テリアの話
お嬢様を呼んでも返事はなかった。その代わり、僕を抱いている腕に力が込められた。お嬢様発育がすごい特定の部分が背中に触れた。しかし、恥ずかしさよりもお嬢様を心配する気持ちが先になって慌てなかった。
「プロローグは終わったわ」
お嬢様の声は沈鬱だった。どうしてだろうか。お嬢様の言う通り、プロローグは終わった。その過程で被害もなかった。『バルセイ』ではもっと弱い事件だったにもかかわらず被害が大きかったことを勘案すれば理想的な結果と言えるだろうが。
「はい、プロローグは終わりました。安息領の戦力は『バルセイ』より強かったのですが、それを僕たちは被害なく防ぎました。完璧な勝利です」
「でもこれからもそうかもしれないわ。もうプロローグから『バルセイ』と変わったわよ。これからの事件も変わるだろうし……ひょっとしたら新しい事件が起こるかもしれないわ。今回、プロローグの事件と共にアカデミー襲撃があったのと同じく」
そうか。やっとお嬢様の不安が何かわかる気がする。
お嬢様は事件がゲームと違って展開されるのが不安なのだ。ゲームの事件がそのまま起きるなら、それに合わせて対応すればいい。だがゲームとは変われば対応にも限界がある。それに同じ事件でさえも戦力が違ったから、これからはもっと手に負えない敵が現れるかもしれない。
お嬢様は前世の記憶を思い出してから人生のほとんどを『バルセイ』の悲劇を防ぐことだけに入れ込んだ。すでにプロローグ以前からゲームと違う部分はあったし、お嬢様もこれまで予想外の事態を想定して多くのことに備えてた。しかし、それさえも超える何かが起こるかもしれないと……守れないかもしれないと。その考えがお嬢様に負担になったのだろう。
「『バルセイ』の記憶が役に立たないかもしれない。私の努力が意味がなくなるかもしれない。私の時間が無駄になるだけなら構わないわよ。けれど、それがみんなの悲劇を防げない結果につながっちゃったら……」
僕はお嬢様の腕を優しく握った。お嬢様が話を止めた。表情を見なくても不思議に思っていることがわかった。
虚しいだけの慰めをするつもりはない。本心を伝えるだけでもお嬢様に大きな力になるはずだから。
「ありがとうございます、お嬢様」
「……え?」
「お嬢様は今まで頑張りました。他のみんなもお嬢様の影響で強くなり、今はお嬢様の秘密まで共有してもらいました。『バルセイ』のプロローグよりもっと難しくなった事件を何の被害もなく防いだのがその証拠です」
「でもこれからもそんなにうまくいくとは断言できないわよ」
「お嬢様が一人だけで努力なさる必要もありません。お嬢様の努力は十分に意味がありました。そして今はみんなが一緒に努力しています」
書類をお嬢様にお見せした。お嬢様の『バルセイ』の記憶をもとに、いろいろ調べた書類だ。お嬢様も気づいたかのように息を呑んだ。
「心配いりません……とは言えません。心配されるのも当然です。僕も心配がないわけではありません。ですが、どうか一人ですべてを背負おうとされるのはおやめください。みんなお嬢様と一緒にいたいと思っています。それをお含みおきください」
「……ロベル」
お嬢様はしばらく黙っていた。
お嬢様が僕の言葉から何をどれだけ感じるかはよく分からない。でもみんなのために努力している御方だから、みんなの心を無視することはされないだろう。純粋に受け入れてくれるならもっといいけど。
しばらく黙っていたお嬢様はふと小笑いした。
「フフッ……昔のこと思い出すわ」
「邸宅にいた頃のことですか?」
「いや、前世のことなのよ」
前世。病弱だったあの頃のことか。急にその頃の話がどうして出てくるんだろうか。
「前世の私は『バルセイ』のことが好きだったけれど、そこに出現するみんなのことが好きだったわけじゃないわよ。この世界でも文学作品が好きだからといって、その中のみんなのことが平等に好きなわけじゃないでしょ?」
「そうですね。気に入った人物もいれば嫌いな人物もいるでしょう」
「『バルセイ』で私の最押しはロベルだったわ」
「グエッ……!?」
あまりにも突然の爆弾発言のせいで変な声を出してしまった。
いや、ちょっと待って、今何て……!?
大慌てしてしまったが、次の言葉を聞いた後は別の意味で戸惑った。
「そして前世の私が一番嫌いだったキャラはテリアだったわ」
テリア。つまり、お嬢様は自分自身を嫌っていたということか。
いや、前世のお嬢様には自分ではなく、ただのゲームの登場人物だったのだろう。その気持ちも理解できる。『バルセイ』でのお嬢様は不運と不幸が重なって可哀想な御方だったが、その後の悪行は許されないものだったから。
お嬢様が自分の面倒を見ずに突進されたのも前世の嫌悪感が残っていたためかもしれない。そう考えると複雑だ。でも、今のお嬢様は多くの人に愛されている。それを知って受け入れてくれれば大丈夫だ。
ところで、それがさっきの話と何の関係が……。
「でも〝テリア〟がそんな悪女だったのに、貴方は最後まで献身的だったわよ。そんな貴方さえも邪毒獣事件以後には私を敵対したけれど、その前までは何とか私の面倒を見て戻そうとしたわ。そして邪毒獣事件の後も私が更生できる機会を作ろうと頑張ったし、私が死んだ後は救えなかったと泣いてくれた」
僕が……そうだったということか。
意外だが、意外と簡単に想像できる。お嬢様がそんな悪い人になってしまっても、なんとか昔のお嬢様に戻したかったのだろう。前世の記憶を思い出す前のお嬢様も茶目っ気があるだけで悪い御方ではなかったし。
「貴方のその献身と努力が本当に輝く見えたわよ。ただ悪女をかばって許すのじゃなく、過ちを認めて返せるようにしてあげようとするのが良かったわね。結局無駄だったけれども」
その時突然、お嬢様が僕の耳元に唇を近づけた。頬を突き合わせてたさっきよりはむしろ遠かったが、お嬢様の息づかいが耳に直接触れると別の意味で緊張した。
その状態で、お嬢様が口を開いた。
「そしてね……どうしてかは私もわからないけど、初めて貴方を見た時から好きだったの。もしかしたら一目惚れしたのかしら?」
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