安息領の影
実習はしばらく何の問題もなく行われた。
護衛を兼ねた監督役の教師が見守る中、生徒たちは草原を歩き回りながら魔物を討伐した。順調な時もあったし、少し手に余る時もあったし、監督教師が出る時もあった。でもそのすべてが一般的な討伐実習の過程にすぎなかった。
一方、私たちは何をしているかというと。
「退屈だな」
ジェリアはあくびをしながら拳を振り回した。腕だけで振り回された拳に大きなオオカミ型の魔物が殴られて飛ばされた。横から飛びかかる他の奴は視線も向けないまま氷の槍で貫いて絶命させた。
私たちは大体こんな感じだった。そもそもここの魔物は私たちにはザコレベルだし頭数も少ない。いや、客観的に見て少ないと言えるレベルではないかもしれないけど……私たちは呪われた森での鍛錬に慣れているから。魔物の力も頭数も呪われた森に比べればここは平和だ。
むしろ私たちが積極的に介入してしまえば、他の生徒たちの実習にならない。監督教師もそれを知っているから私たちが怠けていても指摘しないし。本来なら実習に来る必要もない立場だけれど……幸い、安息領が最近何か動く気配を見せているということはケイン王子が調査の形で公然としてくれて、私たちは万が一に備えるという名目で実習に参加することができた。
「今は退屈なのがいいものです」
ロベルの言葉だった。ジェリアはそれを認めながらも、うんざりしているように舌打ちした。
「それは正しいがイライラするのは仕方ないぞ。安息領の奴らが存在しなかったらこんなこともなかったのにな」
「今は仕方ないわね。少しだけ我慢してね」
「まぁ、だからといってやるべきことを投げ捨てるつもりはないぞ。そして最後まで何もなく終わりそうにはないからな」
ジェリアの目が鋭くなった。彼女は生徒たちが相手にしている魔物の方を見た。
「どういう意味?」
「あいつら、いつもの奴らとは違うぞ。微妙な違いだがな」
「違うって? どっちが?」
感覚をできる限り鋭く強化してみたけどよく分からない。それも当然なのね。そもそも私はこの場所に来たことがあまりないので、ジェリアが言う〝いつもの奴ら〟のことを知らない。比較対象がわからないから変な点がわからなくても無理はないだろう。その点ではロベルとアルカも同様だった。
でもイシリンはジェリアが言いたいことが何なのか気づいたようだ。
「確かに。本来の生態と変わったわ。細胞の遺伝子と現在の肉体が一致しないわよ。あれは外の要因で後天的に変化したのよ」
「そんなことがわかるの?」
遺伝子を覗いて元の形質まで算出するなんて。そんな能力があるとは思わなかったけど。
しかし、イシリンは当然だという態度だった。
「私は変身や変化に敏感なの。そして遺伝子を見るなんて、神なら誰でもできるわ」
「……ボクはそんな観点で言ったのではなかったが」
ジェリアは苦笑いした。
「とにかく変わったのは正しいようだな。単純にもっと強くなったとかじゃないぞ。材質が微妙に違ったり、構造が歪んだり……邪毒の影響を受けたような痕跡がある。おそらくすでに変形が終わって邪毒が消えたので君の『浄潔世界』で感知できなかったのだろう」
「邪毒に変形したようだから安息領の介入があったってこと?」
「そうだな」
「私もそう思うわ。遺伝子も微妙に変わったというか、壊れた跡があるのよ。あんな痕跡は人為的な実験や邪毒の影響でしかできないの。どっちにしても安息領がすべきことでしょ」
多分安息領があの魔物を放しておいたというのではないだろう。そんな微妙な変化しか加えなかった魔物を強いてこんな閑静な場所に放すなんて、余力を浪費することだから。おそらく安息領がこの辺りで何かをし、その時に流れ出た邪毒の影響で変質したのだろう。結局安息領がこの辺で何か犯したということだけは分かる気がする。
「奴らがこの一帯で邪毒を流出する何かをしたと考えてもいいみたいわね。それならここに現れる可能性はあるでしょ」
普通ならそれだけで襲撃があるとは断定できない。実際に安息領が何かをしたとしても、その後完全にここを離れたかもしれないから。けれど『バルセイ』で安息領はここを襲撃したし、今も襲撃するメリットは十分だ。だから来ると思った方がいいだろう。
その予想は間もなく的中した。
「――お嬢様」
真っ先に異変を感知したのはロベルだった。彼は目で地面の下を指差した。私はすぐに地面に向かって探知の魔力を展開した。紫光技で模写した探知特化魔力と『浄潔世界』を活用した邪毒探知を混合したものだった。
反応はすぐ来た。物理的に。
「みんな下がって!」
私の魔力が何かを探知した瞬間、そっちから急速にこっちに近づいてきた。探知魔力を感じてすぐに襲撃しようとしているようだった。私たちが後退するのと同時に、さっきまで私たちが立っていた土地が爆発した。
現れたのは巨大というには少し微妙に大きい程度の魔物だった。身長は多分三メートルくらいだろうし、見た目はミッドレースアルファの完成体と大同小異なくらい。しかし肌の材質が金属に近く、感じられる魔力はさらに膨大だった。しかも二匹だった。
「あれはミッドレースアルファ……ですか?」
「多分ね。完成体に手を出してもっと強化したらしいわ」
ゲームのプロローグに登場したプロトタイプは寿命と安定性を代価に力を極大化させた暴走体だった。今あの魔物たちからも似たようなものが感じられた。ゲームでのプロトタイプよりは安定しているようだけど。おそらく完成体を無理に強化して作り出した暴走体だろう。プロトタイプを私が討伐しちゃったので、代替物として準備したはずだ。
でも……これはゲームよりひどい相手だわね。
ゲームでのプロトタイプはプロローグから逃走した後、後また登場した。その時プロトタイプのレベルを考えると、今あの暴走体たちは一匹がプロトタイプ暴走体よりはるかに強い。多分作るのにも大変苦労したんだろう。それを二匹投入したことだけを見ても、奴らが決心してここにきたことが分かった。
私たちがそれぞれ武器に手を上げると同時に、二匹の暴走体が咆哮した。
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