ロベルの言葉
「な、なっ……!」
危うく椅子を蹴って起き上がるところだった。そうしなかったのはすでにお嬢様に何度もやられたことがあったからだ。
「からかわないでください。正直困ります」
「あら~? 何が困るのかしら?」
案の定、お嬢様はいつ落ち込んでいたのかというようにニヤニヤ笑って僕の頬を突いた。やはりいたずらだったんだ。
「……お嬢様」
「プッ、アハハ! やっぱり貴方の反応は面白いわね!」
結局お嬢様は我慢できず笑い出した。ったく、こんな風にからかわないでほしいんだけど。お嬢様だからもっと困る。
お嬢様はやっと腕を緩めて離れてくれた。笑い声は止まったが、依然として笑みを浮かべた。ただ僕をからかう感じはもう消えた。
「でも前世の私の最押しが貴方だったって本当よ。そして前世で貴方を初めて見た時から気に入ったというのも本当だし。理由は私も分からないわ。外見が好みだったのかもしれないわよね」
「……喜ぶべきか曖昧なお話ですが」
「フフッ、そうね。とにかく私は転生したことを知った時も本当に嬉しかったの。私はあくまで〝テリア〟として前世の記憶と感情を受け継いだだけだけれど、前世の私の感情は本物だったから。一番好きだった貴方が傍にいるのが嬉しかったわよ」
そうおっしゃるお嬢様の笑顔はどこか悲しく見えた。嬉しいと言いながらあんな表情をする理由は何だろうか。わかるような気がしたが、それが勘違いであることを願った。
「正直……前世の記憶は私には絶望だったの。私が悲劇の種になったことも、迫害を受けることも、悪事を犯すことも。全部ひどかった」
「ですがそれはあくまで全てがゲームのストーリー通りになった場合に過ぎません。それを避ければいいだけです」
「知ってるわ。でも私自身の悲劇だけを避けるのは意味がないわよ。将来、この国にどんなことが起こるか知っちゃったから。それをまともに乗り越えていくためにはイシリンが必要だった。けれど、彼女を探しに行くということは私の最初の悲劇が起きちゃうかもしれないという意味だったでしょ」
お嬢様の悲劇は始まりの洞窟から始まった。単純にお嬢様自身のためなら、始まりの洞窟に行かなければよかったのだろう。しかし、イシリンさんを探すためには始まりの洞窟に行かなければならない。そのジレンマを解決する方法は、お嬢様が『浄潔世界』をしっかり自覚して扱うことだけ。もしそれを失敗したらどうなっていたかは……言うまでもない。
「でも私が行動できたのは実は貴方のおかげだったわよ。もし失敗してまた同じ格好になったとしても、貴方だけは私を助けてくれると信じたから。私が信じられる人がせめて一人はいたから。もしすべてが間違っていたら、いっそ貴方と一緒に遠い所まで逃げるつもりもあったわよ」
……やはりさっき思ったのは勘違いではなかったようだ。
しかし、僕の存在がお嬢様の慰めになったことだけは本当に何よりだ。正直意外だし、ちょっと恥ずかしいが……本当に嬉しかった。どんな理由があっても、お嬢様が絶望に打ち勝つことができたということが。
お嬢様は話を続けた。
「前世の記憶を取り戻してから貴方を見守ったわ。やっぱり優しい人だと思ったのよ。計画が成功したおかげで私は孤立しないことができたけれど、もし孤立していても貴方なら私を助けてくれたでしょ」
「よかったです。僕の存在がお嬢様の慰めになったら、それだけでも嬉しいことです。しかし、たとえ失敗したとしてもゲームのような状況にはならなかったでしょう。お嬢様が特性を見せるだけでももっとも重要な誤解を防ぐことができますからね」
たとえお嬢様の最初の計画が失敗したとしても、最悪の状況は避けられたのだろう。それだけお嬢様の前世の記憶は重要だった。そしてそれを正しく活用して今の位置まで成し遂げたのはお嬢様だ。
「そして僕がどんな影響を及ぼしたとしても、今の周辺関係はひたすらお嬢様の成果です。皆がお嬢様のことが好きなのも、お嬢様のために一緒に頑張ってくれるのも、すべてお嬢様が頑張ってきた結果です。お嬢様の前世の記憶はいくらでも他の方法で活用することができました。悪用すればもっと恐ろしいことが起きたでしょう。ですが、それを皆を救うために使うお嬢様こそ優しい御方です」
「そ、そうなの……?」
「そうです。こう思うのは僕だけではないでしょう」
お嬢様が生き方を変えない限り、誰一人もお嬢様に背を向けるわけがない。そしてお嬢様がたとえ失敗したとしても。もちろん悲劇を防ぐことが失敗すれば悲しくて絶望的な状況になるだろうが、皆がお嬢様を支えてくれるだろう。
「最初に戻りますが……ですから、ご心配なくていいです。皆がお嬢様と一緒に頑張るでしょうし、たとえ失敗したとしても、お嬢様のせいにすることはありません。お嬢様がご自身をお責めになることだけは仕方ありません。ですが……ちょっと冷静な話になりますが、すべてを完璧に救うことはできません。悲しむ理由にはなりますが責める理由にはなりません」
「でも知っていながら対処できないのは間違いなのよ」
「それは良くないだけで、正しくないことではありません。知識があるからといって、人を救う義務が生じるわけではありません。誰かがやらせたわけでもありませんでしょう。お嬢様はできることを自発的にされるに過ぎません。それ自体で褒められることであって、失敗したからといって後ろ指を差す資格なんか誰にもありません」
お嬢様の手を優しく握った。思わずした行動だったし、気づいてからちょっと恥ずかしい気持ちだったが……放さなかった。強いけれど危険なお嬢様の手を放すことなんか、これからも一生ないだろう。
「ですから自分を責め立てたり、負担を感じすぎたりする必要はありません。もし失敗を理由にお嬢様が責められるとしたら、お嬢様と一緒に頑張る僕たち皆が同じように責められるべきです。お嬢様はそれを望んでいますか?」
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