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プロローグ あの子

「あ、あの……こういうのはもうやめてくれないの?」


 ……これは……?


 朧気の中、小さな少女が話をしていた。


 悲しそうな子。可愛い顔に笑いが浮かべたことがなく、いつも暗くて自信がない。今でもその子は泣き出しそうな顔をしていた。


 私はこの子を……知ってる。


「あら、何を言ってるのかしら?」


 笑い声が少女の言うことを言い返す。


 平坦な声。温和そうな笑顔。でも、その中に相手を配慮する気持ちは少しもなく、瞳の中に嘲笑だけが満ちている。


 少女もそれに気づいたのか、それともただ不安なのか。オズオズと慎重に切り出した言葉は、少女としては珍しく反抗する言葉だった。


「き、聞いたの。私が……私が作ってあげたもので……変なことをしているって……」


「変なこと? 何言ってるの」


 はっきり言い切る相手。


 まるで高い身長で少女を優しく抱きしめるように少女を抱きしめる。優しいふりをする笑顔があまりにも気持ち悪い。しがみつく少女にささやく声はあまりにも甘くて……醜悪だった。


「言ったじゃない? このアカデミーの問題をすべて解決するには修練騎士団の手が足りないのよ。私たちは彼らを助けて生徒たちを守るの。何回も話したじゃない」


「でも!」


 まれに反抗しようとする少女に冷たい眼差しが戻り、少女は再び縮こまった。


 この光景、知っている。悲しみながらも、怖がりながら必死に言葉を伝えようとする少女は、ジェリアと共に二人だけの同性攻略対象者。そして、その子の優しさを利用する人は……私だ。


 ああ、そうだ。これはゲームの回想シーンだ。あまりにも多くの傷を負ってきた子が主人公のアルカに明かした過去。臆病で優しい子を束縛する私の罪。


「貴方の計画のせいで……私のせいで……三人も怪我したじゃない。また間違ったら……」


「それは不幸な事故だったの。そして、あの時のことでどれだけ多くの生徒が助けてもらったかは貴方も知ってるでしょ?」


 やめて。


「でも、でも……貴方が言ったじゃない。誰も傷つけないようにするって。助けられるって……」


「ごめんね、それは私のせいよ。貴方が背負う必要はないわ」


 やめて。優しいふりしないで。


「怪我はしたけど死んではいなかったの。ミスが起きた理由も見つけたわよ。次はもっと完璧にできる」


 やめて……。


「貴方も貴方の能力を有意義に使いたいと言ったじゃない? でも一人では方法が分からないでしょ。私にはできる。それとも……」


 やめて……!!


 必死に叫んだ。いや、叫びたかった。しかし〝過去〟に過ぎないコレへ、私にできることは何もない。そして……この光景を見ている〝私〟の存在自体も、明確に認識できない。


 ただ曖昧な意識の中で、その子を抱きしめたまま翻弄する私の唇だけが何度も何度も毒をささやいた。


「何もできなかったあの頃に、また帰りたいの?」


 少女は悲しく伏せられた目を裂けるほど丸くした。あまりにも小さく力のない声が「いやだ」とささやいた。その瞬間、私の口が弓のように曲がった。しかし、抱かれている少女にはその姿が見えなかった。


 やめて。お願い……。


「そう、それでいいの。貴方一人では今まで何もできなかったじゃない。それは間違いなんかじゃないわよ。貴方はいつも寂しかったし、貴方の味方は誰もいなかったから。私が貴方の味方になってあげる。貴方の傍で、どうやって貴方の力を使うのか教えてあげる」


 やめて! これ以上……これ以上そんな嘘であの子を惑わさないで!!


 でも〝私〟の心の叫びは私にも少女にも届かなかった。


 届くはずがない。これはもう過ぎ去った〝過去〟。この場に存在しなかった〝私〟はあまりにも無力で意味のない存在だ。


 少女は涙を流しながら胸に手を合わせた。赤い光がその中に集まり、再び手を広げると血のように鮮明に赤いルビーが現れた。私はためらうことなくそれを受け入れ、微笑んだ。


「よくやったわ。これからも私が準備してあげる道を歩いていけばいいの。貴方に相応しい道を提示できるのはただ私だけだから」


 私はその宝石を胸に入れ、再び少女を抱きしめた。


 そしてささやく。まるで小さな耳に毒を注ぎ込むように。


「永遠に、私に貴方のすべてを任せなさい」


 ダメ、ダメ、ダメ。


 あの子の優しさを傷つけないで!!


 


 ***


 


「やめてええええええ!!」


 その雄叫び声が私の口から出たことに気づくまでには少し時間がかかった。


 ここはどこ!? ここは……えっと…… 私の部屋?


 状況を整理する前に部屋のドアが突然開き、スリムなシルエットと小さなシルエットが私の元へ走ってきた。


「お嬢様! 大丈夫ですか!?」


 手を優しく握られた。トリアだった。隣にはロベルもいた。まだ外が薄暗いのを見ると、日はまだ昇っていないようだ。その時になってやっと、私は夢だったと気づいた。


 どうやら思わず悲鳴を上げて体を起こしてしまったようだ。全身が冷や汗でびっしょり濡れて湿っていて、長い前髪が額にべったりくっついて気持ち悪い。


 私の姿を見た二人はもっと心配そうな顔をした。


「お嬢様、痛いところはありますか?」


「え、ええ……大丈夫よ。ただ悪夢を見たみたい」


「悪夢ですか。別に具合の悪いところはありませんか?」


「いいと思うわ」


 小さなため息と共に二人が安堵する気配が感じられた。それでも二人とも私を手放すつもりはないようだった。


「よかったです。でも、お嬢様にも分からない問題があるかもしれないので、検査をしてみましょう」


 ロベルがそう言って、トリアは頷いた。


 握り合った手から暖かい魔力が流れ込んできた。私の体の状態を検診する魔力だった。私はそこに身を任せてまた横になった。


「汗をたくさんかきましたね。着替えますか?」


「大丈夫。朝洗うよ」


 目を閉じて、今見た夢をもう一度振り返ってみる。夢にもかかわらず、閉じたまぶたの裏にまるで映画を再生するかのように鮮明にその光景が蘇った。


 それは確かに『バルセイ』の回想シーンだった。私のせいでたくさん傷ついた子の記憶。前世の私が一番同情した子であり、〝私〟をとても嫌う理由の一つでもあった。


 急にあの子のことを夢で見たのは……やっぱり時期が時期だからかしら。


「ロベル、入学式はいつだっけ?」


「一週間後です。何か必要なものはありますか?」


「いや、大丈夫よ」


『バルセイ』のストーリー通りなら、一週間後の入学式の時にあの子が現れる。正確には新入生ではなく二年の編入生で。


 本来なら来年入学すべきだった私が二年も早く入学したのも、あの子が編入するやいなや同じ学年として直接会うためだった。後で同じ学年に編入生がもっと現れる予定でもあるし。


 ……それよりロベルの奴、最近妙に硬くなったよね。話し方も少し変わったし。


 言動自体はあまり変わっていなかったけれど、妙に距離を置くようだというか……少しゲームでの姿と似ていく感じがする。ゲームでの自分の姿を夢で見てみると、なおさらすっきりしない。


「どうされましたか?」


「何でもないわよ」


 その間、診断を終えたトリアが手を引いた。


「特別な問題はないですね。言葉通り悪夢のせいでお驚きになっただけだと思います。まだ時間は少しありますのでゆっくり寝てください」


「ありがとう」


 二人が部屋を出た後、私は一人で考え直した。


 次の攻略対象者と会うまであと一週間。考えてみれば私とは親戚だけど、会ったことはない。


 ジェリアと同じく友情ルートだけど、ジェリアとは感じもはっきり違う。先に気兼ねなく接してくれたジェリアとは全く違う。


 はぁ、心配だね。あの子なら顔を見るやいなや逃げることもあり得る。


 それよりその夢は何だったのだろう。


 最近、あの子のことをたくさん考えた。とにかくすぐに会う予定の子で、あの子と関連した事件は編入するやいなやほとんどすぐに起きる。少しでもグズグズする余裕がない。


 それでゲームの情報を反芻しながらいろいろな計画を立てたけれど……そのため、ゲームの記憶が夢に出てしまったのだろう。


〝永遠に、私に貴方のすべてを任せなさい〟


 ……本当に卑怯だ。


 友達になるつもりも、正しい道に導くつもりも全くなかったくせに。


 ただ利用するために接近して、あの子が傷つくのを無視する。いや、むしろ嘲笑までした。『バルセイ』の攻略対象者たちはみんな私のせいで傷ついたけれど、そのうちでもあの子は私が直接主導的に傷つけた子だった。


 あくまでゲームの内容なのに嫌悪感が湧く。まるで私がそんなことをしたかのように。


 ……今度は絶対にそんなに傷つけるなんてしないわよ。


 そう誓った私は今度こそ気を引き締めて眠りについた。


 


 その決心の違和感に気づかないまま。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

新しい話楽しみ! とか、あの少女の正体が知りたい! とか、とにかく面白い! とお考えでしたら!

一個だけでもいいから、☆とブックマークを加えてください! 力になります!

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