あえてカラオーネ砂漠を選択する必要はなかったはずだ。むしろバルメリア王国の中のどこかを選んだ方がテロにもなるし。
騎士団の介入を排除しようとした、というのも何か釈然としない。バルメリア王国の外を選んだとしても、よりによってそのような静かで何もない所を選んだ理由は何だろうか。
「特にカラオーネ砂漠が重要な場所だったわけではないよ。でも〝あの子〟を呼び出すにはそこが一番良かったんだ」
「なぜですか?」
「そこまで説明することはできない。ただし……カラオーネ砂漠、ジェリア、安息領。この三つのキーワードが一つに合わさるのがどういう意味なのか、〝あの子〟なら分からないはずがないんだよ」
「……どういうことかわかりませんが、一言でテリアさんを誘引するためにカラオーネ砂漠である必要があったということですか?」
「そうよ」
詳しい理由は分からないが、結局根本的な目的はテリアさんを殺すことだったということか。それなら完璧な失敗だ。
暴走したジェリアさんの力は私の予想よりも強かった。まさか世界権能の侵食技まで覚醒するとは思わなかったし。むしろ強すぎるが理性が飛んでしまったせいで、私は戦闘に割り込むことができなかった。ジェリアさんのターゲットが私に変わってしまう可能性があったし、私自身の危険負担を甘受してテリアさんの射殺に執着するほどの理由はなかったから。
しかも……。
「テリアさんが〈五行陣〉に至ったのは残念なことでした。その〝便法〟の存在は知っていたんですが、まさかそれを実行できるくらいになったとは私も思っていませんでしたから」
〈五行陣〉は世界を解釈して世界そのものの隙を突いたり、世界の力を活用する絶技。しかし世界をほぼ完璧に解剖して解釈しなければ発動できないという問題がある。
それを迂回する唯一の方法は世界権能の侵食技を代替物として使うこと。侵食技もまた一つの世界だが、本物の世界よりは小さくて単純なだけに解釈しやすい。侵食技の真の力を発動する姿を観察し続け、分析して要領を悟ることが〈五行陣〉習得の唯一の便法だ。一旦それで〈五行陣〉の原理を習得すれば本物の世界でも問題なく使えるようになる。
もちろん便法とはいえ、すでに〈五行陣〉の糸口をつかんだ状態であってこそ可能な方法である。そしてそもそも世界権能の侵食技に向き合う状況自体が極めて珍しい。そのため、ジェリアさんが侵食技を発動するその瞬間までこうなるとは想像もできなかった。
それでも筆頭は平気だった。いや、むしろ楽しそうだった。
「まぁ、一次的な目的はあの子を殺すことだったよ。でももし今回のことで殺せなかったとしても別に構わないよ。ワタシの計画の新しい目標ができるから」
「何の計画ですか?」
「それは……言ってもわからないはずよ。安息領とは関係ないワタシの個人的な目的だから」
それは筆頭が邪毒神ということと何か関係があるのだろうか。
直接質問してみたが、筆頭は返事を避けた。たまに筆頭の指示を受けて働く私としては知りたいという気持ちの方が強い。でも……まぁ、知っても知らなくても私のすべきことが変わるわけではないから構わない。筆頭の個人的な目的が私の目的に反するものでなければ。
筆頭は窓の外に視線を向けた。特に特別なことはない都市の光景ばかりだが、その中で何を見たのか小さく笑い声が漏れた。
「これからが楽しみだね。ピエリ、お前が望むことはもちろん手伝ってあげるよ。その代わり、ワタシが望むことを手伝って。今まで通りにね」
「もちろんです。今まで受けた助けだけでも十分大きかったですから」
「筆頭、どうかこのテシリタに貴方様の意思をお任せください。ピエリの奴より確実に処理させていただきます」
テシリタが憎たらしく言った。すると筆頭は笑い出した。
「アハハ、もちろんお前にも期待してるよ。焦らなくても必要な時は仕事をさせるから安心してね」
筆頭はしばらく黙って窓の外を眺め続けた。何を見ているかはわからない。テシリタも同じだろう。筆頭の深遠な考えが推察できたことは一度もなかった。
ただ明らかなことは、その意思が私に役に立ってきたということだけ。
「フフフ。楽しみだね。〝あいつ〟も〝あの子〟も……次にはどんな表情をするかな」
筆頭の笑い声の前で、私とテシリタは同時にひざまずいた。
筆頭の目的が何であれ、それが私の道と一致する限り共にするだろう。
いよいよ第9章が終わりました。
実は本作のプロットを構想しながら最初から想像していて、読者の皆様にお見せしたかったシーンが3つありました。
第6章の邪毒獣がその最初で、ジェリアのラスボス化がその次でした。それで感慨深いですね。
最後の3つ目はほぼ結末ぐらいの話なのでまだまだ先は遠いですが、そこまであきらめずに駆けつけます。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
面白かった! とか、これからも楽しみ! とお考えでしたら!
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