終わり
悪魔の体を全部覆ってもお釣が来るほど巨大な魔力の球体が発現した。それは絶対的な破壊の魔力の塊だった。
物体を斬る斬撃の力を極限まで増幅し凝縮した末に粒子単位で全てを分解する秘技、〈満月描き〉。まだまともに身につけていない技を『万壊電』、『崩壊』、『切削』、『加速』、そして『増幅』とバカみたいに莫大な魔力量で中途半端に真似したに過ぎない。
けれど、その威力は本物の〈満月描き〉と比べても遜色がなかった。
「グ……オ……」
悪魔の声がかすかに消えていった。ついに悪魔の魔力が完全に消え、〈満月描き〉まで消えた時、そこには巨大なクレーターだけが残った。巨大で威圧的だった悪魔の姿はどこにもなかった。
「終わっ……たわ……」
私は血を吐いてクレーターに転がり落ちたまま倒れてしまった。
【テリア!】
[大丈夫、生きてるの]
文字通りやっと生きているだけだけどね。ただでさえ体調がめちゃくちゃなのに、そんな無理までしたら本当に全身が悲鳴を上げている。魔力で感覚を鈍らせなかったらショックで気絶していたかもしれない。
特性模写を再び『治癒』と『傀儡』に転換した。でも動く気にならなかった。湧き出る衝動は全く別のものに向かっていた。
私はその衝動に身を委ねてそのまま叫んだ。
「勝ったーー!!」
小学生か!
自分でそう突っ込むほどめちゃくちゃだった。でも気持ちは悪くなかった。
【それもそうね。もうプロローグのボスを倒したんじゃない。それも『バルセイ』ではプロローグの時に倒せず追い出しただけだったのに】
[でも実際はそれより弱かったわ]
【そういう貴方は十一なんでしょ? もともとならあんな奴と戦うこと自体がバカらしいことよ】
そうか。何か大きな褒め言葉をもらったようで気持ちがいい。
ニヤニヤ笑っていると、イシリンがため息をついた。
【もう、少しだけでも褒めたらとすぐにこうなるなんて。こんなにめちゃくちゃになるまで無理してこっちを心配させたくせに】
[えへへ、ごめんね]
【いいわよ。ゆっくり休んでね】
私もそうしたい気持ちは山々だけど、ただ倒れているわけにはいかない。
「おっと、痛て、痛ってて」
『傀儡』で身を起こした。体のあちこちが悲鳴を上げた。正直、達成感も何も全部さておいて、めっっっちゃ痛い。
【痛ければ休んで】
[外でトリアとジェリアが待ってるの。そしてまだ外の状況は終わってもいないはずなのに、私だけ休むわけにはいかないじゃない]
【いいから。その体で出ても何ができるの? もっと無理するつもりなら私にも方法があるわよ】
卑怯だ!
しかし今のイシリンは少しだけど魔力を直接使えるようになった。その気になれば魔力だけでも私を邪魔できるだろう。やたらに意地を張って本当に私を拘束したりしたら大変なことになってしまう。
それを考えると、ふと重要なことが思い浮かんだ。
「そういえば力はどう?]
【うん? ……ああ】
やっぱり忘れてたよね。今度は私がため息をついた。
〝貴方のためだからちょっと我慢して待ってて〟
戦いの途中で私が言ったことを思い出す。
邪毒の剣は無限の邪毒を吐き出す。それでもイシリンの生前の力にははるかに及ばない。でもかつては邪毒神だっただけに、彼女の力の上限は非常に高い。
『バルセイ』ではイシリンのかつての力を取り戻す機能があった。最後まで成長させても全盛期の一割程度だけだったけれど、その程度だけでもイシリンは最強の魔剣レベルを越えて神の武器と呼ぶのに遜色がなかった。
そのイソリンを成長させる方法は、強力な魔物の魔力と魂を吸収させること。私がミッドレースアルファ・プロトタイプが力を発揮するまで待ったのも、少しでも多くの力を吸収させるためだった。今のイシリンなら少しだけど自分で魔力を使うこともできる。
【一応吸収は確実に成功したわ。しかし、あいつ一匹程度ではこれといった変化はないと思う】
[私が見てもそう見えるわね]
まぁ、それ一匹殺したからといって大きな変化があったとしたら、ゲームでもそんなに苦労はしなかっただろう。
とりあえず外に出てみようか。
私は切られたおかげで〈満月描き〉に消滅せずに残っていた両翼と右腕を引きずって安息領の男のもとへ向かった。そして結界を頭の部分だけ解いて強制的に目を覚まさせた。
「……!? な、何がどうなって……」
「いいからドア開けて。早く」
空間のドアがあった所で魔力を上手く操作すれば再び開けることはできる。でも私がするにはとても疲れた。閉じることができる人間だから開け方も分かるだろう。
「は! 笑わせるな! 俺がなざ貴様の言うことを聞かなければならねぇのか! ザマを見るとあの御方からの贈り物にやられ……」
「そうだ、これは壊したわ。あんたの任務はどうせ失敗したってことは知っておいてね」
さっき回収しておいた魔道具の破片を見せると、男の顔が白くなった。「失敗だなんて」とか「粛清される」とかの言葉を呟いてはいるけれど、幸いまだ正気だった。
それにしても粛清か。実は安息領の高級幹部はそれぞれ性向が違う。部下が大失敗を犯しても大目に見る幹部もいれば、小さなミスだけでもすぐ殺してしまう過激な幹部もいる。
ピエリはそのような過激なスタイルではないし、そもそも彼が安息領に転向したことを知っているのは最高幹部『安息八賢人』だけだ。そのピエリも安息八賢人の一員だけど、そもそも八賢人のうち半分は顔も名前もまともに知らされなかった。
ピエリが安息領の部下を動員する時は自分の直属の部下を利用するか、あるいは八賢人の同僚に依頼する。今回はおまけにミッドレースアルファ・プロトタイプまで任せたのだろう。
彼の勢力にはそのような過激な部下がいないので、八賢人の誰かに任せたはずだけど……候補は二人ぐらいかしら。
「あんた、誰の命令で来たの? ボロス? テシリタ? ……ボロスだね」
表情を見ると正解だね。ちょうどボロスは部下に任せるよりは自ら命令を下し指揮するタイプだから、宝蛇のような末端幹部でも彼の直属命令を受けた確率は高い。もしかしたら北門の結界を貫いたのもボロスかもしれない。
「き、貴様! どうやってあの方々のお名前を……!」
「それはともかく、今すぐ選んで。ボロスにそのまま殺されるのか、それとも死んだふりをして騎士団に保護されるのか。今私に協力すれば私が騎士団によく言ってあげるの」
「できるはずがねぇ! あの御方は失敗者を決して逃さねぇ! 裏切りはもっと!」
「私はテリア・マイティ・オステノヴァなのよ」
私が名前を明かすと、男はその意味に気づいて口をつぐんだ。
「〝全能の〟オステノヴァの名をかけて誓うわよ。あんたが、せめて命だけは助かるように精一杯努力する」
……ただこんなことで誓いの言葉を使ってごめんなさい、父上、母上。
王家と四大公爵家の誓いの言葉。それは自分自身の範疇を越えて、家と先祖の名誉をかけて必ず成し遂げると明らかにする重い宣言だ。この男がその意味を正しく理解するなら、ここで拒絶はしないだろう。
「ちなみに拒否すればこうなるわよ」
それでも念のため、彼の目の前にミッドレースアルファ・プロトタイプの右腕を持ち上げて見せた。結界の拘束のため角度上見られなかった彼は、ようやく状況に気づいて悲鳴を上げた。
結局、彼は唾を呑んで口を開いた。
***
ドアから異空間を出るやいなや鋭い悲鳴が聞こえた。
「お嬢様!!」
この声はトリアかしら。
大丈夫だと手を振ってあげたいけれど、出るやいなや力が抜けてしまった私はそのまま倒れてしまった。あえて無理に動きたいという気さえしない。
「お嬢様! 大丈夫ですか!?」
「何だ? どうした?」
ジェリアの声も聞こえた。でもトリアとは違って少し妙に遠かった。それだけでなく、剣をぶつける音とか魔物の鳴き声のようなものも聞こえた。まだ戦い中だろうか。
[大丈夫。今でも『治癒』の特性を模倣して治療はしているわよ。少し遅いけど何とかなるの]
体の調子のせいで言いづらかったから思念を送った。トリアもそれを察知したかのように表情を歪めた。
[そんな顔しないで。私は本当に大丈夫だから。あ、そしてこれ頼むから]
『傀儡』の魔力で作った糸を引いた。やっとトリアはまだ私の糸が空間のドアの向こうにつながっていることに気づいた。
ドアから出てきたのは、屈辱だと言うような表情をした安息領の男と、その男が息を切らして引きずってきたミッドレースアルファ・プロトタイプの残骸だった。残骸といっても、その巨大な奴の右腕と翼だから大きくて重かったんだろう。
ちなみに男は無駄なことをしないように魔力のほとんどを封印しておいた。
「これは……」
[男は安息領の宝蛇なの。末端とはいえ幹部だから知っていることもあるだろうし、協力する代わりに隠してあげると約束したわ。私の名前をつけて騎士団に任せてね。そして魔物は中で倒した奴。ローレースアルファ……安息領が使っていた魔物キメラは見たよね? それの精鋭型だと思えばいいと思うわ]
思念通信なのに一気に話したら元気が抜けた。
しまった、伝えることを全部伝えたら眠気まで来たわ……。
「お嬢様? お嬢様!!」
ダメだ、まだやるべきことが残ってるのに。
状況がどうなっているのかも気になるし、私がしなければならないことが他にあるかもしれない。こんな所で倒れているわけにはいかない。
しかし、私の体は無情にも休息を要求してストライキを宣言してしまった。
[ごめんね、私ちょっと……眠るわ……]
紫光技の特性模写を『治癒』一つだけ残し、自分自身を包む治癒の結界を展開した。なんとか意識を保いたかったんだけど……もう限界だ。
少なくとも……今の……状況だけ、でも……。
あ……ク、ソォ……。
………。
……。